2.クリスマスと夜の物語
それから十年経ち、彼女たちも幼さが残るものの、立派な大人へと向かって成長していた。十八歳となった二人は、都内の私立巡廼高校へと進学していた。学年は三年生となり、残された高校生活はもう少なくなっていた。
季節は冬、暦は十二月――気温は一桁が当然で、酷ければ氷点下にまで下がっている程の大寒波が訪れ、八月には気温が四十度近く上がり灼熱地獄だったのが噓の様に思えた。
「――であるからして……」
十二月二十四日、クリスマスのムードが日本中で溢れる中、深冬は幾人かの見知らぬ生徒と学校の教室に居た。彼女が此処に居るのは、単純に成績と進学に関わるからである。彼女は秋の内に既に指定校推薦で都内の大学への進学が決定していた。
しかし、指定校推薦は高校二年生時と高校三年生の一学期の成績のみで決まる。という事は、二学期の成績はそれに含まれないのだ。それに託けて二学期の勉強の手を抜いた結果、苦手であった世界史の成績で赤点を記録。このままであれば卒業させないと担当教師が直接お達しに来て、赤点回避の為に補修を受ける事となった。
教師の生徒への嫌がらせかそれとも偶然か、三回連続で行われる補修は丁度クリスマスと被っていた。殆どの補修受講者は「折角の高校生最後のクリスマスに補修なんて……」と憂いていたが、深冬にとってはそれはどうでも良い事であった。
過去十八年のクリスマスで彼氏と過ごした事も無かったし、そもそも彼氏等居なかった。更に言えばそういうのには興味も無かった。大体は家族がノエルと過ごしていたし、ノエルと会うとしても夜なので別に昼から夕方に掛けて補修が入っていようと特に問題は無かった。が、苦手な世界史の授業を冬休みにまで長々と聞くのは面倒だったし、そもそも担当教師が嫌いだったので早く終わらないかと何度も何度も時計をチラ見していた。
「代鷹、何回時計を見たって時間は早く過ぎんぞ」深冬の様子に気付いていた担当教師が彼女に対して嫌味ったらしく言った。
「……すみません」と、内心では「このクソジジイ」とイラつきながらも抑えてそう呟いた。
それから約二時間後……補修という名の合法監禁は漸く終わり、生徒たちは学校の外へと開放された。深冬も勿論その中の一人で、漸く外に出れた事と同時に補修最後にあるミニテストをギリギリ合格出来た事に安堵していた(合格したのに授業に集中していなかった事についてぐちぐちと言われたが)。
外は曇っており、普段の夕方よりも暗く感じた。制服の中にヒートテックの下着と集めのパーカーを着込み、耳当てとマフラーをしているのにも関わらず冷たい空気が彼女の身体を冷やす。
校舎の門に近付き、ふと前を見る。すると其処には眩しい程の美しい少女が誰かを待っているのか、立っていた。風が吹くと彼女の伸ばした銀髪が靡き、煌めいた。その少女はノエルだった。校門に立つ彼女の姿は、初めて会った小学二年生の時から物凄く変わっていた。銀髪や深紅の目といった所は一切変わっていなかったが、深冬は昔から身長以外殆ど変わっていないのに対し、ノエルはモデルかと見違える程の素晴らしいスタイルをしてた。流石フランスのレディの血、と深冬は感心した。
話を元に戻そう。今日夜彼女の家で一緒にクリスマスケーキを食べようという約束をしていたが、補修の時間もあるので七時頃に集まろうと予定を立てていた。しかし、スマホの時計ではまだ五時を過ぎたばかりだというのに、ノエルは何故か其処に居た。取りあえず、深冬はノエルの元へ駆け寄った。
「ノエル」
「……! 補修終わったんだ深冬。待ってたよ」
自分の元へ駆け寄ってきた深冬を見て、ノエルは嬉しそうに微笑んだ。
「約束の時間は七時だし、それに集合場所は此処じゃないでしょ?」
「いいじゃない、別に。早く貴女に会いたかったの」
「そ、そう……」
深冬は「カップルか」と突っ込みたくなったがやめた。
「で、今からどうするの? 私、何の準備も用意もしてないけど?」
「それは大丈夫」と、ノエルはギュッと深冬の手を強く握る。
「ちょ、何、いきなり」
「イルミネーションとツリー、見に行くよ」
笑顔でノエルはそう言うと、深冬を引っ張って行った。そんな彼女に振り回され、呆れながらも満更では無さそうな表情で、深冬は彼女に着いて行った。
一時間後。
日はすっかり落ち、曇り空もあってか完全に夜になっていた。都内は数々のネオンによって色とりどりに照らされていた。飲食店が並ぶ通りではサンタクロースの衣装に身を包んだ若い女性や男性が道行く人々に声を掛けている。その中を深冬とノエルは二人並んで歩いていた。
彼女たちは都内の有名なイルミネーションを見終え、次の目的地である都内でも五本の指に入る大きさのクリスマスツリーを見に行こうとしている途中だった。
「もうすぐ着くよ、きっと綺麗だよね。まだテレビでしか見た事無いんだよね!」
嬉しそうに声を弾ませノエルは深冬に言った。
「人が少ないと良いんだけど……」
先ほど行ったイルミネーションは千葉の夢の国のアトラクション並に並んでおり、元から人混みが苦手な深冬からすれば地獄とも思える状況であった。少し離れた施設の屋上から見る事が出来たがその分多く歩いた為彼女の残留体力は大幅に削られていた。
「多分大丈夫でしょ! 広場の真ん中にあるから遠くからでも見れると思うし」
「だと良いんですけどねえ……」
ノエルの『多分』は当たったためしが無いので深冬にとっては不安でしかない。
それから十分後……二人はやっと、そのクリスマスツリーのある広場の元へ辿り着いた。イルミネーションとまではいかないが、クリスマスを楽しむリア充……もといカップル達が多く訪れており、ノエルたちの様に同性同士で訪れている人たちはほんの少数のようだ。
二人は人の間を抜けてクリスマスツリーの直ぐ近くに出た。
「bravo! テレビで見た時よりもすっっっっごく綺麗……!」
目の前にある、高く聳え立ち、赤と緑と黄金の装飾が輝くそのツリーに、ノエルはとても感動していた。深冬もそこまでではないが、目に映る綺麗な光景に多少は目を奪われていた。
「良かった、このツリーを深冬と見る事が出来て……最高のクリスマスだね」
「……そうね。私も見れて嬉しい。けど」
「……けど?」
「――歩き疲れた」
はあ、と大きく溜息を吐いて深冬が言った。最初はキョトンとした表情だったノエルも、クスリと笑って「ノエルがおんぶしましょうか?」と言う。
その時だった。二人の間にハラリと白い何かが舞い落ちる。それは一回だけでは無く、徐々に数を増やしていった。
「雪だ」と、誰かが言った。その通りで、ハラハラと雪が降り始めていた。
「ホワイトクリスマスっていうやつですかね?」
ノエルは降り始める雪を見て呟く。
「そうね。ってかさっきより滅茶苦茶寒くなってきたし……! 早くあんたの家行かない……?」
腕を組み寒さに耐えようと身を縮ませて深冬が言う。そんな様子を見たノエルは、何かを決心したのか、鞄から紺色の小さな箱を取り出して、しっかりと深冬を見つめる。
「……? どうしたのよノエル。早く行こうよ」
「深冬……。私たち、来年になるとお互い違う大学に行ってバラバラになるね」
「大学……? ああ、確かにそうだけど……」
深冬は指定校推薦で帝都大学に、一方ノエルは以前から父親に行くように勧められていたお嬢様学校である双守女子大学への進学が決まっていた。小学・中学・高校と同じであった二人だったか、ついに別々の場所へ進学する事となった。
「だから、今までの様に何時も会えたり遊んだり出来なくなるって事だよね」
「仕方無いでしょ、別々の大学に行っちゃったらそう簡単に会えなくなるんだから」
ぶっきらぼうに深冬は言ったが、内心ノエルと同じくらい寂しく思っていた。いくらクールぶっても、十年も共に過ごしてきた親友と離れ離れになるのは家族と離れ離れになるのと同等である。
「……十年前のあの日、深冬が私に話掛けてくれなきゃ、きっと私は今頃まだ一人で寂しく部屋の片隅で過ごしてたと思う。貴女のお陰で今の私があるの」
「ちょっと、いきなりどうしたのよ……⁉ 寒くておかしく――」
その時、ノエルが深冬の腕を自分の元へ引っ張った。それにつられて深冬の身体がノエルの元へ動く。彼女はそんな深冬の身体を抱き留めた、そして……。
光り輝き、白雪が舞う夜空の下、二人は唇を重ねた。
初めて知る人の唇の感触に深冬は戸惑うも、瞬時にその状況を察する。ノエルの唇が離れるまでの十秒間が永遠に思えた。触れ合ってから十秒が経ちノエルはそっと深冬から離れる。
「…………ノ、ノエル……な、何して……」と、彼女の突然の行動で挙動不審になりながらも、深冬は彼女に尋ねる。
「――深冬、貴女の事が好きです。なので、私と……私と付き合ってください」
そう言ってノエルは手に持っていた小さな箱を深冬に見せて開く。中には透き通った小さなダイヤモンドが嵌め込まれた指輪がちょこんと座っていた。
深冬はこの急展開を飲み込めず、混乱していた。そして、一つ一つ状況を整理していこうとしていたが、『ノエルにキスされ告白された』という事実に、より脳がオーバーヒートする。これまで親友としてつるんでいた人から告白され、しかもその人が自分と同じ女性だった……誰だって混乱するのは当然だろう。
「ご、ごめん……私……」
「深冬……?」
深冬はしどろもどろになりまともに返答出来なかった。それどころか、思わずその場から走り去ってしまった。その理由は色々ありすぎて深冬もこれだという理由は言えなかった。……それが、今後どんな結末を生み出すかを知らずに。
「深冬…………」
走り去る彼女の後姿を見て、ノエルはそう呟くと指輪の入った小さな箱を閉じて、鞄の中に戻す。そして目を閉じ、大きく溜息を吐く。再び目を開くと、彼女の両目に宿る深紅の瞳が一瞬だが、炎の様に揺らいだ様に見えた。