二月十六日・天気図記念日
今日はいい天気だな、ばあさん、まだまだ春は来ねぇが、鼻先までは来てんなぁ、こりゃ。春になりゃ花咲き。なんてな。
ばあさん、今日はお天気じゃ。昼まで寝てっと、風邪引くぞ。
もう昼だぜ、ばあさん、今日はな、ばあさんの好きなたくあんが出てな、少し硬いがな、ばあさんのよりはうまかったな。
夜はきれいだな、ばあさん、こんなきれいな夕日、生涯になんぼ拝めることができっとも限らんわ。
「面会は、六時にて終了となります。お忙しい中、ありがとうございました。お気をつけてお帰りください。」
ばあさん、時間みたいじゃな、また来るな。
今日は、ばあちゃんの葬儀です。
妹の四月の入学式の前に、息を引き取りました。
意識がない中でもじいちゃんは毎日病院に通ってばあちゃんの世話をしていたそうです。
お母さんは毎日そんなことしてたのね、と言って笑っていましたが、ばあちゃんが亡くなったことを聞いたとき、泣きそうになっていたことを僕は知っています。
でも、今日の葬儀では、じいちゃんは来ませんでした。大切な用がある、とか言って今日の朝、起きなかったのです。
お母さんは、そんなに寝たら風邪引くよ、と言っていたけれど、じいちゃんは譲りませんでした。
誰かの葬式に行くとか何とか言って娘夫婦は朝に出かけた。
それらしい言い訳は言っておいたが、特段することもない。
このまま寝てしまおうか、と思ったが風邪を引くのは癪なので布団を出る。
足元が床に触れてひやりとした。
ばあさんが布団を敷き忘れたのだ。
昨晩どうやって寝たのか、ばあさんは少し抜けている。
娘の家の階段は軋まない。
もうずいぶん年を取ったものだ、とひざが泣いている。
こんな感情おくびにでも出せば、ばあさんは笑うにきまっている。
ばあさんには負けないからな。
若い頃、ばあさんとはどちらが長生きするか勝負をしよう、と誓った。
負けるわけにはいくまい。
朝ごはんは用意されてなかった。
ばあさんめ、また忘れおって。
だがばあさんには負けない。こんなこともあろうかと粥の作り方は教わった。
台所はもうガスではないのか。
しくじったな、と思ったが、ばあさんに気づかれたら馬鹿にされるにきまっている。
こんなもの、簡単さ。
ボタンを押して、ん、この赤い輪の中が熱いのか。
しまった、文字が見えん。眼鏡を忘れた。
だが、平静を装うに限る。そうでもしなければばあさんは嘲るにきまっている。
まだまだばあさんよりは若いからな。
「ばあさん、眼鏡取ってきてくんね」
返事がないな、寝ているのか。
おっと、ドアは置けたら閉める。ボタンも一緒だな。
ぴ、と音がして、赤い輪が消えた。
軋まない階段を上がってすぐ、自分が布団を敷きはなしなことに気が付いた。
ばあさんにばれる前でよかった。
布団を片付けていると、化粧台の引き出しが開けはなしだった。
やはりばあさんは抜けている。
仕方がないな。
引き出しが、押しても閉まらない。
おかしいな、と思ったが簡単な話だった。
学習帳が挟まっていたのである。
学習帳、ばあさんのか。
開いたのはほとんど無意識だった。
綺麗な筆跡で日本列島が書かれていた。
それと、数本の線。
太陽の印に傘の印。雲の印もあった。
咄嗟にはわからなかった。
次第に、天気図なのだと分かった。
二月三日
曇り
おじいさんが節分に際して鬼をやっていた。子供のようにはしゃいで、みっともない、なんて私が言ったもんだから、まだまだ若いからな、なんて言って。そういうのを馬鹿者、と言うんですよ。
二月四日
晴れ
昨日鬼をやったせいで筋肉痛になって、今日はいい天気だ、なんて言いながらちっとも起きやしない。おじいさん腰が痛いんじゃないの、なんて言ったもんだから急に起き上がって、そんなことしたら痛くなるにきまっているのに。相変わらず。
あいつ、なめたこと書きおって。
思って、めくる。
白。
ばあさん、また書き忘れている。
二月四日で止まっちゃ、わからんだろう。
「ただいまじいちゃん」
じいちゃんの部屋は二階にあってそこそこ広い部屋です。
中学生になったら自分の部屋になるらしかったですけど、じいちゃんが来たのでじいちゃんの部屋になりました。
少し残念ですが、じいちゃんは面白いので良かったです。
「じいちゃん、帰ったよ」
返事がありません。
二階かな、なんて思って上がりました。
じいちゃんがいました。
ばあちゃんの机に座って、寝ていました。
ノートがあって、「二月十六日」とだけ書いてありました。
じいちゃんも眠かったんだな。と思って毛布をかぶせてあげました。
「それでは、今日の天気を振り返ってみましょう。今日は一日おおむね晴れて日差しが気持ちいい日でしたね。お出かけにはぴったりだったのではないでしょうか。明日も晴れて、春の便りがする頃です。明日のワンポイントアドバイスは、花咲きはもう鼻先!です。それでは、ラジオ640、次はニュースです。」
本日二月十六日は「天気図記念の日」
1883年、ドイツの気象学者エリヴィン・クニッピングの指導の下、日本で初めて天気図が作られました。
それでは、今日も一日、頑張っていきましょう!