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04 『十剣』と『竜』


「おい! あれ……嘘だろ?」

「あ……あ……」

 崩れた冒険者組合(ギルド)内で〝それ〟を見た者たちが慌てふためく。その声色から、恐怖がはっきりと感じられた。

「【ドラゴン】だぁぁぁーーー!!!」

「うわああああーー!」

 冒険者たちは先ほどの咆哮以上の声を上げ、恐慌状態に陥っている。

 幸いにもドラゴンが降り立った付近に、人影はなかった。おそらく落ちてくる瓦礫の下敷きになった人は居ないだろう。その現状に気付いているかどうかは分からないが、冒険者たちは我先にへと出口へ駆けていく。

 ドラゴンに背を向けていない人物は隣に居る〝十剣(じっけん)〟だけだった。彼はドラゴンをじっと見つめたまま動かない。その表情は微かに笑っているようにも見えた。

 カセトさんの姿が見当たらない。まさか……試験官も逃げ出したっていうの?



 ドラゴン。

 それはこの世界における最強種族だ。

 

 熟練の鍛冶屋(ブラックスミス)が鍛えた最高級の武器を、難なく弾く生物最硬の鱗を持つ。

 またその強靭な鱗は、なんと全属性の魔法耐性(・・・・・・・・)を備えており、第五階級以下の魔法は全く効果がないと言われている。

 20メートルにも及ぶ深緑色の巨体から繰り出される攻撃はあらゆるモノを吹き飛ばし、その牙と爪は防具など紙クズ同様に切り裂いてしまうらしい。敏捷性も高く、その両翼で飛行船の何倍もの速度を出したとの報告もあった。

 加えて、高い知能を有し、マーカーズが使う精霊(エレメンタル)を用いた魔法とはまったく原理が異なる、種族専用の【竜魔法】も扱える。

 早い話が、攻守ともに一切の隙がない万能生物なのだ。

 ギルドはドラゴン襲撃を〝天災〟と同義と捉えており、全冒険者に対して『ドラゴン襲撃の際は交戦を避け、一般民の救出と保護をしたのち迅速に逃亡せよ』と促している。

 つまり、天災に歯向かっても無駄に命を落とすだけだから、さっさと逃げなさいってこと。

 

 ただ、人類の歴史上、ドラゴンにやられっぱなしというワケでもない。

 過去、『魔法大国』王都襲撃の危険があったドラゴンに対しては、最上級任務(エクストラオーダー)としてドラゴン討伐任務が下された。その任務(オーダー)では、達人級冒険者(マスタークラス)7名が集められ、激戦の末討伐に成功している。

 超人と呼ばれている彼ら達人級(マスタークラス)が、7名集まってようやく討伐できるモンスター、まさに怪物である。



 そんな天災と対峙した私は、脳内で薀蓄(うんちく)を並べてしまうほどに現実逃避していた。


「ギヤアアアアアアス!!」

 続けざまの咆哮に私が我に返る。目の前のドラゴンは間違いなく私達を攻撃対象としていた。

 まさかこんなところで最悪のモンスターと遭遇するなんて……戦っても勝てるワケがない。私も早く逃げないと……。

「かか――マジかよ。まさかドラゴンをお目にかかれるとはな!」

 〝十剣〟が嬉しそうに喋りだした。あまりの恐怖に、気でも触れてしまったのかと心配になる。

「【剣試し】には持ってこいの相手じゃねえか!」

 ゆっくりと左手に持つ鞘から剣を抜く〝十剣〟。間違いない、彼はこの状況を楽しんでいる。

 なんなのこいつ……まさかアレと戦う気!?

「やめなさい! アンタ何しようとしてんのよ! 勝てるワケないでしょ!?」

 ドラゴンと単独で戦うなど、自殺志願と同義である。私は全力で止めに入った。

「ばーか、冷静になって見てみろよ。そもそもドラゴンってやつは全長20メートルくらいって話じゃねえか。目の前のあいつはどう見たってその半分もねえ」

「言われてみれば……」

 考えてみると、目の前のドラゴンは話に聞いていたその大きさよりも、ずっと小型だった。

「つまりアイツはまだ子供、ドラゴンジュニアってとこか? さすがに成竜は無理でもガキならなんとかなるかもしれねえだろ?」

 彼の言い分にも一理ある。でもだからと言って、並のモンスターを相手にするのとはワケが違う。ここは町民といっしょに逃げ切ることを考えるべきだ。

「でもドラゴンはドラゴンよ! いくらアンタが強くたって無茶よ、皆といっしょに逃げるわよ!」

 私の提案に〝十剣〟は落ち着いた口調で答える。

「どっちにしたって、この町には女子供もたくさん住んでるんだ。そいつらが逃げるための時間は誰かが稼がなきゃいけねえ。おい、お前マフォって言ったか? ケガ人は引っ込んで一般民の救出でもしてな!」

 〝十剣〟に言われ、私は改めて今の状況を整理する。ここは町の中……戦えない人達、ううん戦ったことのない人達も大勢いる。避難できなければ多くの人が死ぬだろう。それこそドラゴンがその気になれば、この町ごとなくなりかねない。

 でも、ここに居る多くの冒険者は新米(ルーキー)下級(ロークラス)がほとんど。ジュニアとはいえドラゴンと戦えるワケがない。おそらく時間稼ぎにすらならず無駄死にして終わりだ。戦える者が、強い者がなんとかしないといけない。

 コイツ……口調とガラは悪いけど……私よりも冒険者らしいことを考えている。たしかに、私達が足止めをしないと死傷者を出さずに逃げ切ることは困難な状況だった。


「つーワケでよ、ちょっくら行ってくるわ!」

 そう言って猛スピードでドラゴンジュニアに突っ込んでいく〝十剣〟。

 ドラゴンジュニアもその殺気に気付いたのか迎え打つ態勢を見せる。先ほどまでの威嚇とは違い、明確に〝十剣〟への敵意をむき出しにしている。

 と、前触れもなく大きく反転して、長く太いその尻尾を〝十剣〟へ叩きつけた。その巨体に見合わぬ素早い動きの反動で、風圧がこちらを襲ってくる。衝撃音とともに崩れる床。舞う埃。

 私は顔を両腕で隠しながら、目を凝らす。しかし〝十剣〟の姿は見えない。

 まさか……やられてしまったの?


 そう思った矢先、〝十剣〟は突如埃の中から飛び出して、最短距離でドラゴンへ向かう。そのままの勢いで斬りかかろうとするが、ドラゴンは即座に反応し、なんなく左翼で彼を払い飛ばす。鈍い衝撃音とともに〝十剣〟は上方へ吹き飛ばされた。

「ぐ! ……やるじゃねえか! でもこれならどうだ!」

 空中を舞いながら、残っていた天井の残骸を踏み台にし再度ドラゴンへ突っ込んでいく。すごいバランス感覚だ。

「うおおおお! くらいやがれええぇぇぇ!」

 両手に剣を持ち大きく振りかぶる。険しいその顔立ちから察するに、おそらく〝十剣〟渾身の一撃だろう。


 ガキィィィーーーーーーン!

 剣閃は見事にドラゴンの頭部に直撃した。しかしその瞬間、鈍い音とともに彼の剣は砕け散る。

「くそ! ……マジかよ!」

 彼の表情が歪んだ一瞬、ほんの僅かに動きが止まってしまったその隙をドラゴンは見逃さなかった。鋭利な左爪が〝十剣〟を襲う。〝十剣〟は咄嗟に避けようとするが間に合わず、胸部を斜めから引き裂かれる。

「ぐわあああぁぁぁぁぁ」

 飛び散る鮮血――

 その一瞬を目の当たりにして、私は思わず悲鳴のような声で彼の二つ名を叫んだ。

「〝十剣〟!!」

 血だまりの中、彼はその場に平伏した。


 まずい! 助けないと!

 私は急ぎ魔法を放つ。

「【第一階級火魔法(ダンス・フ):火炎舞(ランメ)】!」

 最も速く発動できる下位魔法だった。掌から出た炎が、舞いながら竜へ向かっていき、そのまま対象を火炎で包んだ。

 どうせ下位魔法(こんなの)じゃ効果がないのは分かっている。〝十剣〟への追撃さえ防げればそれでいい。腹部の傷が痛むが、そんなことは言っていられない。

 私は急いで彼の元へ駆け寄る。床を見るとすごい出血量だ。かなりの深手だろう。

「ちょっとアンタ! 生きてる!?」

 背中に手を当てながら尋ねた。

 レベル4魔石獣(チェイサー)を討伐した、この凄腕のヒューマンが一撃で致命傷なんて……やっぱり勝てるワケない。今すぐ逃げないと。

「かか……参ったな……自慢の業物(わざもの)だったのによ」

 そう言いながら彼は、脇差の剣を杖代わりになんとか立ち上がる。

 同時に、ドラゴンは纏わりついた魔法の炎を、いとも簡単にその両翼で吹き飛ばした。予想した通り、私の火魔法はまるで効いていない。この怪物にダメージを与えるには私達じゃ力不足だった。

「はあはあ……でも見ろよ、傷はつけたぜ!」

 彼は荒い息づかいをしながらも笑みを浮かべる。

「傷……? どういうこと?」

 私の質問に〝十剣〟は無言で指を差す。その指先の方向を見ると――ドラゴンの額から一筋の血が流れているのを確認できた。

 ウソ!? あの鋼の鱗を切り裂いたって言うの?

「へへ! ……オレの剣はドラゴン(てめー)にだって通用するんだ……! はあはあ……ざまーみやがれってんだくそったれ……」

 成竜ならば結果は違っていたかもしれない。けれどたしかに、彼の剣はあの(・・)ドラゴンを傷つけた。

 ぞくり、とした身震いを感じる。すごい……最強のモンスターに1人で傷を負わせるなんて……。

 私は一瞬、彼の中にヒューマンの真髄を垣間見た気がした。この生意気な新米(ルーキー)は、将来多くの人達を救っていく凄い冒険者になるかもしれない。


「はあ……はあ……ちきしょう、ハラが減ってもう力がでねえ……」

「いやいやアンタ! 腹から減ってるのはアンタの血液だから!」

 でもやっぱりコイツはバカだった……。

「どっちにしてもやべーなこれは……このままじゃ全滅するぞ……」

 傷をつけられたドラゴンジュニアは、先ほどより怒っているように見える。重傷の〝十剣〟、ドラゴンに有効であろう第六階級魔法が使えない私、この状況下では打つ手がなかった。

 でもコイツは死なせない、絶対にこの場を切り抜ける方法を見つけてやる。

 と、その時ドラゴンジュニアの口内に炎が立ち込めた。

「ブレス! ガキのくせに使えるのかよ!」

 〝十剣〟が虚を突かれたような声を上げる。それは内心、私も同様だった。

 ドラゴンのブレス……火炎が一番ポピュラーだが、竜魔法を用いて様々な属性のブレスを吐き出すことができるという。どの属性にも共通して言えることは、多種族の追随を許さないその絶大な威力……。

「やばいわ! こんな状況でブレスを放たれたら――」


「【第三階級土魔法(クラッシュ・):飛礫数多(ボーデン)】!」

 あさっての咆哮より飛んできた大量の小岩が、ドラゴンの頭部にヒットする。幼竜は、突然の攻撃に大きくよろめいた。ダメージはなさそうだが、ブレス放出のキャンセルに成功している。

「無事ですか!? マフォ殿!」

 声の主は試験官であるカセトさんだった。どうやら彼の魔法が私達を救ってくれたようだ。

「この建物周辺の避難は完了させたぞい!」

 カセトさんの隣に居る、髭モジャの中年男性がそう叫んだ。身長は小さいが、その鍛え抜かれた身体と現在の状況から推測するに、おそらくヒューマン部門の試験官だろう。

 剣や槍などの武器は持っていない。素手で戦う格闘士(ファイター)なのか?

 どうやら2人は、ドラゴン襲撃直後から、周りの町民たちの避難を行っていたようだ。私は、一時でも試験官が真っ先に逃げたかもしれないと考えたことを恥じる。

 ここに居る〝十剣〟も含めて、皆周りのことを考えて行動している。それなのに私は……自分が逃げることを考えていた。〝十剣〟がいなければ、私は間違いなく今この場に居なかっただろう。


「ドコレ! 相手はジュニアだ! これ以上の被害は出せん! ソンジェ・ギルドの威信にかけ、我々でドラゴンを撃退するぞ!」

 カセトさんは髭モジャの男に檄を飛ばす。男はドコレという名前らしい。

「おう! いっちょやったるぞい!」


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