獣人の尻尾 2
伯爵邸につき、勇者が馬車から降りると、競いあって女たちが抱きついてきた。キスを交わしている人もいる。ここに残してきた仲間たちだ。もちろん、勇者の特殊能力で拾ってきた女性たちだ。
犬娘はさすがにこの場は彼女たちに膝の上を譲っていた。
「うわっ、本当に女性ばかりだね〜」
少し引いている犬娘に踊り子が声をかけてきた。ハーレムの新メンバーだ。気になるのでしょう。上へ下へと視線を動かし、観察している。
「あなたは?」
「ビェタと言います〜 よろしくです〜」
「そう。犬の獣人ね。猫と狐もあそこにいるわ」
新しい小娘より勇者が重要とばかりに、踊り子は女たちの中に特効していく。
勇者を取り囲んでいる女たちの中から、獣の耳としっぽが見え隠れしている。獣人は人口が少なく隠れて暮らしていることが多いが、ここでは希少価値が無くなっている。
王女に目を向けると、伯爵夫人と挨拶を交わしている。ここは私たちもと、聖女を促し夫人に近づく。
「またお世話になります」
犬娘も隣にきて頭を下げていた。王女と王室の型式ばった挨拶を共にする勇気はさすがなかったのでしょう。彼女にとっては私たちとするほうが気楽って事だ。
「王女殿下をお救いした英雄ですもの。遠慮なさらないで」
魔王の城に乗り込む前に、伯爵邸で体を休めていた時期がある。王都から伯爵領に至る間に、魔王軍との戦いで負った傷をここで癒していた。これより先は戦場が更に悪化してるという事で、重症な負傷者や事務職(会計担当等)の仲間たちを預かってもらっていたのだ。魔王討伐には戦闘職と回復職の少数精鋭で向かったのだ。
直接戦闘には加わってはいないけど、夫人のバックアップはたいへん力強いものだった。彼女に礼を欠くわけにはいかない。そして、何らかの見返りが必要だ。まあ、その辺は、王女、王室、その辺が考えること。
勇者は待っていた女たちに連れられ、どこかへ行ってしまった。
犬娘は彼を探して視線さ迷わせていた。
伯爵邸から王城へ早馬を出して、魔王討伐の成功の報告をしている。王女の救出の知らせを聞けば、王城から迎えが来でしょう。それまで伯爵邸に留まることが決定した。
勇者が商家の娘と恋人繋ぎで戻ってきた。今日の勝者は彼女ということかしら。勝因はいつも男装している彼女がふんわりとしたワンピースを着ていることかな。でも、あの照れようは無理矢理着せられたと見るべきか。
晩餐が振る舞われた。お祝い事も兼ねているからなかなか豪勢だ。勇者の隣は主賓の王女、向かいは主催者の伯爵夫人が着席した。
今日までの旅で出てきた野生味溢れる食事とは違う繊細な味付けに感動すら覚える。
ちらりと見た犬娘もぎこちないながらマナーを守って食事をしていた。
メインの牛肉に添えられていた新芽を口に入れたとき、その味に驚き、耳としっぽを立たせていた姿は可愛らしかった。
あの新芽は肉と一緒に煮込むと、肉が柔らかくなって、かつよい風味付けになるけど、食べるととても苦いのだ。この料理はこれを使ってますよと、置いてあるだけの飾り。高級食材でもあるので、ただの村娘だった彼女には今まで縁がなかったのかな。
慌ててた姿もとても可愛らしく、聖女様と微笑ましく見ていた。
勇者は夫人との会話が弾んで、犬娘を見ていなかった。
食堂から出ると、犬娘に捕まった。服の裾を掴んで照れている。
「ロレーヌさん、サラ。笑ってたでしょ〜 ちょっ、二人ともやめてよ」
なんでしょう。この生き物は‼
あんまりに可愛いので勇者が普段やっているように、撫でてしまう。そして気づいてしまった。肌触りがいい。頭の形もいいのか、癖になってしまいそうだ。耳の後ろなんてふわふわしてていい感じだ。
「しっぽはどうなの? しっぽは?!」
「サラ、さすがにそこは」
聖女様に注意され、手を止めた瞬間逃げられてしまった。
でも止められてよかった。危ない、危ない、勇者なみの変態さんになるところだった。
「ビェタをわたしたちの部屋に呼んできて。今夜は三人で寝ましょう。サラは気づいていたのでしょう、ビェタが元気がないことに。あの子は寂しがりやだから、側にいてあげたいの」
「承知いたしました」
大歓迎です。
聖女様のお許しが出たので、私は彼女を追いかけた。
犬娘はテラスで半月を見ていた。
気づかれないようにそっと後ろから近づいたが、彼女には無駄な努力だった。
「さっきね。アントが伯爵夫人と部屋に入って行くのを見た。それがどういうことなのか、分からないほど子供じゃない。
わたしにはアントしか頼れる人がいない。
嫌いになることも、嫌われることもできない」
独り言にしてははっきりとした、呟き。
耳年増である私も意味は分かるが、11歳の小娘に聞かす内容ではない。
「獣人の娘、貴女は勇者のこと、どう思っているの」
「好きよ。アントに恋してる」
「それは本当に恋ですか?」
ーーーーーー獣人の娘よ