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06 『拳』と『魔法』

挿絵(By みてみん)



「いてて……まったくひどい目にあったぞい……」

 10数メートル後方から声が聞こえる。瓦礫を持ち上げつつ、現れたのはドコレさんだった。衣服が土埃まみれになっており、その所々には出血の跡もある。痛々しい姿だったが、試験官の無事に私は声を上げる。

「ドコレさん! 良かった、無事だったのね」

「嬢ちゃんも無事でなによりだぞい。それより小僧、まだこの町におったんかい?」

 ドコレさんは少年に声をかける。2人は顔見知りのようだ。

「あ、試験官のおじさんだ! 昨日はどうも!」

「なーにがどうもじゃい! わしゃ、昨日お前さんに殴られたハラが痛くてかなわんぞい」

 ドコレさんはお腹をポンポンと叩き、衣服から土埃が舞った。

「えー、だっておじさんが本気で来いっていうからさ」

 2人の会話で確信する。やはり私の読みは当たっていたみたいだ。俄かには信じられないが、この少年が強者だということを状況が物語っている。


「……それで小僧、アイツとやり合う気か?」

 一拍おいて、ドコレさんが慎重な面立ちで少年へ尋ねた。

「うん! 町をめちゃくちゃに壊したのあいつでしょ? ちょっとぶっ飛ばしてくるよ!」

 ドコレさんの表情とは対照的に、少年はやる気満々の笑顔を見せる。そこにはちょっとした余裕さえ感じられた。

「お主の強さはわしがよく知っとる。だが一人で敵う相手じゃないぞい」

「大丈夫! 僕ね、必殺技があるんだ!」

 少年は親指を突き立てる。その行動を突然の咆哮が遮った。

「ギィヤアアアアアスゥゥ!!」

 警戒していたドラゴンジュニアが臨戦態勢をとり始めたようだ。鋭い眼差しが少年へと向けられる。どうやら彼を排除する敵と認識したようだった。

 

「よーし! いってくる!」

 唐突にドラゴンジュニアはブレスの構えを見せる。首を僅かに引き、力を溜めるその一連の動作がスローモーションに見え、私にその恐怖を思い出させた。

「いけない! アレを出されては――」

 幼竜の口内に炎が立ち込める。だが、遅い。

 少年は先ほどのように一瞬で間合いを詰め、ドラゴンジュニアへ顔面パンチを見舞いブレス放出を阻止した。

 突然の一撃に狼狽える幼竜。しかし今度はこらえている為か、ドラゴンジュニアは吹っ飛ばされない。逆に、噛みつきで反撃にでる。

 少年は器用にそれを躱し、再度拳打でドラゴンを攻撃する。


 信じられない……1人でドラゴンと殴り合いをしている。

 その攻防は異質だった。身の丈の小さな男の子が、ドラゴンと肉弾戦を繰り広げている。竜の爪を、尻尾を、翼撃を回避しながら、大きな衝撃音とともに少年は拳打を重ねていった。


「はは……! すげーなあのガキ……」

 その戦いに見入っていた私の後方から声が聞こえてきた。聞き覚えのある生意気な声。振り返ると〝十剣(じっけん)〟が足を引き摺りながら、私の近くまで寄って来ていた。

「〝十剣〟!」

 その隣にはカセトさんもいる。

 よかった! 生きていた!

 だが2人とも足元がおぼつかない……。衣服もボロボロになっていて、所々に出血の跡も見られる。相当のダメージが残っているんだろう。 

「よっ、お互い生きててなによりだな」

 弱々しく片手を上げながら〝十剣〟は私に挨拶をする。

「あんな近距離でブレスの爆発を喰らっといて…アンタのしぶとさには呆れるわ」

 言葉とは裏腹に、2人の無事を確認した私はちょっと涙ぐんでしまっていた。

「かかっ、そう言うお前も相当しぶといと思うぜ」

 〝十剣〟が笑顔で返す。どことなく優しい表情だった。


「相変わらず、すごい格闘士(ファイター)ですな彼は!」

 カセトさんは少年と竜の攻防を目の当たりにし、驚嘆の声を上げた。しかし、ドコレさんが神妙な顔つきで口を開く。

「たしかにな。だがいくら小僧の拳打が強力でも……ドラゴンの防御力はそれ以上。このままでは致命傷をあたえることはできんぞい」


 よく観察してみるとドコレさんの言う通りだった。。

 一見互角にやり合えているように見えても、ドラゴンジュニアにはあまりダメージが蓄積されていないように感じる。

 このままじゃ……。

 ドコォォォォォ!

 鈍い衝撃音が辺りに響く。今までの拳打から生まれていた音とは明らかに違う音、嫌な重低音だった。

 それは尻尾の一撃が少年の腹部にクリーンヒットした音。今度は少年が数メートル吹っ飛ばされる。


「ゲホッ…ゲホ……!」

 仰向けに倒れた少年は、左手でお腹を押さえつつ激しく咳き込んだ。片や何発もの攻撃を受けても平然とし、片や一撃受けるだけでこの有り様。両者の攻防力の差を如実に表している。

「くぅぅぅーー!! かったぁぁーーーーい!!」

 少年は勢いよく起き上がり叫びだす。よかった、重傷というワケではなさそうだ。

「手が痛くてかなわないなぁ。パンチが効いているのかイマイチ分かんないし」

 両の拳に口を尖らせて息を吹きかける。よく見ると、装備していた鋼鉄手甲(ガントレット)が粉々に砕かれていた。鋼鉄手甲(ガントレット)はファイターが好んで使う攻守兼ね備えた装備だ。

 おそらく殴ったときドラゴンジュニアの鱗にやられたんだろう。さすがの防御力だ。反面、頑丈な鋼鉄手甲(ガントレット)を粉々にする威力の拳打を繰り出す少年のパワーも相当だと言える。

 ただ……このままでは、決め手に欠ける幼い格闘士(ファイター)に勝ちの目は出ないだろう。


「よしそれじゃ! そろそろとっておきを見せちゃおうかな!」

 その台詞で場の空気が変わる。

 少年は大きく後ろに後退し間合いをとると、両手を大きく前へ突き出した。

 ドラゴンジュニアはその構えに警戒を見せたのか、追撃をせず様子を窺っている。

「お姉さん達ー!! ちょっとだけ足止めをお願いねー!!」

 私達に向かって叫ぶ少年。

 

 足止め?

 何をするつもりなの?

 


 ……

 


「え!? ウソ……でしょ?」

 その光景に私は驚きを隠せなかった。

「そんな……バカな!」

 カセトさんも気付いたようだ。

 

「どうしたんだぞい?」

「あの構えになんか意味があんのか?」

 ヒューマンの二人は気付いていない。

 当然だ。

 

「アイツ…精霊(エレメンタル)をコントロールしているの……」

 

 ヒューマンができるわけない!

 しかし、彼の周辺に無数の精霊(エレメンタル)が集まっていく。その数はすごい勢いで増えていき、間違いなく規則性のある動きをしていた。

 

「あれは闇の精霊(エレメンタル)、ううん他にも何種類も集まっていってる……でも何? あの詠唱は……あんなの見たことないわ!」

 精霊(エレメンタル)はこの世界に8種類ある。

 発動させる魔法によって、決まった精霊(エレメンタル)を決まった手順でコントロールし、場合によっては複数の精霊(エレメンタル)を組み合わせたのち、魔法が発動する。

 上位魔法になればなるほど、その手順も難解複雑となり時間もかかる。

 私達魔法使いはこの、『精霊(エレメンタル)をコントロールし、魔法を発動させるまでの行為』を【詠唱】と呼んでいた。


 そして今この少年が行っている詠唱は、私が今まで見たどの魔(・・・・・・・・・・)法よりも難解で複雑(・・・・・・・・・)だった。


「まずい! アレは…………【禁呪】だ!」

 カセトさんが叫ぶ。

「禁呪!! うそでしょ!?」

 信じられない! 100を超える全魔法の中でも最高クラスの詠唱難易度と危険性を持つ、あの禁呪をここで発動するっていうの!?


「グギィヤアアアアアァァァ!!」

 本能でそのヤバさを感じたのか、先ほどまで静観していたドラゴンが詠唱中の少年に向かって突進していく。

 魔法(アレ)を発動させてはいけない、その前に仕留めなければ。竜の行動はそう言っているようだった。

 詠唱の詳細は分からないが、おそらくこのタイミングでは禁呪発動よりも、ひと足早くドラゴンの突進が炸裂するだろう。

「いかん! 詠唱はまだ終わっていない。援護するぞ! 【第一階級土魔法(ボーデン・):岩塗壁(ウォール)】」

 カセトさんは土魔法でドラゴンジュニアの前に壁を出現させる。

 攻撃が狙いではない。詠唱完了までの足止めが目的だった。

「グギィヤアア!!」

 しかし、ドラゴンジュニアの突進は止まらない。土壁を難なく破壊して突き進んでいく。


「む……ならば! 【第一階級土魔法(ボーデン・):岩塗壁(ウォール)】!」

 土の壁が再び現れる。だがカセトさんは詠唱を止めない。

「さらに! 【第一階級土魔法(ボーデン・):岩塗壁(ウォール)】!」

 次は連続して、壁を出現させた。

 ドラゴンは構わず2枚目の壁を破壊した後、3枚目の壁を躱して突進していく。

 詠唱中の少年まであと少しの距離まで迫っていた。

「くそ!」

 カセトさんは悔しがっているが、もう魔法の発動はできないようだ。

 ドラゴンの勢いは、突進始めと比べるとかなり落ちている。

 あとちょっと……あとちょっとでアイツを止められる!

「私だって……【第一階級土魔法(ボーデン・):岩塗壁(ウォール)】!」

 私は搾りカスのような魔力を使ってドラゴンの目の前に4枚目の土壁を造りだした。

「ギィアァ!」

 そのまま壁に直撃したドラゴンは、突破できずに動きが一瞬止まる。

 その時――


「きたきたきたきたーーーー!!」

 ――少年の詠唱が完了した。


 周辺は夥しいほどの量の闇精霊(シェイデル)で溢れている。(おぞ)ましさを感じるくらいの圧力(プレッシャー)だった。

 以前見た【第六階級氷魔法(クリスタル・):不動凍結陣(フリーレン)】の比ではないこの圧倒感。

 ここから繰り出される魔法は一体どんな魔法なの!?

 恐怖心と好奇心が合わさった感動に身震いをしながら、私の目は今まさに禁呪を放たんとするその少年に釘付けだった。

 

「いっくぞー! 【禁呪:涅重(クラフォー・)圧天落伏(ルシュベア)】!!」


 少年は大きく後ろに後退し、開いた両手を天に掲げ、思いっきり下に振り下ろす。

 直後、ドラゴンジュニアを中心に半径50メートルほどの円状の重力場が発生した。


 ズドドッドドドドドッドドオド!

 凄まじい轟音を立てながら、地盤が円状に沈んでいく。

 円の中ではどれほど強力な重力が発生しているのだろうか。

 あのドラゴンが一歩も動けない。それどころか雄叫びを上げることさえできないように見えた。

 幼竜の、その苦しそうな表情を見ていると痛ましい感情が込み上げてくる。


 魔法発動から何秒経ったのだろう。ドラゴンの必死の抵抗もむなしく、徐々に、着実に、確実に竜が沈んでいく。


「たあああああああぁぁぁ!つぶれちゃえーーーーーー!」

 少年は止めと言わんばかりに叫んだ。

 ドドンドドドドドドドン!

 最後の締めで一層の轟音と重力負荷がかかる。

 


 …………



 しばらくの静寂。


 少年の息使いだけが聞こえてくる。

「はあ、はあ、はあ、はあ!…………勝った!」

 握り締めた右手を高々と掲げ、幼い格闘士(ファイター)は勝ち名乗りを上げた。


 これが禁呪……。

 それは今までに私が見たどの魔法よりも圧倒的で……壊滅的な威力を持っていた。

 

 元来、魔法耐性を持っているドラゴン。

 あれだけ無数の魔法をくらってピンピンしていたドラゴンジュニアを、禁呪は文字通り完膚なきまで叩き潰した。


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