10 『少女』と『正体』
見晴らしのよい、街道を少し外れた草原。すぐ近くには森が広がり、川があるのだろうか微かに水の流れる音が聞こえている。
キャラバン隊員は、この場所に手際よく野営の準備を終わらせ、皆で食卓を囲っていた。日が落ちて、焚火とランタンの明かり漂う風景が疲れた身体を癒してくれるようだった。
「ふむふむ……もぐ……中々に美味だなこれは……誉めて遣わす……もぐもぐ……」
たくさんの料理が木製の折り畳みテーブルに並べられていた。鹿肉のステーキや、野草のサラダ、ミルクベースの暖かいスープに見たことがない形状をしたパンなどが所狭しと置かれている。
冒険者だけの野営ではここまで凝った料理を一斉に出すということはしない。野営が生活基盤となっているキャラバン隊ならではの食卓だった。
そんなたくさんの料理たちを褐色の少女がすごい勢いで減らしていく。
それに負けない食いっぷりがもう2人、ジオとタイガだ。
「馬車ってすっごい気持ち悪くなるんだね……ばくばく……どんなモンスターよりも手強いよ」
「おめーが……がつがつ……だらしねーんだよ」
「ちょっとアンタら! 喋るか食べるのかどっちかにしなさいよ!」
キャラバン隊員達はこの3人の大食漢に唖然としている。
「ふぅー、食った食った! 儂は満足じゃ!」
フォークを手元に置いた少女は満足そうな笑みを浮かべる。その言葉に偽りなし、ね。
「それにしても、君は誰?」
ジオが少女に話しかける。
「儂か? 見れば分かるだろう。儂はただのか弱い少女だ」
偉そうな口調、言動内容と、その幼い容姿にギャップを感じる。
「君がか弱い? ……変なの」
少年は怪訝そうな表情を見せた。あのジオですら違和感を感じ取っているのね。
私は違和感を確かめるために少女に尋ねる。
「ねえ? あんなところに1人で何してたの? お父さんお母さんは一緒に居ないの?」
「父はいない……まだな。母は死んだ」
少女は神妙な面持ちで答えた。場の空気が重くなり、私達のテーブルを静寂が包む。
「おーいおいおい! ……こんな小さい子残して……不憫だなあ」
隊員の1人が同情の声を上げる。
「気にせんでもよい。儂はとっくに覚悟ができておる」
覚悟? 天涯孤独で生きていく覚悟ってことなのかしら。
「んでお前よ、目的地はあんのか?」
食事をし終えたタイガが尋ねる。
「ふむ……ソンジェ? とかいう町に用がある」
始まりの町に用がある? まさか冒険者志望というワケでもないだろう。
「僕達もそこから来たんだよ! キャラバンを送ったら連れて行ってあげるよ!」
ジオが嬉しそうに少女を誘う。
「ほほう。小僧がどうしても、というなら儂を連れていくことを許可してやろう」
「わはははははは! 変わった嬢ちゃんだな」
隊員一同に笑いが起こる。
やっぱり変だこの子……
「ほほほ、それにしてもあなた方に護衛をお願いして正解でした」
キテンさんの言葉に隊員の1人が続く。
「そうだぜ、嬢ちゃんに兄ちゃん、わけえのに大したもんだ!」
「かかかか! あんなの朝メシ前だぜ」
「冒険者組合から聞けば、皆さんはなんと大型のドラゴンを討伐したとか……」
討伐ではなく撃退、そして成竜ではなく幼竜だ。
これは相当ウワサが尾ひれを引いてるわね……
「ほほう」
突如、場の空気が変わる。
「ドラゴンを討伐したというのは貴様らだったのか」
変えているのは、薄ら笑いを浮かべているこの少女。
ゾクッ……!
私は彼女の笑みに、例えようのない悪寒を感じた。
瞬間――
少女の周りに火精霊が舞う。これは……火魔法の詠唱だ!
「やばい! 皆伏せて!」
私は立ち上がり、周囲に向かって勢いよく叫ぶ。
「きゃきゃきゃきゃきゃ! 探す手間が省けたぞ! 人間!」
甲高い笑い声を上げながら、少女が左手を天に向ける。
「【第四階級火魔法:豪炎発爆】」
私たちの上空で火精霊が収束していき、大きな爆発音とともに発散した。私達は、その爆風でテーブルごと吹き飛ばされてしまう。
「うわぁぁ!」
「きゃぁぁぁぁ!」
突然の爆発魔法に狼狽える大勢のキャラバン隊員たち。魔法が直撃したわけではないので大きなケガ人は居ないだろう。
今のは威嚇が目的か……。それにしてもあんな少女が第四階級魔法を……どうなってるの?
「ひいいいいい……」
キャラバン隊員は一斉に逃げ出していく。
「いったいなんだこれは?」
ワケがわからない様子のキテンさんに向かってタイガが叫ぶ。
「こいつはフツーじゃねえ! おいお前ら! さっさと逃げろ!」
時間にして10秒にも満たないだろうか。あっという間に、この場は私達パーティと得体のしれない不気味な少女だけになった。
「やっぱり!」
そう言ってジオが拳を構え、戦闘態勢に入る。
「全然か弱くなんかないよ、この子!」
「きゃきゃきゃきゃきゃ! 人間の分際で竜を滅ぼしものよ。貴様らの力、儂に見せてみろ!」
周囲のあらゆる精霊が忙しなく動いている。凄まじいまでの魔力だった。
「アンタ……本当は何者よ!?」
その魔力量に圧倒されながら、私は再度少女に問いただす。
「儂は〝魔王〟セルピ。貴様ら人間に仇なす者だ」
〝魔王〟!?
こんな少女が人類の宿敵だって言うの!?
「まさか……そんな!」
「うっそだろ! おい!」
私とタイガは、目の前の少女の正体に唖然としていた。
しかし――
「きゃきゃきゃきゃきゃ! さあ来い! 人間ども! ……ん?」
ジオだけは違った。〝魔王〟に向かい、大きく振りかぶっている。
「せー、のぉぉぉ!!」
ジオは〝魔王〟に殴りかかる。が、彼女は寸でのところで後退して避ける。
「ふむ、中々にケンカっぱやいな貴様」
「お師匠さまが言ってた。〝魔王〟が親玉だって。お前をやっつければ、世界が平和になるんでしょ?」
世間知らずなジオも絶対任務である『魔王討伐』を理解している。でも相手の強大さは分かっていないようだった。
……ううん、ジオだって充分強い。一体どっちの方が強いの?
「ほほう、儂を倒すとな? 面白い小僧だ」
「うん、女の子は殴りたくないけど……悪いヤツはぶっ飛ばす!」
異端の中の異端、万能人種ジオと、魔族の頂点である〝魔王〟のバトルが始まる。