14 『凱旋』と『試験』
「おい来たぞ! 〝西の天才〟のパーティだ!」
「あれが、あのドラゴンと〝魔王〟を撃退したっていう」
「しかも万能人種まで居るんだってよ!」
「きゃああ♪ ジオ様よ! かわいー♪」
私達が始まりの町ソンジェへ戻ってくると、そこはまるで凱旋パレードの様相を呈していた。町中の人が集まって、黄色い声援を送ってくる。ああ……ある程度は予想していたけどまさかここまでとは……。
「うっひょー! なんだコレ!? オレらってこんな有名人なのかよ」
「へへへ、なんか照れちゃうね」
ジオとタイガも釣られて興奮気味の、そんな中――
「五月蝿い! 黙れ愚民ども! 消すぞ!」
セルピが一喝。
すかさず私はゲンコツを喰らわす。
バコッ!
「イタタタ……何をする小娘!」
そして私はセルピに一喝。
「目立つなって言ってんでしょ!」
「く……このヒステリックめ……」
ひそひそ……
「え! やだ……ひょっとして幼児虐待?」
「うわあ……〝西の天才〟ってそういうやつなの?」
「ひくわー……」
黄色い声援が一転、ダークな陰口に変わる。
ああ……もうイヤだ……早く行こう……
私達は人波を掻き分け、冒険者組合へ急いだ。
「おお! 戻ったのかぞい」
「おかえりなさいマフォさん、ジオさん、タイガさん」
ソンジェ・ギルド仮本部へ入るなり、迎えてくれたのはヒューマン試験官のドコレさんとギルド受付嬢だった。
「たーだーいまー!」
ジオが2人に元気いっぱいの挨拶をした時、ギルド内の冒険者たちからざわつきが起こる。
あちゃー……ここでも注目の的なのね。これじゃゆっくり話もできやしないわ。
「ごめん、お姉さん、ちょっとここじゃアレだから部屋の中でもイイ?」
私達4人は、奥にある広めの部屋に通される。この町に来て、ようやく喧騒から解放された。〝魔王〟をパーティに加えた今、少しでも目立つことは避けなきゃいけないのに……この状況は溜まったもんじゃない!
「がはは! お前たちまるで英雄だぞい! よくぞ無事に戻った!」
「実はねドコレさん、この子を冒険者にしたいんだけど……」
私は隣にいるセルピを紹介する。
「ん? ダメだダメだ。冒険者登録は15歳以上と決まっておるんだぞい」
「失礼なヤツめ。儂は貴様よりずっと長生きしておるわ」
そう言えば何かの文献で『魔族は人間よりもずっと長寿』という記述を読んだ覚えがある。セルピの実年齢っていくつなんだろう?
小さな子供をあやすように受付嬢が尋ねる。
「お嬢ちゃん、年はいくつなの?」
「儂か? 儂は77さ――」
バコッ!
「あははは、この子こう見えても15歳なの。そうよねセルピ?」
(セルピ! 77歳っておばあちゃんの年齢よ!)
「イタタタ……その女の……言う通りだ、儂は15歳」
(貴様ら人間の寿命など知らんわ、たわけ!)
私は今、密かに発動していた思念伝達魔法【第二階級雷魔法:思電伝】で、〝魔王〟と繋がっている。
「あら? そうなの。けっこう大人なのね。どうしますかドコレさん?」
「うーむ、とは言ってもその娘さんが試験に通るとは思わんぞい」
「おじさん、それなら大丈夫だよ! セルピってすーっごい強いんだから!」
ジオが釘をさしてくれる。この流れに便乗しよう。
「それで急なんだけどさ。もしよかったら今この場で、試験してもらえない?」
「別に構わんが、その子はヒューマンなのか?」
「きゃきゃきゃ。笑わせるな人間。儂は〝魔――」
バコッ!
「そうヒューマンなのよ。ちょっと変わってる子なんだけどね」
(アンタ……! 正体隠す気、微塵もないわよね?)
(しょうがなかろう! まだ慣れておらんのだ!)
「希望職種はなんだぞい?」
(しまった……考えてなかった)
「えーっと……そうそう! たしか【盾士】!」
(なんだ、盾士とは? 聞いておらんぞそんなの)
(しょーがないじゃない! 試験を安全に終わらせたいの!)
盾士の試験なら、おそらく防御技術を確認することが試験内容のメインとなるはず。安全面を考慮した咄嗟の嘘だった。
「変わったことを言うぞい。盾なんぞ持っておらんではないか?」
「これから用意するのよ」
「では試験ができんぞい?」
ドコレさんは当たり前のことを、当たり前に聞いてくる。ちょっと苦しい嘘だったか……
「問題ない。貴様の攻撃など、生身で防ぎ切れるわ。ほら、かかってこい」
そう言うとセルピは立ち上がり、指先をちょちょいと動かしてドコレさんを挑発した。
「む……! 本当にやっていいんだぞい?」
ドコレさんは私は見る。不安は消えないが、やるしかないだろう。
「OK! 遠慮なくやっちゃってドコレさん」
それまで黙って聞いていたタイガが口を開く。
「ん? でもそれじゃ盾士かんけーなくね?」
お願いだから空気読めないアンタは黙ってて。
「やれやれ……なにかあっても責任は取れんぞい……」
ドコレさんはそう言うと、やれやれ……といった動作で立ち上がった。
「ではこれより、試験を開始するぞい。試験内容はワシの攻撃を10秒間受けきること」
「うむ、構わん」
(セルピ! ぜーったいに! 反撃しちゃダメよ!)
(ふん任せておけ。こんなのは朝飯前だ)
「ではいくぞい!」
誰がどう見ても分かる手加減したパンチでセルピに殴りかかった。
バチン!
セルピはつまらなさそうにパンチをはたき落とす。
「む!」
ドコレさんは意外そうに、少し強めのパンチを連続で繰り出した。それでも以前見た迫力には全く届かない。
バチン!
バチン!
バチン!
欠伸をしながら悉くはたき落とすセルピ。
「むむむ……ならば!」
「セルピいけー! ぶっ飛ばしちゃえ!」
ドコレさんの表情が険しくなったその時、ジオの応援が横入りしてきた。
(……って、あれ?)
「ん? やってよいのか?」
(ダメよ! セルピ!)
ドゴン!
ヒューマンの試験官は、壁の破壊音とともにその部屋から姿を消していた。
「がはははは! まったくなんて嬢ちゃんだぞい!」
「僕言ったじゃんか。セルピは強いって!」
ギルドの医務室が、ドコレさんの笑い声で包まれている。
「小僧、お主のパンチといい勝負だぞい。それにしてもまったく、〝天才〟の嬢ちゃんはとんでもないメンバーを集めおったな。まさかこのワシがここにいる3人ともにやられるとは。〝魔王〟を撃退できるワケじゃぞい」
「あはは……そうよね。今の私達〝魔王〟より強いかも……」
受付嬢が手当を終えたドコレさんに試験結果を確認する。
「それではドコレさん、セルピさんの試験は合格ということでよろしいですか?」
「うむ! ただ別に盾士じゃないような気がせんでもないがの……」
「いいのよ! セルピは盾士! お姉さん、登録お願いね!」
このまま他の試験を続けたら、きっとセルピは万能人種に認定されてしまう。
そんな目立つことはごめんだった。
ふうー……とにかくこれでセルピの冒険者登録を終えられそうだ。安堵している私の横で、タイガとセルピが何やら話している。
「おいセルピ、盾士なら盾が必要だろ? オレがイイヤツ選んでやろうか?」
「うむ、では貴様に任せよう」
「よし来た! じゃあマフォ、ちょっくらコイツと武具店回ってくるわ」
「いいけど……お願いだからこれ以上のトラブルは起こさないでね」
まあ鍛冶屋のタイガが一緒なら、盾を1つ購入するくらいワケなくこなせるか。
……大丈夫よね? 信じてるわよ!
医務室で2人を見送ったあと、私はこれからのことを考えていた。絶対任務はもうなくなってしまったと同義だし、当面はやることがない。ならセルピの希望通り、人間観察がてら色んな国を回ってみるってのも面白そうね。
「ああ、そう言えばジオさん」
唐突に受付嬢が喋りだす。
「ん? どしたの?」
「罰金払ってくださいね。1,000万イェン」
私は金額の大きさに驚き、割って入る。
「は? ちょっとなによその大金!」
「なにって……〝魔王〟との闘いのときに禁呪使いましたよね? 評議会から徴収命令がきていますので」
「「ええええええええ!」」
ギルドの建物中に驚嘆の声が響き渡った。
「本来ならもっと重い罰が下されるんですけど、状況が状況だっただけに今回は罰金だけ、ということになりました」
「僕そんな大金持ってないよ!」
ジオが慌てる。
「情状酌量の余地ってないワケ?」
私はダメ元で受付嬢に尋ねてみた。彼女は右手で眼鏡をクイッと上げる。
「だからその『情状酌量をした結果』、罰金で済んだんですよ。ちなみに納期までに支払いの確認ができなかった場合は、冒険者登録の永久抹消となります。その場合はギルド規定に則り、パーティメンバー全員が対象となりますのでご注意ください」
なによそれ……あの禁呪がなかったら、きっと私達の命は今ここになかった。
助けを求める目でドコレさんを見つめてみる。
「……ん、魔法評議会か。ヒューマンのワシにはあまり関わりがないが、ヤツらはギルド内だけではなく、この世界で絶対的な権力を持っておる。気持ちは分かるが払うしかないんだぞい」
クソ評議会め……!
でも彼らは一体どうやって禁呪行使の実態を管理しているんだろう? 魔法使い1人ひとりに監視の目なんてつけれる筈ないし、広範囲に渡って精霊の動きを察知してるとか? どういう原理で? まあ今考えても後の祭りか……か。
ギルドのパーティ制度は一連托生の考えから、原則として連帯責任制が敷かれている。パーティメンバーがなにか不祥事をしでかした場合は、他メンバーも同様に罰則対象となる仕組みだ。それは罰金はもちろんのこと、負債に対しても同様だった。
「支払い期限は……ちょうど10日後ですね」
参った。
今の私の貯金はたしか100万イェンくらいだったかな……。全っ然足りないわね。
「あ! ジオ、この前のレベル4の魔石は? 巨人のやつ」
「え、アレって要るものだったの? 置いてきちゃったよ、あんな汚い石」
バカに聞いた私がバカだった……
でも10日か……、たしか〝十剣〟は100体狩りでけっこう稼いでいたはず。
それと併せて、魔石獣を狩りまくればなんとかなる……か。
「戻ったぞー!」
タイガとセルピが戻ってきた。意外なほど早い戻りだ。セルピは自身の体に不釣り合いなほどの大きな盾を持っている。白銀色に輝くキレイな盾だ。
「わー! それかっこいー!」
「ふふん、いいだろうジオ。 タイガがくれたのだ」
羨望の眼差しを送るジオに、セルピは得意気に自慢した。
「アンタが奢ったの? 守銭奴にては珍しいじゃない?」
「まあ仲間になった記念ってやつだな。それに丁度掘り出しもんがあったんだぜ。なんと白銀製の大盾が20万イェンで買えたんだ! 思わず衝動買いしちまってよ。あのガキも喜んでくれてるし、我ながら良い買い物したよな」
上機嫌で話すタイガの答えに違和感を感じる。白銀ってたしか高級金属……上級や達人級が好んで装備している高価な装備だ。
それが20万イェンってあまりにも安過ぎじゃない?
「えーっとさ……支払いは現金?」
「めんどくせーからギルド払いにしたぜ。たしか50万イェンくらい貯金してあったからな」
ここソンジェのような一部の大きなギルドでは、冒険者の報奨金をそのまま預かってくれるところもある。町の銀行のようなものだ。そして冒険者は買い物をする際、請求先をギルドにすることもできる。俗にギルド払いと呼ばれるこの制度は、多くの冒険者が利用している。
悪い予感がした。
「ちょっとセルピ! 盾見せて」
私は盾に付いている値札を確認する。そこにはハッキリと2,000,000イェンと記載されていた。
「やっぱり! これ20万じゃなく200万よ!」
なんでこんなにバカなのか……
「マジかよ! 払えねえぞそんな大金……おいセルピ! その盾返せ。返品しにいくぞ」
「嫌だ。これはもう儂のモノ。なぜ返さねばならぬ」
「だから値段が違ってたんだよ」
「人間はそうやって平気で嘘をつくのか? やはり最低の種族だな。いや、最低なのはタイガ……貴様か……」
〝魔王〟は蔑んだ目でタイガを見る。タイガもバツが悪そうだ。
「ぐ……! あーもうくれてやらあ! 男に二言はねーよ」
「きゃきゃきゃ! 安心したぞ。儂を失望させないでくれ」
「ちょっと! どーすんのよ? 200万なんて大金ないわよ?」
私の問いかけに対し、タイガは受付嬢へ確認する。
「おい姉ちゃん、ギルド払いの請求っていつ頃くるんだ?」
「2~3日中には来ますね。10日以内に支払いができない場合は、冒険者登録の永久抹消となります。メンバー全員分」
段々と説明が雑になってきたわね……
「ぐ……やってやろうじゃねえか! 魔石獣狩りまくって稼いでやらあ!」
「それは許さぬ」
セルピが口を挟んでくる。
「貴様らが意図的に魔石獣を狙うというのであれば、儂はこのパーティを脱ける」
「なんだと!?」
タイガがセルピを睨む。
「無論、奴らから襲われたときの正当防衛は認めよう。アレはそういう性質に造ってあるから仕方がない」
「ちょっと! そんな条件聞いてないわよ」
「なんだマフォ? 貴様が言ったことではないか? 『人間を殺すな』と。貴様、対等条件という言葉も知らんのか」
「それは……」
「自分たちだけに都合の良い解釈。蟲が良すぎる話だな。やはり人間という種族は屑なのか……」
セルピの言い分は正論だった。何も言い返すことができない。
「とにかくだ! 貴様らが魔石獣を狙うというのなら、儂は即刻このパーティを脱ける。貴様らと議論する気は毛頭ない。そしてその時は、我が一族の全勢力を以って、貴様ら人間どもを根絶やしにしてくれるわ!」
これは脅しではない。彼女は本気だ。〝魔王〟が私達に愛想を尽かしたその時が、人類と魔族の全面戦争勃発にまで発展する……
改めて気付かされる。
私達は、なんという恐ろしい爆弾を抱え込んでしまったんだろう。
「分かったわよ、魔石獣は狙わない。別の方法で稼ぐわよ!」
魔石獣狩りが行えない以上、次に狙うべきは高難易度任務!
「お姉さん! 一番稼ぎのイイ任務を紹介して。すぐに受託するわ」
「えーと、その前にいいですか?」
「なに? こっちは急いでるんだけど」
受付嬢はにっこり微笑んで伝えてくる。
「先程セルピさんがドコレさんを吹っ飛ばしたときに壊れた壁やその他諸々の修繕費、これも120万イェンほど必要となりますので、併せてお支払いお願いします」
「あはは……」
もうイヤだ……
第三章は現在執筆中のため、完成次第、次話投稿します。