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Noël  作者: 冷麺
3/5

3.…Reloaded

「……朝だ」


 もこもことした淡い緑色の布団の中で深冬は呟いた。ばさりと布団を押し退け、ぼさぼさになった髪の毛を指で梳かしながら彼女は体を起こした。カーテンの隙間から日光が差し込み、彼女の顔を照らした。ふらふらとベッドから降りてスマホの時計を確認する。時刻は十時三十分を指していた。


「朝っていう程でも無いか……はは」


 深冬は一人呟き小さく笑うと頭を掻きながら部屋を出て行く。階段を降りてリビングに入ると、深冬の兄がソファーに座ってテレビを居ていた。


「おはよう、兄貴」

「おはようじゃなくておそようだ、深冬」

 

 彼は壁に掛かった時計を指でさして言った。


「うるさいなあ……別にいいじゃん、休みなんだからさ」と、深冬は面倒な表情で答えた。

「なーにが休みだ、お前補修に引っ掛かってるんだろ? さっさと準備しろよな。ってか可哀そうだなあ、クリスマスに補修だなんて」

「はあ? 補修は昨日終わって……それにクリスマスは昨日で終わりでしょ」


 深冬はキョトンとした表情で言った。それを聞いた兄は明らかに『何を言ってるんだこいつ』と言いたいばかりの表情になる。


「何寝惚けた事言ってんだ、お前は。今日がクリスマスだろ、ちゃんと日付見ろよ」

「いやいや、兄貴こそ寝惚けてるんじゃ……」


 苦笑しつつ、深冬はスマホの画面に表示されている日付を確認する。


【12/24 sat 10:36】


「え……?」


 思わず深冬は声を漏らす。確かに、スマホでは今日の日付が十二月二十四日であった。しかし、そんな事はない筈だ……昨日、自分はクリスマスの昼間を最後の補修で過ごし、夜はノエルと共にイルミネーションやクリスマスツリーを見て過ごした。そして、その後……。


「どうしたんだ、顔赤くして。風邪か?」

「は、はあ⁉ 赤くなんかなって無いわ!」


 深冬はそう言うが、実際は顔が真っ赤に染まっていた。ノエルと共にクリスマスツリーの下に訪れて……その後を思い出そうとすると、恥ずかしさで紅潮する。


「兎に角、ちゃんと補修出ろよ。折角進学決まってんのにこんな所で躓いてたらどうしようも無いんだからな」

「…………」

「……聞いてねえし」


 深冬はふらふらとリビングを離れて自分の部屋に戻った。そして鞄に教材と筆箱、ノートを詰めて制服に着替えマフラーを首に巻き、補修の時間に間に合う様に自宅を出て行った


 自宅から高校に着くまでの間、嫌という程世間のクリスマスの装飾を目にした。今日が本当にクリスマスだとすると、昨日体験したアレは一体何だったのだろうか……? 壮大なデジャヴ……予知夢と言う奴だろうか。

 様々な考えを張り巡らせながら、補修の教室に着くと深冬は鞄から補修に使う物を取り出して机に置き、椅子に座り担当教師が来るまで静かに待機する。


「ったくよお、折角のクリスマスなのに補修なんて入れんなよな、あのクソ教師」

「仕方ないだろ。赤点取ってんだからさ」

「それはお前もだろ……」


 近くに座る男子生徒の会話が耳に入る。深冬はこの会話を聞いた覚えがある。確かこの男子生徒たちの会話は昨日も聞いた筈だ。


「……何か変だなあ」と、深冬は小さく呟いた。

 数十分後、担当教師が教室に入り補修が始まった。内容はやはり、自分が体験した昨日と全く同じだった。これ程面白くない授業を三回連続どころか、全く同じ内容の授業を連続で受けるとは思わなかった。早く終わってくれないかと時計をじっと見つめる。普段は早く見える時計の針がやたら遅く感じた。

 ふと、思い出した。確か授業に集中していないのが担当教師にバレ、ミニテストに合格してもその後にぐちぐち言われた事を。

 深冬は直ぐに視線を時計から黒板に移す。すると黒板の方を向いていた担当教師がこちらに振り返り、深冬の方をじっと見た。そして、すぐに黒板の方へ向いてチョークの音を鳴らす。

 深冬は安堵した。これで授業の後ぐちぐち言われなくて済む。そう思うと少し気が楽になった。

 授業最後に行われるミニテストの用紙も当然全く同じ内容だった。当然、解答は覚えていた為それをそのまま用紙に書き、提出してから教室を去った。

 クソみたいな――否、やる気が微塵も溢れてこない補修を終え、深冬は学校の出入り口へ向かう。


「そういえばノエルが確か校門の辺りに……」


 夢か現か、体験したであろう記憶を振り返る。補修を終えた後、約束の時間はまだだと言うのにノエルは其処に居た。もしかしたら今日も居るのでは……。「まさか」と、小さく笑って彼女は校門を見る。

 彼女の予想は当たっていた。

 眩しく煌めく長い銀髪を靡かせ、彼女は――ノエルは立っていた。


「……ノエル」


 補修を昼から受け夕方に終え帰ろうと校舎を出ると、彼女が校門に立っていた。と、いう事は……後の展開は簡単に予想が出来た。


「……! 補修終わったんだ深冬。待ってたよ」


 自分を見つめる深冬に気が付いたノエルは、小走りで深冬の元までやって来る。そして、笑顔で深冬を見つめる。同じだ、と深冬は心の中で思った。


「約束の時間は七時だし、それに集合場所は此処じゃないでしょ?」


 彼女は同じ質問を投げ掛ける。


「いいじゃない、別に。早く貴女に会いたかったの」

「そ、そう……」


 同じ返答が、ノエルから返って来た。


「ねえねえ、ちょっとだけ我儘言って良いかな?」

「我儘……? 何?」


 ノエルの発した言葉は多少は異なっていたが、大方の予想はついていた。きっと、あの某映画のテーマパークのアトラクション列如く人でごった返したイルミネーションを見に行くのだろう。そして違う場所から見る為に歩き疲れてしまう事も。


「私ね、イルミネーションとツリー見に行きたいんだ!」

「……分かったわ」


 深冬は小さく頷く。ノエルは嬉しそうに微笑み、「ありがとっ」と言い、深冬の腕を掴んで校舎から離れて行く。ここまで来ると、最後はきっとまた同じなのだろう。ちゃんとした返答が出来る様に考えておかないと……と、深冬は思った。


 日が落ち、二人はわんさかと溢れるイルミネーション施設に行き、離れた場所で見る為移動を強いられた。それにより深冬の体力はまたしても削られたのだった。そしてその後は都内でも人気のクリスマスツリーを見に広場までまた移動した。これにより深冬の残存体力は八割程削られる事になる。


「bravo! テレビで見た時よりもすっっっっごく綺麗……!」


 目の前にある、高く聳え立ち、赤と緑と黄金の装飾が輝くそのツリーに、ノエルはとても感動していた。深冬はノエルの言葉やクリスマスツリーより、この後訪れるであろう事の対処に脳をフル稼働させていた。


「良かった、このツリーをミフユと見る事が出来て……最高のクリスマスですね」

「……そうね」


 その為か深冬の返答も適当になっていた。

 その時だった。二人の間にハラリと白い何かが舞い落ちる。それは一回だけでは無く、徐々に数を増やしていった。

「雪だ」と、誰かが言った。その通りで、ハラハラと雪が降り始めていた。


「ホワイトクリスマスっていうやつですかね?」

「……ええ」


 雪まで降り始めた。と、なると……。


「深冬……。私たち、来年になるとお互い違う大学に行ってバラバラになるね」


 来た。深冬は此処の中でそう呟く。


「だから、今までの様に何時も会えたり遊んだり出来なくなるって事だよね。……十年前のあの日、深冬が私に話掛けてくれなきゃ、きっと私は今頃まだ一人で寂しく部屋の片隅で過ごしてたと思う。貴女のお陰で今の私があるの」

「ノエル、あのさ、私――」


 その時、ノエルが深冬の腕を自分の元へ引っ張った。それにつられて深冬の身体がノエルの元へ動く。彼女はそんな深冬の身体を抱き留めた、そして……。

 光り輝き、白雪が舞う夜空の下、二人は唇を重ねた。

 初めて知る人の唇の感触に深冬は戸惑うも、瞬時にその状況を察する。ノエルの唇が離れるまでの十秒間が永遠に思えた。触れ合ってから十秒が経ちノエルはそっと深冬から離れる。

 

「…………ノ、ノエル……」と、突然の行為(二度目)だが、やはり深冬の頬は紅く染まる。

「――深冬、貴女の事が好きです。なので、私と……私と付き合ってください」


  そう言ってノエルは手に持っていた小さな箱を深冬に見せて開く。この中身は知っている。一度見た居るのだから。中には透き通った小さなダイヤモンドが嵌め込まれた指輪がちょこんと座っていた。――やっぱり、と深冬は思った。

 

「深冬……?」と、黙り込む彼女にノエルが話し掛ける。深冬は此処に至るまでの道のりで考えた返答を、ファーストキスをノエルに奪われた恥ずかしさを抑えながらゆっくりと返していく。


「あ、あのさ、ノエル……」

「何ですか?」


 ノエルは微笑みながら首を傾げる。


「私だって、ノエルの事は……す、好きだよ……?」

「……! なら……!」

「でも!」


 深冬は声を大きくして言った。彼女たちの近くを歩いたり立っていた人々が彼女たちをチラリと見るが、視線は直ぐに別の方へ向いた。


「私の……『好き』って言うのはさ、多分……というかきっと、友達、というか親友とか、そういう『好き』なんだと思う。それに……」

「……それに?」

「私たち、女の子同士でしょ……? だから、ノエルのその気持ちには答えられない……ごめんね」


 そう言うと深冬はその場から走り出して行った。ああ、折角言い切ったのに逃げてしまった……。そんな後悔をしながら、彼女は残り少ない体力を削りながら最寄り駅へ向かって行った。深冬はその時、逃げ出した理由が、今やっとわかった気がした。

 きっと、ノエルの告白で自分たちの関係が変わってしまう事に恐怖したからだろう、と……。

 そんな事を考え走って行く深冬の後姿を、ノエルの深紅の瞳は彼女の姿が消えるまで映していた――。


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