13 『がんばりました』と『おやすみなさい』
白けてくる空。
街道には4つの影。
「おいマフォとやら、マストーの町とやらにはまだ着かんのか!?」
セルピの文句が静かな街道に響き渡る。
「アンタねえ……さっきもそれ聞いてまだ100歩も歩いてないわよ」
「糞! 第六階級風魔法さえ遣えればひとっ飛びなのに……」
〝魔王〟をパーティに加えた私達は一路、マストーを目指し街道を歩いていた。一旦は街道で馬車を待ったが、こんな辺境の夜遅くに馬車が通る筈もなく。かと言って野営をしようにも、『道端や森の中で儂が眠れるか!』と例の彼女の激昂により、夜通し歩いてもうすぐ日が昇る。
「まだかよー! もう朝だぞー!」
「僕お腹すいてきたー」
タイガとジオもさっきから文句の垂れ流しばっかりだ……。
「あーもう! なんでマーカーズの私が頑張ってこんなに歩いてるのに! ヒューマンや万能人種や魔族のアンタ達から、クドクドと文句を言われなきゃいけないのよ! ケガ人なのよ、私! それに地図だってないのよ! あとどれ位かって分かるワケないじゃない! 地図を失くしたのだって、昨晩アンタらが散々暴れてくれたから!」
イライラ頂点の私は、3人のパーティメンバーに怒鳴り散らした。
「む……おいジオ」
「どしたのセルピ?」
なにやら2人でこそこそ話している。
「人間の女は皆あんなに野蛮なのか?」
「違うよ、マフォは特別。あれは『ヒステリック』っていう人種なんだよ」
「ほほう、ヒューマンとマーカーズ以外にもそんな人種がおるのか」
「いないわよ! そんなの!」
突如現れた第3の人種に大声でツッコミを入れる。
「おおー! 遠くに町が見える! お前ら、もうちょっとの我慢だぜ!」
タイガが町を発見したらしい。が私の目にはまったく見えない。
どんな視力してんのよコイツ……
そんなやり取りをして、ようやく辿り着いたマストーの町は、始まりの町ソンジェよりも田舎町だった。
別名『鶏たまごの町』。
農業が盛んで、その名前のとおり名物は卵らしい。隣国から、その卵を求めてわざわざ訪れる人も居るとかなんとか。興味がないからよく知らない。
着いた早々、私は冒険者組合に顔を出した。
ソンジェ・ギルドよりもずっと小さなその建物が、町の田舎感をより醸し出している。スイングドアを抜けると、フロアに冒険者の姿はない。まだ朝早い時間だからだろうか。それとも、ここを拠点にしている元々の冒険者の数が少ないのか。
私は狭いフロアを突っ切り、カウンターに居る受付嬢に話かける。ソンジェ・ギルドの受付嬢よりも小柄で幼い容姿をしていた。
まずはキャラバン・アスカバの行方について確認しなきゃ。
「おはよ。私は上級のマフォ。〝西の天才〟って言えば分かるかしら? 受諾済みの依頼について聞きたいんだけど」
「お早うございます、マフォさ……え! え! えええぇぇぇぇ!」
なに? なんで私の名前聞いてそんなに驚いているの? そりゃ、私は有名人だし、天才だし、容姿だってかわいいけど……この驚き方は異常だ。
「〝魔王〟に殺されたって報告きてますけど生きてたんですか!?」
んん――?
話をまとめると、こういうことらしい。
昨晩の深夜、馬車を休めることなく進めたキャラバン・アスカバはマストーの町に到着した。
〝魔王〟という単語を聞いていた隊員がいるらしく、キャラバンはマストー・ギルドへすぐに報告。逃げている道中、夜空を照らすほどの閃光や崩れる大地、地響きを立て続けに聞いたキテンさんは、私達が〝魔王〟にやられてしまったと勘違いしていた。
〝魔王〟襲撃はギルドにとって一大事である。その深夜の内に、ギルドは町の冒険者をかき集め、現地調査に向かった。
だからギルドはもぬけのカラだった、というワケ。
ちなみに私達が道中にギルド隊と遭遇しなかったのは、どうやら私達のルートがかなり遠回りだったから、らしい。地図さえあればこんなに歩かなくてもよかった、と知ったらどっと疲れてきた。
「いやー、無事でなによりですなあ」
私は、町の外れで休んでいたキャラバン団長のキテンさんと再会した。
「護衛、うまくできずにごめんなさい!」
「何を仰るか。我々は、貴方がたのおかげで且の〝魔王〟から逃げ切れたと言うのに。それにしても未だに信じられません。あの〝魔王〟を退けるとは……」
「あはは……それはその……」
〝魔王〟は私達の仲間になりました。
なんて言えるワケがないので言葉を濁しておく。
「他の方々は?」
他の3人? 着いた早々、ギルドにも付き合ってくれず宿で仲良く爆睡中よ!
私はキテンさんに、あの後の様子を確認する。聞けば、隊員は誰1人として重傷者や死者がいなかったとのこと。よかった……。もしも死者が出ていたとしたら、このあと私はどんな顔をしてセルピに会えばいいのか分からなかったところだ。
「私どもはしばらくこの町に滞在します」
「そう言えば、どうしてこんな田舎町を目的地へ? 商売ならもっと大きな町のほうが……」
キャラバン・アスカバほどのしっかりした商隊にしては、この町は小さ過ぎる。武器の需要もあまりなさそうだし、仕入れも大変そうだ。道程こそ大変だが、【騎士国】や【魔法大国】で商売したほうが理にかなっている。
「ほほほ、あれですよ」
そう言うとキテンさんは卵の看板を指差す。
「あの卵の流通ルートを開拓したくてですな。おっとこれは他の商人にはナイショですぞ」
「武器メインのキャラバンが卵? ですか?」
「実は最近、普通の武器の流通量が著しく減っているんですよ」
私はキテンさんに別れを告げ、宿へ着いた。
部屋に入るなり、ベッドでうつ伏せに倒れる。
さて……これからどうしようか?
いずれにしても〝魔王〟の冒険者登録のために、始まりの町に戻るしかないか。バレずに上手くできるかしら……不安でしかないけど。
ふと隣のベッドを見てみると、褐色の少女が気持ちよさそうに寝入っていた。掛け布団を抱き枕のように抱えている姿は、どこからどう見ても可愛らしいただの女の子だ。
はは……この子が人類の宿敵なのよね。それにしても、今日1日で本当に色々なことがあった。結果、あの〝魔王〟が仲間になるなんてね。
……でも、私の〝魔王〟討伐という目的、なくなっちゃったな。
隣の部屋から、バカ2人のいびきが聞こえてくる。
まあいいか、アイツらとの冒険楽しめそうだしね、ふふ……。
ダメだ……眠気が限界だ……一先ず休もう。
今日はよく頑張りました。
おやすみなさい。
これにて第二章完結です。
読んでいただいた方々、ありがとうございました。