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足枷  作者: 紗為水
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第二章

 信康は、於義丸を引き連れ、自室に向かい、必要なものを整理している。於義丸はひたすら興味津々に刀、槍、掛け軸、と思ったら今度は壺、と次々に眺めているが、落ち着きがないのは自分の幼いころにそっくりだ。

「三郎、吉田に行かれるのですか?」

 麗しい声が右方からした。艶やかな長い髪の女性が佇んでいる。烏の濡れ羽色に輝く髪をたなびかせ、狐の様に吊り上る、気は強そうだが、しかし大きな瞳。整った鼻は顔に嫌味なく調和し、御年、三十七になるとはとても思えぬほどの気品のある淑女。自分の親でなかったら、手を出しかねない美貌にみとれてしまいそうになる。

「あ、はい、母上、於義丸を連れて。」

「そうですか。気を付けてください。於義丸、兄上をきちんとお護りなさい。」

「はい!」

 信康の母、築山殿は数年前まで岡崎に入ることすら家康に認められなかったが、家康が曳馬城(浜松城)に遷った後、信康は実母ということもあり、石川数正と平岩親吉の裁可を待ち、許可していた。八歳で信長の娘徳姫と婚約し、直後元服した信康は、母と一緒に住むことを望んだのである。しかし、許可が下りたのは十二歳のときで、四年もかかっていた。家康の恨みは激しいらしかった。信康が十五歳を数えたとき、女好きの家康は岡崎にいる間に母親は抱かずに、あてつけに築山殿の侍女のなかで一番妖艶な女を抱いた。さも築山殿にはその魅力が無いと批判するかのように。それが於万の方、於義丸の母である。信康の命を受けた本多作左は、家康からも築山殿からもその一度で身ごもった於万の方を匿い、浜名湖の湖賊の屋敷に住まわせた。そこで、於義丸は生まれる。そして、信康は於万の方を本多に預け、築山殿に自分の弟だと於義丸を紹介した。初めは非人のように怒り、信康の跡取りを邪魔する悪鬼とまでなじり、殴りさえした。ずっと孤独だった築山殿からしたら、信康の敵だったのだろう。しかし、於義丸が信康に天真爛漫になついているのに触れると、次第に気を許していった。下剋上と言われる世の中で、信じられないほどの信頼と愛に満ちた兄弟であったのは火を見るより明らかだった。於義丸は兄信康から片時も離れず、兄様のために生きると言ってはばからなかった。現在、築山殿はそんな於義丸を信用している。武田の家でも、信玄の弟、信繁はよく兄を補佐していると聞いていた。そんな関係なのだろう、とそう考えるようになって久しい。信康の根気勝ちであった。

「くれぐれも気をつけるのです、ごほぉっ。げほっ。」

「母上!」「かかさま!」

 急に苦しみだしている母を見て、薬師を呼ぶ。長い間、まともに飯も食わせてもらえない環境にいたせいで、体をだいぶ壊していた。もともと、貴族のような生活が長く、健康的であったとはあまりに言い難い。そんな人間が、急に尼寺での生活を強いられたら、どのようになるか、それを望んでいた人間が自分の父親であることはもう理解している。

「母上、行ってまいります。大事になさってください。」

「すみません。三郎が戻ってくる頃には必ず、良くなっているので。」

「では」「・・・・」

 兄が暗い顔をして母親の寝室を後にする。大好きな兄の母親の体調が悪く、兄がつらいのを我慢しているのが、於義丸には肌で感じるように感じられる。自分が泣きそうな顔をしていると、その兄に後ろ頭を小突かれ、我に返り、てとてととついて行った。於義丸の心の中では、何かのわだかまりがあったが、それが何か、やっぱり泣いて解消することしかできなかった。


 銀杏の木は美しい山吹色の葉を舞い上がらせ続ける。しかし、よく見れば、もうその舞い上がらせるべき葉も数が少ない。山のあちらこちら、紅葉による赤も、銀杏による山吹も、まだ覆い尽くしているが、それもいつまで続くのだろう。山雀の占う吉凶が近づいてくる羽音がした。


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