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09 『狼』と『少女』


「かかかか! オヤジ、なかなかお世辞がうまいじゃねーか!」


 馬車の荷室兼乗務室に、タイガの笑い声が響き渡る。

「いやいや、なかなかの業物ですよ、これは」

 今回の依頼主である【キャラバン・アスカバ】団長のキテンさんが〝十剣〟の脇差の剣を鑑定している。

 ご自慢の剣を褒められて、タイガは上機嫌の様子だった。



 今から数時間前、魔石獣(チェイサー)はおろかモンスターにも出遭うことなく私達はルベアの町へ到着した。

 ジオは終始はしゃぎ放題で寄り道をしまくり、タイガは『徒歩での移動なんてめんどくせー、かったりー』を連発してくれたおかげで、私は退屈知らずで道程を過ごせた。

 コイツらどんだけ子供なのよ!


 ルベアの町の散策や名産を楽しむ暇なく、私達はすぐにキャラバンと合流する。団長のキテンさんへの挨拶もそこそこに、マストーの町へ出発していた。


 合計6台の大型馬車が野を駆ける。

 アスカバは、私が思っていたよりもずっと大きなキャラバンだった。大陸各地の剣戟武器を中心に扱っているキャラバンで、珍しい武器もたくさんある。

 隊員は18名。遠い地にある【貿易の国】出身とのことで、さすが旅に慣れている一行だった。

 私達は、先頭を走る団長の馬車に同乗させてもらっている。目的地までの、おそらく何も起こらない50kmという暇な道中を、キテンさんが会話に付き合ってくれていた。


「なにより刀というセンスがよい!」

 キテンさんはタイガの脇差を褒め続ける。タイガの2本の脇差は刀という剣種らしい。

「だろ? 軽い上に強度も斬れ味もいいんだぜ」

「たしかに! 名だたる剣豪もよく使用されている。そうそう、刀といえば今ちょうどウチにはこんな一品がありましてね」

 キテンさんはそう言うと、荷室の奥から1本の剣を取り出す。

 仰々しく持ってきたその剣は、半円を描く不思議な形状をしていた。

「遥か南の地より仕入れてきた曲刀(シミター)です。よろしければお手に取って確かめてください」


「へー! 曲刀か、初めて見たな」

 タイガの瞳が輝きだす。剣バカは興味津々のようだ。

「いかがかな? 見事な一品でしょう?」

「たしかに……面白いカタチをしてるじゃねえか」

「〝十剣〟の異名をお持ちのあなたにぴったりの珍刀だ」


「……」

 曲刀をジッと見続けるタイガ。

「せっかくこうしてお会いできたのもなにかの縁だ、安くしておきますぞ! 1,400,000イェンほどでいかがですかな?」

 キテンさんは自然な流れで商売に入った。始めに気持ちを乗せていき、売りたいモノを紹介する。

 おだてられまくったタイガも悪い気はしないだろう。

 それにしても商人(かれら)のことだ、どこまでが真実(ほんとう)かは分からないけれど……

 さて、〝十剣〟の返答は――


 腕を上げ、すっ、と掌をみせるタイガ。

「申し訳ねえが、オレは自分で打った剣しか持たねえって決めてんだ」

「打つ……ひょっとしてあなたは?」


「ああ、オレは【流れの鍛冶屋(ブラックスミス)】。将来世界一の名剣を作る男だ」


「なんと……! クリエイター側とは。私はてっきり剣士だと」

 そう――〝十剣〟の本職は剣士じゃない。私も初めて聞いたときは驚いた。

 希少な鉱石を求めて大陸各地を回り、自身のため『だけ』に剣を造る。もちろん多額のお金だって必要だ。彼にとって、冒険者という職は正にうってつけなんだろう。

 

「自分で打った剣を、自分で試す。それがオレの剣試しの旅だ。そしていずれ究極の剣を作りだしてみせる!」

 よくよく考えたら、コイツって究極のナルシストなんじゃないかしら?

 だって自分で造る世界一の剣を、自分が一番うまく扱えることを目標にしているんだもの。

「さいですか、これは失礼しました冒険者殿」

 キテンさんの表情がわずかに曇る。内心、商売がうまくいかなくてがっかりしているんだろうか。


「ところで、そちらの若い冒険者殿は大丈夫ですかな?」

 キテンさんは私の隣に目配せをする。そこにはたくさんの布袋の上で、うつ伏せになっている魔法使い兼格闘士(ファイター)の少年の姿があった。

「うー……、気持ちわるーい……」

 ジオは馬車の揺れに激しく酔っていた。馬車に乗るのは生まれて初めてだったらしい。私の横で完全にダウンしている。

 さっきまでのはしゃぎ様はなんだったのよ。天下の万能人種(ハイブリッド)もこうなると形無しね……。

 私は彼の背中を優しく(さす)ってあげた。



「団長! ここらがいいかと」

 しばらく馬車が運行したのち、馭者(ぎょしゃ)が呼びかける。

「そうだな、ここにしよう。どれ、もうすぐ日が暮れます。そろそろ野営の準備を始めましょうか」

 馬車の歩みが遅くなっていくその時――

「大変だ! 前方に魔石獣(チェイサー)の集団が居るぞ!」


 キャラバン隊に緊張が走る!

 準備はしてたけれど、本当に魔石獣(チェイサー)と遭遇するなんて……。

 魔王軍尖兵との対峙は、ひと月前のレベル5以来だった。殺されかけた記憶が脳裏に蘇り、全身がびくっと震える。

 まさか私が恐れているの? 大丈夫……次は失敗しない。


「来やがったか!」

 険しい表情のタイガが颯爽と荷室から飛び下りる。

 その姿が視界に入った瞬間、私の中の不安が消えていった。そう、今の私には心強い仲間がいる。なんて頼もしいんだろう。

「ジオ! 敵が来たわよ!」

 チラっとジオを確認するが……ダメそうね、完全にダウンしている。とても戦える状態じゃない……私とタイガでなんとかしなくちゃ!

 私はタイガに続き、馬車から勢いよく飛び下りた。


 敵は何体? レベルは?

 急ぎ周囲を確認する。馬車が停止した場所は、人里離れた見晴らしのよい街道だった。見渡す限り草原が続く。その時、私の目が馬車の前方100メートルほど先にいる集団を捉えた。

 レベル1魔石獣(チェイサー)、【魔石餓狼(ませきがろう)】が5、6、7……8体か。

 キャラバン隊が奴らの視界に入るには、充分な距離だった。


 その魔石獣(チェイサー)は四足歩行、形状も狼にそっくりということで、餓狼という名が与えられていた。

 もっともポピュラーな魔石獣(チェイサー)である。その戦闘力は決して高くはなく、特殊な能力を持たない。言ってみれば、ただの超獰猛な狼だ。

 単体だった場合は、新米(ルーキー)下級(ロークラス)でも充分対処ができる。


 しかし、彼らの真骨頂は集団戦である。

 10体を超える集団と遭遇することも珍しくはない。その場合は、中級(ミドルクラス)はおろか上級(ハイクラス)でさえ命の危険が付きまとう相手と化す。


「なんでえ、犬ッころかよ!」

 既に100体狩りを達成しているタイガが余裕の素振りを見せる。


 ――しかし妙だ。

 奴らは未だに襲ってこない。

「なんだ? ひょっとしてアイツら、怖気づいたのか?」

 違う……魔石獣(チェイサー)は恐れなど感じない。

 これはひょっとして――


「きゃー」


 やっぱり!

 助けを呼ぶ少女の声が辺りに響いた。先にターゲットにされている人が居る!

「くそ!」

 気付いたタイガが慌てて駆ける!

 速い!


 私が必死で追いついた頃には、既に狼との戦闘が始まっていた。


「グルルルルルル……!」

「うおおおおおおお!」

 両の手それぞれに剣を携えたタイガは、既に2体の魔石獣(チェイサー)を屠っていた。

 残り6体の魔石餓狼を同時に相手取っている。さすがの実力だった。

 しかし、その奥に別の集団を確認する。その数は20を超えていた。

「こんなに!?」

「マフォ! あそこにガキがいる!」


 その集団の中心には、褐色の肌をした女の子の姿があった。黒色長髪のツインテールの少女、ジオと同い年くらいか……幼い。今にも襲われる寸前の距離だった。

 なんでこんな辺境の地に1人で……?

 そのシチュエーションに違和感を思いながらも、私の身体が自然に動く。助けなきゃ!


「こんの! 吹っ飛びなさい!」

 すかさず詠唱に入る。

「【第一階級風魔法(ヴィント・):突風流(ガスト)】!」

 褐色少女の周辺にいた狼を、私の掌から放たれた突風がまとめて数匹吹っ飛ばす。

「次! 【第二階級土魔法(マッド・ボ):土泥濘(ーデン)】!」

 残った狼の足元に泥濘を出現させた。徐々に沈んでいく合計16本の足。


「タイガ! 今よ!」

「おおおおお!」

 動きが鈍くなった隙に刀の一閃、瞬く間に4体を魔石へと変えた。

 おそらくタイガは、【第二階級土魔法(マッド・ボ):土泥濘(ーデン)】がどんな魔法か知らないだろう。

 それなのに、瞬時に私の魔法に合わせてくれる彼の剣の技量の高さ、連携攻撃が決まった手応えに今までにない高揚を感じた。

 

 気持ちいい――。

 20数体いた筈のチェイサーは、タイガの追撃で瞬く間に半分以下となっている。


 過去、レベル4をほぼ無傷で討伐した実績を持つこの新米(ルーキー)。そして今の動き。もはや上級(ハイクラス)の域を超えている。

 タイガの剣閃を見て私は確信する。

 この非常に生意気な剣バカは、瞬間的な攻撃力だけ見れば、既に達人級(マスタークラス)に肉薄している。


 人々の恐怖の象徴である魔石獣(チェイサー)に囲まれたこの状況下、あまりの圧勝ムードに自然と笑みがこぼれてきた。

「もう大丈夫よ! お姉さん達に任せて」

 私は褐色の少女の元へ駆け付けつける。

「お前……魔法使いか?」

 少女の口からは、年不相応の言葉が出てきた。見た様子、怯えても慌ててもいない。

 魔石獣(チェイサー)に囲まれていた危機的状況でこの態度……なんなのこの子……?


 私は腰のバッグからマッチを取り出し擦る。下位魔法なら充分な量の火精霊(サラマンダー)が、そこに発生した。

「【第二階級火魔法(フランメ・):燃弾炎(バレット)】!」

 手を銃の形にし、指先から火の弾を撃ちだす。

「【第二階級火魔法(フランメ・):燃弾炎(バレット)】、【第二階級火魔法(フランメ・):燃弾炎(バレット)】!」

 勢いよく撃ち放たれた合計3発の弾丸は、同数の魔石獣(チェイサー)を沈黙させた。

 下位魔法とはいえ、3連続発動させることは難しい。得意である火魔法なら何とか、というところか。


「うし! これで全部片付いたな!」

 気が付くと、周りにいた魔石餓狼の姿はどこにも見当たらない。〝十剣〟が全て片付けていた。


「ふむ……お前たち中々強いな」

 私の隣にいる気味の悪い少女が喋りだす。変わらず変な口調だ。

「なによその大人びた喋り方は。こんな所に1人で……危ないじゃない」

 本当なら『大丈夫? 恐くなかった? ケガはない?』と優しい言葉をかけるべきなんだろう。彼女の雰囲気がそれを拒む。

「儂なら平気だ。それよりほれ、次がくるぞ」


 次?


 ゴゴゴゴ……

 地鳴りとともに、突如タイガの足元が大きく盛り上がる。

「うお!」

 タイガはバランスを崩して、その場で尻餅を突いてしまった。

 地中から姿を現したのは……【魔石巨人(ませききょじん)】、全高5メートルを超えるレベル4魔石獣(チェイサー)だった。

 大型の魔石獣(チェイサー)で、全身が岩石に覆われている。動きは鈍いが、防御力の高さと重量を利用した攻撃で、上級(ハイクラス)でも手こずる相手だった。

 タイガの前で仁王立ちをした巨人は、彼をその小さな眼で確認する。


「あ……やべ……」

 接地していた彼の右手が、握っていた刀ごと地面に埋もれていた。

 巨人の持つ特殊能力に、自身から周囲数メートルほどの大地をコントロールすることができる力がある。それは下位土魔法にも満たないほどの影響力だが、主に敵対する相手を拘束する目的や、地中を移動する際に用いられる能力だった。

 動けないタイガに向かって、巨人は大きな腕を振り上げる。


 ちょっと……あいつピンチじゃない! 余裕ぶっこいてるからこういうことになるのよ。

 私が援護魔法の詠唱を始めたその瞬間――私の視界の端は、猛スピードで駆けていく影を捉えた。

 ガキン!

 巨人が振り下げた拳を、その影……ジオが両手で受け止める。


「ごめんごめん遅くなっちゃった!」

「お……おう! ありがとよ」

「グオオオ……!」

 魔石巨人は、止められた拳を力いっぱい押し込めているように見えるが、少年は動じない。それどころか、まだ余裕があるように見える。

「うえ……まだちょっと気持ち悪いや……よーし! さっさと終わらすぞー!」


 ジオは掴んでいた拳を右足で大きく蹴り上げた。その反動で、巨人は大きく後ろによろける。

「たああああああ!」

 その隙にジオは突っ込み、両拳で連打をお見舞いする。何発繰り出しているのか、マーカーズの私では分からない。

 ドンドン!ドドドドン!

 衝撃が周囲の空気を揺らし、あっという間に巨人を粉砕した。


「へへ! いっちょあがりー!」

 相変わらずの笑顔を見せる少年の足元に、コロン……とレベル4の魔石が転がっていく。


 私は開いた口が塞がらない。

 相性にもよるが、レベル4は上級(ハイクラス)と同等の戦力があると言われている。そのレベル4を異端の万能人種(ハイブリッド)は圧倒してみせた。

 さらにはその運動能力だけでなく、禁呪という必殺技を携えているジオの攻撃力は、達人級(マスタークラス)をも凌駕しうるかもしれない。

 ジオといいタイガといい、とんでもない逸材よね。このパーティなら、もしかしたらレベル6の魔石獣(チェイサー)を相手取ることだってできるかも。


「うむ、これくらいでよいか」

 やれやれ……と言った表情で少女が喋りだす。口調も態度も子供のそれではなかった。

「何か言った?」

「ハラが減った」

 は? お腹が空いたですって? 『助けてくれてありがとうございます』でしょ、ここは!

 どういう教育を受けてきたらこんな子供に育つのかしら。

「貴様の耳は飾りか? 儂はハラが減ったと言っておる」

 えっらそうに! ほんとになんなのよ、この子……。



「おーい、冒険者の皆さん! 無事に終わりましたか?」

 キテンさんとキャラバン隊員が駆けて来る。

「ええ、無事に終わったけどこの子が……」

「ん? 親と逸れてしまったのかな? 一旦ここらで野営にしましょう。さあお嬢ちゃん、おいで。あったかい食べ物を馳走しよう」

 キテンさんは優しい瞳を浮かべながら、少女を手招きした。

「メシか!? うむ、くるしゅうない」

 不愛想だった少女の表情が緩む。その屈託のない年相応の笑顔は、ジオを思い起こさせた。



 草原に夕日が落ちていく。

 キャラバン一行は野営の準備を開始した。


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