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Noël  作者: 冷麺
4/5

4.もしこの世界が偽物なら

 ――朝。

 カーテンの隙間から差し込む光を眩しく思い、漸く深冬は目を覚ます。そして大きく欠伸をした。昨日家に帰り風呂に入ってから、ベッドに倒れ込んでこの時間まで泥の様に彼女は眠っていた。深冬はスマホに手を伸ばし、時間と日付を確認する。

 

【12/24 sat 10:30】


「土曜日の、クリスマス……」


 おかしい、と彼女は思った。今日は日曜日の筈だ。いや……もっと言えば、今日は月曜日の筈なのだ。なのに、日付は土曜日を示していた。


「……私、寝惚けてるのかな……」


 自分を嘲る様に笑うと、彼女は部屋を出てリビングに向かう。

 ガチャリとリビングに繋がるドアを開ける。


「おはよ」

「やっと起きたか寝坊助野郎」


 ソファーに座る兄が、テレビを見つつ深冬に言った。


「私女なんですけど」と、深冬は言う。

「一々屁理屈を言うな。それより、お前補修に引っ掛かってるんだろ? さっさと準備しろよな。ってか可哀そうだなあ、クリスマスに補修だなんて」

「あ…………うん。っていうかさあ……今日、クリスマスだっけ……?」

「ハア?」と、兄は露骨にムカついた表情を深冬に向ける。

「クリスマスってさ、もう二日前に終わったと思うんだよね……」

「なあーに言ってんだよお前は。よーく聞いとけ、今日は十二月の二十四日! クリスマスクリスマスって皆よく言うけど実は今日はクリスマス・イブ! まあイブの方が本番って気はしないけどもよ。――兎に角、今日は十二月二十四日だ。お前、補修が嫌すぎて無意識に現実逃避してんじゃねえのか?」

「……あは、そうかもね……」と、深冬は小さく笑った。

「ったく気味悪いな。……さっさと行けよ、補修」


 兄にそう催促されるまでも無く、深冬は準備をしに自分の部屋に戻って行った。

 それ以降の行動はまたもや同じであった。

 世界史の補修を受けに高校の教室に行くと、クリスマスに補修がある事を憂いた男子生徒たちの会話を聞き、全く同じの内容の授業を受け、同じ内容のミニテストを解答し、校門に来たノエルと会い、彼女と共に某ネズミの遊園地ばりに大混雑のイルミネーションを見に行き、違う場所から見れる様に移動し体力を使い、その後は都内で有名なクリスマスツリーがある広場へ向かう。

 そして、ノエルと共にクリスマスツリーの元に立つ。


「bravo! テレビで見た時よりもすっっっっごく綺麗……!」


 目の前にある高く聳え立ち、赤と緑と黄金の装飾が輝くそのツリーにノエルはとても感動していた。深冬はその言葉もクリスマスツリーも、もう二度も聞いていたので特に何も感じなかった。


「良かった、このツリーをミフユと見る事が出来て……最高のクリスマスですね」

「……そうね」


 深冬の返答も適当になっていた。何せ、この会話は三度目だ。

 その時だった。二人の間にハラリと白い何かが舞い落ちる。それは一回だけでは無く、徐々に数を増やしていった。

「雪だ」と、誰かが言った。その通りで、ハラハラと雪が降り始めていた。


「ホワイトクリスマスっていうやつですかね?」

「……ええ」


 もう何も思わなかった。寒さも、ホワイトクリスマスの物珍しさも、今はどうでもいい。三度目のクリスマス……繰り返す、輪廻するこの現象……その原因かもしれない何かを、深冬は既に思いついていた――。


「深冬……。私たち――」と、ノエルが喋り出す。その時、遮るようにして深冬が言う。

「『私たち、来年になるとお互い違う大学に行ってバラバラになるね』、でしょ?」

「えっ……?」

「そしてその後、私の腕を引っ張って私の……ファーストキスを奪う」

「み、深冬……?」


 ノエルは困った顔で彼女の顔を見つめる。


「そして、その鞄からプレゼント……指輪を出して、私に告白する。……そうでしょ? ノエル」

「……あはは、バレちゃったかあ」


 そう言ってノエルは笑うと、鞄から小さな箱を取り出す。


「クリスマスだからね、深冬にプレゼントしようと思って。でも、告白するって事までバレちゃうなんて……もしかして、深冬ってエスパー?」

「ねえ、なんで……なんで何回もクリスマスが繰り返してるの……? ねえ、ノエル……貴女何か知ってないの……?」

「……………………」

「ノエル……?」


 ノエルの顔から一瞬で笑みが消え、真顔になる。そして、何かが一気に崩れたのか、ノエルは笑い出した。


「あはッ……あははははッ……あはははははははははははははははははははははははは‼」

「ノ、ノエル……?」


 突如狂ったように笑い出すノエルに、深冬は動揺を隠せなかった。其処に居るのは、深冬の知っているノエルとは似ても似つかない、別の何かであるようかにも見えた。


「なんで……なんでかって……? それは、深冬のせいでしょ?」

「わ、私のせい……?」


 笑うのを止めたノエルは、深冬に向かって話し出す。同時に彼女の顔に浮かぶ妖艶な笑みが、深冬を不気味に思わせた。


「何年も……いや、何十年も一緒なのに……お前は、君は、貴女と言う人は……全然、一切私の気持ちに気付いてくれ無かったじゃない……」

「そ、それは……」

「勇気を振り絞って告白して、しかもファーストキスまで奪ってあげたっていうのに……それなのにそれなのに、それなのに! 深冬は走って私の元から逃げた! そう……あの時……初めて日本の学校に来た時、私を異端だと除け者にした餓鬼たちみたいに……。悔しくて悔しくて悔しくて……家に帰ってからずっと泣いたよ……でもね」

「で、でも……?」

「一回で諦める私じゃないよ。だから決めたの、もう深冬は私だけのものなんだから、後は貴女が私を受け入れてくれるだけ。そうとなればする事は一つ。深冬、貴女が私の事を受け入れてくれるまで何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もこの十二月二十四日を繰り返すって決めたの」


 ノエルから放たれる怒涛の言葉に、深冬は圧倒され気圧された挙句、恐怖まで生まれようとしていた。目の前に居るのは、自分の親友であったノエルだとは思えなかった。いや、それとも……彼女が心の内に秘めていた膨大な感情に、自分が気付けなかっただけなのかもしれないと、深冬は思った。

 無意識の内に、深冬は一歩後退った。それに気付いたノエルは、素早く深冬の右腕を強く握る。


「ひっ⁉」

「ふふ……深冬が私の事をどう思ってても良いの。怖がられても気持ち悪がられても不気味に思われても汚いと思われても気色悪いと思われても罵ってても嘲っても笑われても無視してても拒絶されてても否定されてても嫌われてても……私は貴女に告白し続けるんだから……私の事を受け入れてくれるまで、ずっと、ずっと、ずっと、何度も何度も繰り返して、永遠に……ね? ねえねえ、一緒に話そうよ。折角のクリスマスだよ? 家族同士が、恋人同士が、友達同士が一緒に過ごして友愛を育む日なんだから、私たちも一緒に会いを育みましょう? 女の子同士? そんなの、愛には関係ないから安心して? 何時の時代にも、素晴らしい愛には大きな壁が立ちはだかる物なの。それを乗り越えてこそ、強い絆で結ばれた愛が生まれるんだから。私と深冬なら、きっとそうなれるわ。なんて言ったって貴女は、深冬は私が好きになった人なんだから。そうでしょう? 十年前私を救い出してくれた、私の救世主、白馬の王子様……じゃなくて、女王様かな? それとも女勇者? それとも女神様? ふふ、どれであっても似合うわ。その綺麗な顔立ちなら、きっと男装だって似合う。体形だって……ああ、これは別に馬鹿になんかしてないからね? 寧ろ愛おしくて仕方ないの。ふふ……漆黒の髪に、透き通る白い肌、綺麗な顔に、ぱっちりとした目と瞳、つやつやした唇と細い首に、すらりとした体……深冬の外から内まで、頭の先から足のつま先まで、皮膚から内臓まで全部好き、大好き、愛してるわ……!」

「い、いやあ……!」


 ノエルの口から溢れ出す自身への感情に耐え切れなくなった深冬は、強く握る彼女の腕を振り払い、走ってその場から逃げ出した。ノエルは追い掛ける素振りを見せず、去って行く深冬を妖艶な笑みを浮かべたままずっと見つめていた。


「ふふ……逃げちゃった。可愛いなあ。……逃げても無駄なのに。私を受け入れてくれるまで……深冬、貴女に明日て永遠に来ないから……」


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