08 『魔法講座』と『初依頼』
ドラゴンジュニアの始まりの町襲撃から、早くも10日が過ぎた。
破壊された町の復興も徐々に進んでいる。
ソンジェ・ギルド本部は全壊してしまった為、近くにある仮の建物で運用を開始したのが3日前のことだった。
竜種族の人口居住地区襲撃はおよそ3年ぶりということと、ジュニアとはいえドラゴン撃退に成功したという情報は、ギルド間でも大きな話題になっている。
ただ、それよりも大きな話題になっているのは彼の存在だった。
「わかんないよー!」
下位魔法習得に絶賛苦戦中の、ジオこの人である。
「だーかーらー! ここの精霊をこうすればできるでしょ!?」
「どうするのさ?」
「だからこう!」
「そんなのできないってば!」
天気のよい昼下がり、場所はソンジェ・ギルド仮本部の前庭広場。
私は、魔法習得の基礎中の基礎である、精霊の螺旋コントロールについて指南をしていた。
そして……全くできないジオに対して苛立っていた。
魔法は口で説明することが難しい。その為、精霊の動かし方を見せながら真似して覚えるのが一番分かり易い。
自分が教えてもらったときのことを思い出しながらジオに教えている……のだが。
「呆れた……アンタねえ、この前使ってた禁呪ってのはこれの何十倍も複雑なコントロールを要求されるワケ! それなのになんでこんな簡単なこともできないのよ!」
禁呪しか使えないジオのために第一階級魔法の練習を開始して3日目。習得状況は、全くと言っていいほど進んでいない。
「マフォはさ、〝天才〟って呼ばれてるんでしょ? だから簡単って言えるんだよ」
「言っときますけどね、下位魔法が使えない魔法使いなんて聞いたことがないわよ。皆ここから精霊コントロールを覚えていくんだから」
「でも僕には禁呪があるもんね!」
またきた! 事あるごとに禁呪、禁呪って。
それに、私だって最初は上手くできなくて必死で練習した過去がある。それを〝天才〟と禁呪の二文字で簡単に片づけられることに怒りが込み上げてきた。
「禁呪ってのは使用を禁じられているから禁呪って言うのよ! アンタもう冒険者登録したんでしょ? 正式な魔法使いでしょ? だったら今までみたいに禁呪バンバン撃てなくなるって話したわよね!?」
「お師匠さまはバンバン遣ってたよ、禁呪」
「そ・れ・は! 〝大魔導〟だけの特権!」
世にある魔法の99%を管理している【魔法評議会】という機関がある。
本来禁呪の使用には、ギルドを通じて評議会の事前許可が必要となる。
しかし〝大魔導〟のみ、魔法開発及び研究を理由に、禁呪使用の許可を必要としない。
全魔法の行使制限を受けない唯一の存在、それが〝大魔導〟である。
「そんなのずるーいずるーい!」
はあ……子供と話しているみたいだ……。
「とにかく! どうせあの禁呪だって1日1回しか使えない欠陥魔法なんだから、金輪際それに頼るのはやめるように!」
あの戦いの後で聞いたことだが、ジオは禁呪を使うと魔力が尽きて丸1日魔法が使えなくなるらしい。
禁呪使用には多大な魔力を要するが、おそらく元々の魔力キャパシティが少ないんだろう。
なんという燃費の悪い魔法使いだろうか……
「1回遣えれば十分だよ! 大抵の敵はそれで片付くし」
「バカなの? 敵が複数いたらどうすんのよ?」
「マフォのほうがバカじゃん、殴り倒すんだよ!」
「アンタは魔法使いでしょ!」
ジオの頭を叩いた。
パンッと小気味よい音が庭広場に響く。
「いたたた! ……それよりいつ冒険いくのさ?」
「しょうがないでしょ! アンタの冒険者登録処理に時間がかかってるんだから」
万能人種の冒険者登録は異例中の異例で、ギルドも対応に時間がかかっているようだった。
なにせ【騎士国】の〝魔剣士〟以来、およそ20年ぶりの登録だという。
その処理が終わるまでは、依頼も任務も受けれない。
「それに、私もケガが治るまでもう少し時間が必要だし――」
「おう、マフォ! どうだケガ治ったか? 魔石獣狩りに行こーぜ!」
ジオと会話をしているところ、陽気な挨拶とともにタイガが歩いてきた。
「……アンタそれ昨日も聞いてきたわよね? 1日でそんなに変わると思う?」
「なんだよ、ケガなんてすぐ治んだろ?」
「治るワケないでしょ! こんな大ケガ!」
「オレは3日位で全快したぜ?」
「私はマーカーズなの! アンタと一緒にしないで!」
ヒューマンの中でも、このくそヒューマンの治癒能力の高さは異常だ。
なんで私より重傷だったあんな大ケガが3日で完治するのよ!
「ほんじゃよ、マーカーズお得意の魔法でちょちょいと治せばいいじゃねーか」
「お生憎様。回復魔法は禁呪なんですー! ちなみに難し過ぎて私には使えないんですー!」
「んだよ、〝天才〟ってのも案外大したことねーんだな」
……殺す。こいつ殺す。
こんな感じで10日間、私たちパーティはまだ一回も活動できていない。
まあレベル5魔石獣やらドラゴンジュニアやらで、ここの所ずっと緊張が続いていたから、こんな期間があってもいいのかもしれないけど。
ちなみに私達3人は、町を救ったとして英雄扱いされており、この町で『超』優遇措置を受けている。
宿代タダ、食事代タダ、ケガの治療代タダと至れり尽せりだ。
反面、大勢の町民がひっきりなしにお礼に訪ねてきたので、ずっと慌ただしい療養生活を送っていた。
おまけに超希少な万能人種がいるせいで、物珍しさで挨拶にくる野次馬も多い。
流石に3日も経てば落ち着いたが、今もこの広場では至るところから好奇の視線を浴びせ続けられている。
まあ、このパーティで目立つな! っていうほうが無理な相談よね。
万能人種に、魔石獣100体狩りに、極めつけは〝西の天才〟の私でしょ。
……以前の町では、パーティ全滅が原因であんなに煙たがれていたのに……ね。
「お! ジオ、他の魔法は使えるようになったのか?」
「ぜーんぜん! 先生が厳し過ぎるんだよ」
タイガの質問にジオは不満全開で答えた。
「おいおい〝天才〟先生、ちゃんと面倒みてやれよな」
「やってるわよ!」
都合のいい時だけ〝天才〟〝天才〟言われることに腹が立つ!
はあ……私の二つ名変えようかしら……。
「魔法ねえ。オレには全然わっかんねーけどよ、要は精霊ってやつを思い通りに動かしゃできるんだろ? 精霊ってどんな形してんだ?」
「1つ1つはこんな感じ」
私は人指し指を、親指の付け根に丸めこんで、極小のすき間を作って見せる。
「こんな小さい精霊がそこら中にあるのよ。火のそばには火の精霊である火精霊がたくさんある、みたいなイメージね」
「ふーん、まあアレだな。ちょっとでけー埃みてーなもんなんだな」
「……まあ表現はともかくとしてそんな感じ」
もうちょっとマシな形容を考えてみたが、すぐには思いつかなかったのでそのまま話を進める。
「んじゃお前らマーカーズは、常に埃だらけの風景とかモノを見てんのかよ、うざったくねーそれ?」
「別に私達だって常に精霊が見えているワケじゃないのよ」
「そうだよ。なんて言うか。意識して目を凝らしたら見えてくるんだ。不思議だよね!」
ジオの言う通り、精霊は勝手に視界に入るわけじゃない。だから日常生活で困ることも邪魔に思うこともない。
「それをこう1箇所に集めたり、回転させたりして魔法を発現させるんだけど……」
私は身振り手振りを使って説明する。
「ジオは小さな動かし方ができないのよね。精霊をほんのちょっと右へ、ってやったら10数メートル先まで一気に動かしちゃう感じ」
「かか! いいんじゃねーの、スケールがでっけー男ってことで!」
アンタは態度がでかいけれどね!
「まあ上位の魔法になればなるほど、精霊の必要量が増えたり、より広範囲でのコントロール、動きの複雑化が求められるから、禁呪しか使えないジオは、精霊の小さな動かし方に慣れていないだけだと思うのよね」
私は先日見た禁呪の詠唱を思い出しながら話す。あの時のジオは圧巻だった。第六階級魔法の習得に苦戦している今の私では到底真似できない。
「ジオ、禁呪ってやつはどれくらい練習して使えるようになったんだ?」
「えー、ずっとそればっか練習してたからなぁ……よく覚えてないけど10年くらいかな」
「10年! お前それマジかよ!?」
タイガが大声を上げた。
「うん、毎日練習してた!」
「そんなのよくある話よ。むしろ第八階級魔法や禁呪なんて、一生かけて修行しても使えるようになる魔法使いはほんのひと握り。10年で禁呪が使えるジオが異常なくらいよ」
そう、ジオは異常だった。過去確認されている14名の万能人種で、上位の魔法を扱えた人間は居ない。
彼は異端中の異端と呼べる存在だ。
「皆さーん! お待たせしましたー!」
ソンジェ・ギルド仮本部の前庭広場で話し込んでいると、ギルド受付嬢が駆け寄ってきた。
「ジオさんの冒険者登録、全て完了しましたよ」
「きたきたー! 待ってたよー! いよいよ冒険だー!」
ジオは万歳をしながら大喜びだ。
「ッッしゃあ! 早速出発しよーぜ!」
その隣からも喜びの声が上がる。でも――
「こらこらこら……待ちなさいバカども。私まだケガ治ってないんだってば」
「「ええええええええー!」」
さすが単細胞、息ピッタリの反応をしてくれるじゃない。
「ふふふ、でしたら簡単な依頼から始めてみたらどうですか?」
「そんなのあるの?」
ジオの目が輝きだす。
「何も、モンスターを討伐するだけが冒険者の務めじゃないですよ。今、隣町のルバアにキャラバンが来ていて、そこから依頼がありました」
ルバアか、懐かしいわね。私の新米時代に何回か立ち寄ったことがある町だ。
「キャラバン? なにそれおいしいの?」
「ばーか、ジオちげーよ。キャラ・バーンってのはその名前のとおり爆弾の一種で――」
「キャラバンは本拠地を持たず、移動を繰り返す隊商、つまり動く商店のことよ」
私はすかさずバカの発言を訂正した。
「そ、そうだぞ! ジオ、オレが言いたかったのはそーいうことだ」
どーいうことだ?
「そのキャラバン移動時の護衛が、今回の依頼です」
「キャラバンの護衛か……」
過去、私は2回の護衛依頼を受託したことがある。正直どちらも拍子ぬけした。なんにも起こらなかったからである。
そもそも、冒険者の護衛を付けた時点で盗賊・山賊の類は手を出してこないし、大抵はモンスター襲撃を考慮して安全な街道ルートを行くからだ。
最も警戒しないといけないのは、魔王軍尖兵である魔石獣との遭遇か。
「隣町のルバアから目的の町、マストーまでの移動距離は約50km。道中、危険なモンスターの住処も確認されていませんし、魔石獣にさえ遭遇しなければ新米向けの安全な依頼と言えます」
「行こうよー! キャラバン見たいー!」
受付嬢の説明にジオはノリ気だ。説明が続く。
「ルバアまでの移動時間を含めて、2日間という短期間で完了するのも魅力的ですよね。……その分報奨金も安めなんですけど」
「いくらなんだ?」
真っ先にタイガが尋ねる。
「無事に送り届けて、一人あたり40,000イェンといったところでしょうか」
「やす!! 気乗りしねーなぁ」
守銭奴のタイガが分かり易い反応を示した。
「あと、なんでもそのキャラバンでは武器をメインに取り扱っているらしく、珍しい剣や槍などもあるとか……」
報奨金では釣れないと思った受付嬢は、別の特徴を挙げていく。
「剣!! マフォ受けようぜ、その依頼!」
はい、釣れましたー。
でたな剣バカ。
このバカは、剣と鉱石とお金に目がない。
「はいはいはいはい……分かったわよ! 受ければいいんでしょ、その護衛依頼」
ケガも大分治ってきているし護衛依頼なら、そう支障はないだろうと私は判断する。
というより、この2人を相手にケガ完治まで待たせる方が骨が折れそうだしね……。
「そう言えばジオさん、二つ名登録はどうしますか? こちらで用意することもできますが」
「二つ名?」
はあ……コイツ、ほんと何にも知らないのね……。
「私の〝西の天才〟とかタイガの〝十剣〟のことよ。冒険者なら知名度アップに繋がるからあったほうがいいと思うけど。まあ、でもアンタは万能人種ってだけで嫌でも目立つから要らないかもね」
「それってさ、どんな名前にしてもいいの?」
ジオの問いに、受付嬢は少し考える。
「そうですね……あまりにも事実とかけ離れていなければ大丈夫ですよ」
「へへ! じゃあね――――」
こうして私たちパーティの初依頼、そして私の〝魔王〟討伐の冒険が始まった。
そして私はすぐに思い知る。
一見簡単に思えるこの依頼が、実は究極の難易度を誇っていたことを……