03 『十剣』と『報奨金』
翌朝、私は腹部の痛みで目が覚める。
レベル5の魔石獣にやられた傷はまだ完治しておらず、動けないほどではないにしても念の為、魔法の使用は控えていた。
私がもしもヒューマンだったらきっともう治ってるんだろう。ヒューマンの特性の一つに、自然治癒能力の高さがある。
例えばヒューマンとマーカーズが同じ箇所に、同じ深さの傷を負ったとした場合、マーカーズはヒューマンと比べて完治するまでの期間が倍以上長くかかる。
もちろん個人差はあるけれどね。まあこの痛みもあと数日の辛抱か。
私は部屋の日時計を見る。朝日が昇り、まだそう時間が経っていなかった。
「ふあ~あ……」
大きな欠伸。
朝食を食べがてら冒険者組合にでも行ってみようかしら。
もしかしたら目的の2人に運よく会えるかもしれない。
淡い期待を描きながら、私は手早く身支度を整えて宿を後にした。
町のカフェでかるい朝食を済ませたのち、覗いたギルド内に人だかりができていた。
冒険者たちが、こぞって集まっている。
「ちょっとなんなの? この騒ぎは?」
私はその内の1人に問いかける。
「すげーんだよ、あいつ! 新米冒険者のくせに」
「はあ? 新米がどうしたのよ?」
これだけ話題を集める新米……心当たりが2人いる。
いや、既に冒険者登録を終えている、とすれば1人か。
「魔石獣を山ほど狩ってきやがった!」
まさか!?
新米が危険な魔石獣狩りをした?
そんなヤツがいるなんて……そしてそれは私が探している冒険者の可能性が高い。
「ちょっと、どいてどいて!」
人だかりを掻き分けた先に居たその人物は――
「んでコレでいくら金をもらえるんだよ!?」
――受付嬢に怒鳴っていた。
まず目につくのはその男の異様な装備。背中に5本、腰に2本、脇差が2本、そして左手にも1本。大小あれど全て【剣】だ。
合計10本の剣。間違いない……ガラの悪そうなこの男が〝十剣〟!
その男は長身で金髪、とても年下には見えない容姿をしていた。よく観察すると防具らしいものは1つも装備していない。代わりに10本の剣で彼の背中から腰は埋め尽くされている。
装備から推測するに、超攻撃型の剣士といったところか。よくあれで戦えるわね。使わない剣が邪魔になりそうなものだけど。
「ちょっと落ち着いてください。えー、レベル1の魔石が76個、レベル2が19、20、21、22……」
丸メガネの受付嬢が〝十剣〟に急かされて魔石を数えている。それにしても数が多い。
「早くしてくれよー! ったく、こっちは夜通し狩ってて疲れてんだからよ……」
「だ-かーらー! ちょっと待っててください! ……え……まさか!? …………これはレベル4!」
再三の要求に受付嬢が大きな声を上げる。ちょっと待って。レベル……4ですって?
周りがどよめく。彼らもそのワードを聞き逃さなかったみたいだ。
「レベル4! 新米が?」
「信じられねー! レベル4ってベテランの上級でも討伐を躊躇するやつだろ?」
レベル4……私でもまだ討伐したことないのに……なんてヤツなの。
魔石獣は、討伐すると石ころ大の魔石に戻る。
私達冒険者はその魔石を回収し、ギルドへ討伐証明として提出すると、様々な恩恵が受けられる仕組みになっていた。ギルドは、魔石の種類を鑑定しレベル1~レベル6までを判断、相応の報酬を与える。
当然より高いレベルの魔石のほうが受けられる恩恵も増え、報奨金だけで言えばレベル4はレベル1の200倍近い価値があった。
ちなみに、使用済みの魔石自体は、魔法道具としての価値がない。それどころか放っておくと10日ほどで灰になってしまうので、冒険者は魔石獣討伐後、遅くても10日以内にはギルドへ戻らなければいけない。
もしも間に合わなかった場合は、いくら高レベルの魔石獣を討伐しても徒労に終わってしまうから……
「信じられません……合計101個です!」
受付嬢が声高らかに告げる!
「まさかの100体狩り達成だー!!」
「すげーーーーー!」
「しかもレベル4もいるんだぜ!」
群衆の盛り上がりも最高潮になっていた。
魔石獣100体狩り……達人級でも一晩で達成するには運に大きく左右されるだろう。
それを新米がやり切るなんて! コイツ……本物ね。
これだけの大騒ぎだ。彼へのパーティ勧誘はおそらく殺到するだろう。私も急がなくてはいけない。
「周りのやつら、うるせぇぞ! 姉ちゃんの声が聞こえねーだろが!」
目つきも悪ければ口も悪い。見かけと一緒で短気そうな男ね。
「レベル1が76、レベル2が24、そしてレベル4が1……すごい! こんなの初めてです!」
受付嬢も、かつて見たことのない量の魔石に興奮の声を上げている。
「数はどうでもいいんだよ! 金はいくらなんだっつーの!?」
当の本人は称賛よりもお金が大事らしい。分かり易い男だ。
「ああ……はい、合計1,555,100イェンの報奨金になります」
「うおおぉぉ!! すげぇ! やっぱ冒険者ってやつは儲かるんだな!」
「いや、一度にこんな量の報奨金なんて、任務でも中々ありません! あなたが凄いんですよ」
1回の討伐報告でこれだけ稼げる冒険者がどれだけいるんだろうか。この額が普通だと本気で思っているんだったら、コイツはバカじゃないかしら。
「これでようやく宿とメシにありつけるぜー!」
〝十剣〟は雄叫びに近い喜びの声を上げる。どうやらお金に困っていて、碌な食事もできていなかったようだ。
「それと、今回の討伐報告で冒険者経験値がすでに中級への昇格値を上まりました。新米冒険者期間が終わる1年後、タイガさんは中級冒険者へ昇格されます」
はあ!? もう中級へ昇格が確定? 私ですら2ヶ月かかったっていうのに……なんてヤツなの!
「んん? 昇格? そんなのはどうでもいい、興味ねえからな。オレはよ、強いヤツを叩っ斬っていって金さえ稼げればそれでいいんだよ」
1日で中級昇格分の冒険者経験値を稼ぐ、おそらく全ギルド史上最速記録だろう。それを『興味ない』って……面白い男ね。
「そうですか。でも中級になるともっとお金稼げますよ。魔石獣討伐の報奨金もレートが1.3倍になりますし……」
「マジかよ!! どれくらい多く稼げるんだ?」
「ですからレートが1.3倍……」
「んだ『れえと』って! その数字意味わかんねぇ。イチとかニイとかサンで言ってくれよ!」
「はは……」
愛想笑いをする受付嬢。予想通り頭はカラッポみたいね……。
仲間にしても大丈夫なのかと、一抹の不安を覚える。
「……では報奨金を用意しますね。大金なので少々時間がかかります、このままお待ちください」
「おー、できる限り早くしてくれよー。こっちはハラ減って死にそうなんだからよ」
受付嬢はお金を用意するために後ろの部屋へ下がっていった。
チャンス!
私は、カウンターで暇そうに待っている〝十剣〟に、とびっきりのスマイルで話しかける。
「こんにちは、あなた〝十剣〟よね?」
「あー? なんだてめーは?」
「私は上級冒険者のマフォ。〝西の天才〟って言えば分かるかしら?」
「知らねーよてめーなんか」
カチン! 新米の分際で生意気ねコイツ。初対面の女の子に向かってその態度はありえなくない? 私のこと知らないってのも気にくわないし!
でも今は抑えなきゃダメね、絶対に仲間にするんだから!
「そっかー、知らないわよねごめんごめん! あなた強いんだね、私ビックリしちゃった! それでね相談があるんだけど」
「どうでもいい、失せろ」
まあ若いんだし、言葉遣いが悪いのもしょうがないわよね。自分にそう言い聞かせた私は、無理やり笑顔を続ける。
「私とパーティ組まない? 一緒に〝魔王〟やっつけよ♪」
「聞こえなかったか? 失せろ!」
……ピクピク……どうやら限界が近い。
「私とパーティ組めばしこたま稼がせてあげられるわよ♪」
「失せろ」
……もういい! ムカツク! こいつムカツク!
「何よアンタ! こんな美少女が声かけてあげてんのに! ちょっと強いからって調子に乗ってるんじゃないわよ!」
私は溜まったフラストレーションを爆発させた。
本当にあり得ない! 私が弱いとでも思ってるの!? それとも1人で狩れるから仲間はお呼びじゃないってこと!?
「あー!? んだテメェ! ケンカ売ってんのかコラ!」
「上等よ! 売ってやるわよ! ちょっと表に出なさいよ!」
ギルド内がちょっとした騒ぎになってしまう。その時――
「こらこらこら! ……そこ! 何をやっているのかね!」
マーカーズ試験官のカセトさんが、相変わらずの大きな声で登場する。
ギルドには未だ数多くの冒険者がいて、私達を煽る声も聞こえてくる。
思っていたよりも私達は目立ってしまっていたようだ。
「おおマフォ殿ではないですか! 一体なんの騒ぎですかな?」
カセトさんが近付いてきて、初めて私を確認する。険しい顔が一転、昨日の朗らかな顔立ちへと切り替わった。
私は努めて冷静に事情を説明しようするが、この男が先に話しだす。
「知らねーよ! この女が急にイチャモンつけてきやがったんだよ!」
「何よイチャモンて! フ・ツ・ウ・に! パーティへ誘っただけでしょうが!」
彼の言い分にイラついてしまい、つい声を荒げてしまう。
「まあまあまあ! 落ち着いてくだされお二人とも!」
目の前にカセトさんの大きな掌が現れた。
カセトさんは私と〝十剣〟との間に入り私たちを静止させる。
「マフォ殿、ギルド内での冒険者同士のイザコザは勘弁してください! 上級の名が泣きますぞ!?」
「う……」
そんなこと言ってもコイツがケンカ腰だったから……しかし私も大人気なかったのは事実だ。
「新米よ、元気があることは大いにけっこう! しかし場所を選びなさい! 一日で登録抹消されたいのかね?」
〝十剣〟に対しては、私よりも言い回しがきつく聞こえる。まあ新米と上級の、これも差なんだろうと理解する。
「ちっ……! 大体よ、てめーケガしてんだろ? そんな分際でケンカ売ってきてんじゃねーよ! ケガしてる女相手にマジでケンカなんてするワケねーだろ、ったくよ」
コイツ……私のケガを見抜いていた。以前の町を出てからソンジェへ来る今まで、誰にも悟られなかったのに――
「きゃあああああああああ!!!」
突然悲鳴が響きわたる。
発声源は……ギルドの建物の外か……?
「なんだ!? どうした?」
「おいおいなんだよ?」
建物内の冒険者たちがざわつく。
次の瞬間――
ドドオォォォン!!
凄まじい轟音を立てながら天井が落ちてきた。
「これは……何!?」
途端に埃まみれになる場内、慌てふためく冒険者やギルド関係者たち。
私は飛んでくる木材や、瓦礫から両手で身を守る。腕の隙間から何が起きたのか確認するが……ダメだ、視界が悪すぎて何も見えない。
「ギイィィヤアアアアアアススゥゥ!!!」
突然、耳をつんざめく咆哮が場内に木霊する。どうやらこの咆哮の主が上空からギルドを襲撃してきたようだ。
私は臨戦態勢で身構える。魔石獣? それともモンスターなの?
幸いにもその〝何か〟はすぐに暴れ回るようなことはしなかった。次第に埃が静まっていき、徐々に〝何か〟の輪郭が露わになっていく。かなり大きい。
その中から出てきたのは――