王女の自尊 1
言い過ぎた。
流れる涙を拭きもせず、ロレーヌ様は私の話を静かに聞いてくれた。
私はロレーヌ様に幼児のように抱きつく。
「大好きです。私はロレーヌ様のことが大好きです。ロレーヌ様に幸せになってほしいだけなのです」
そして、私のためにも思い直してくれ。
ハーレムなんか入ってもつらいばかりだぞ。
ロレーヌ様は私の背を優しく撫でる。
「ありがとう、サラ。わたしもサラの事、大好きよ。………………とても話しづらい事を言わせたわね。だいぶん、周りが見えなくなっていたみたい。でも、今は少し一人にさせてくれるかな」
こんな時もロレーヌ様はやさしい。
明日のことは惰性で過ごせるが、いずれ訪れる将来はそうはいかない。聖女様のような人はとくにそうだ。
やさしい彼女が出す答えはほぼ決まっているようなものだけど、自分で考え出した答えでなければならない。
「分かりました。これだけは、覚えておいてください。私は神殿よりロレーヌ様の味方ですから」
ロレーヌ様を残し、お堂を出た。
聖女様が勇者を選んだときは神殿が何かしてくるよー、と暗に言ってみたけど気づいていないでしょうね。
私にとって一番心配なのは、全てを投げ捨て、愛に生きるとか言い出す事だ。
そうなると、どんな言葉も意味がなくなる。恋や愛に振り回されるのは仕方ないけど、理性を失った行動だけはしないてでほしい。
他の人たちにも協力してもらわなければ。
でも、殆どがハーレム要員になっている。協力してくれやるかな。
そうだ。
勇者の正妻になる王女に拒否らればいいのよ。愛人の存在を認められる人は少ない。
ああ、なんでもっと早く思いつかなかったの。これが成功すれば、ロレーヌ様をあんな風に泣かせなかったのに。
「サラちゃん? 珍しい髪下ろしてる」
勇者が私に気づき声をかけてきた。
左隣に王女メアリーがいる。人が羨む金髪に緩やかなウェーブがかかている。魔王が拐いたくなった清楚な美人だ。勇者より一つ下の18歳だけど、落ち着いているからもう少し上に見える。
私の白い髪は地面スレスレ近くまであり、日常生活に支障があるほどだ。
その髪をまとめようと手にかけたら、勇者が一房掴んだ。そして、口づけてイケメンボイスで囁く。
「きれいな髪、だね。隠しちゃうなんて勿体ない」
これが勇者の手口か。
なかなかの破壊的だ。コンプレックスに思っている箇所を誉め、流れるように動き拒否する隙を与えない。
しかし、私はその手には乗らない。
王女のような金髪を誉めたところで効果は薄いが、老人のような白い髪を持つ私なら行けると思ったのでしょう。
この長くて白い髪は神殿が威信をかけて磨き上げているのだ。美しくないはずがない。
素直じゃない女を演じるつもりはないのでここは、
「ありがとうございます。神殿にとって神聖なものになります。あまり触らないでください」
と言っておく。
「悪かった。でも、たまには着飾って披露してくれよ」
さすが勇者、この程度の拒絶ではへこたれないか。
「アント様。サラさんは神殿の巫女見習いですよ。王都の神殿で拝見できます。神殿でお見かけするときは、いつも輝いていますよ」
王女が巫女見習いと言ったとき、少し刺があった。私のことを巫女として扱う人は、多いけどまだ見習いなのも事実だ。
まあ、勇者との仲を深めようとしてるところを邪魔したようなものだしね。
「そうか、王都に戻った時の楽しみが増えたな」
見に来る気か。宗教施設での礼儀ぐらいわきまえているかどうか、怪しい。大勢の女連れで来て、騒ぐ彼女たちのを注意した神殿巫女を口説いてそうだ。
遠くから勇者を呼ぶ声が聞こえる。
辺境泊の姫がこちらに向かって手を振っている。
「これからイザベルと狩りに行くことになっているんだ。夕飯は期待していてよ。メアリー、サラちゃん」
「はい、楽しみにしてます。アント様」
勇者は辺境泊の姫のもとに駆けて行った。
二人は腕を絡ませて、村を出ていく。
王女はなぜ、送り出す?
完全に勇者と辺境泊の姫との狩りデートですよ。
「……王女。勇者と辺境泊の姫との距離がかなり近いと思いますけど、いいのですか」
「仲間同士、親しくすることは良いことですわ。アント様は魅力的な方でですもの、おもてになることは仕方ないことです」
「貴女の侍女とも親しくしていましたけど、その点も気にしないのですか」
王女は扇を取り出し顔を半分隠した。
「ブランカは細やかなことに気づく優秀な侍女。アント様が興味を持つことは自然です。わたくしはこの国の王女ですの。婚約者の女性関係で取り乱したりしません。それよりはうまく采配して見せますわ」
揺さぶりをかけてみたけど、これは簡単にはいかないようね。王女としての教育がしっかりとなされている。
父親の王に側室がいる。その分、抵抗が少ない?
それとも、幼い頃からの教育、……いや、洗脳に近いことをされていると、考えたほうがいいかしら。私が神殿の威信をかけて外見を磨き上げているのと同じように、王女も王室の高貴さを体現させるため、あらゆる事を彼女にしてるのでしょう。