聖女の掟 1
ああ、思わず、逃げてしまった。
脱げそうなってしまったフードを慌てて押さえて深くかぶり直す。
私たちは人類を苦しめていた魔物の王を倒した。もちろん、勇者が止めをさした。
そして現在、王都への帰路途中にある村で、戦いの傷を癒していた。
魔王城の近くにある村は、魔物が暴れだしたとき早々に捨てられたのだろう。現在は私たちしかいない。
「サラ、そんなに慌ててどうしたの」
お優しいロレーヌ様が尋ねた。
勇者が乱入した水辺にいた彼女の髪は濡れている。
布で髪の毛の湿気を取る姿は、なんとも色っぽい。うなじに目がいってしまい、ドキドキする。
明るい茶い髪をした女性だ。眉の形が美しい、21歳の聖女様。
勇者のアントが口説きたい気持ちも分かる。
ロレーヌ様は魔王討伐のさい、急遽選ばれた聖女。
神殿には他の聖女もいたが、病弱のため、長距離移動はさせられないと判断された。
そこで、新たな聖女を探すことになった。法力が強く、信心深いロレーヌが選ばれたのだ。しかし、普通の町娘でしかなかった彼女には、神聖法術は下級のものしか使えなかった。
神殿の指導の元、短期間で最上級のものも使えるようになった。裏技を使ったとはいえ、彼女の努力は素晴らしいものだった。
彼女は魔王に拐われた王女を思い涙し、魔物や悪魔に傷つけれた人たちを癒す姿は、聖女といって差し障りはない。
神聖法術の腕前なんかどうでもいい。ロレーヌ様の心根が聖女として相応しい。
そう、ただの女好きの男には勿体ない。
聖女様は絶対にハーレム要員になんてさせない。
ロレーヌ様がハーレム要員にならなければ、おまけの私もならないはず。
必ず阻止させていただきます!!!!!!
信心深い人の説得には神聖な場所がいいでしょう。
「ロレーヌ様、お堂に礼拝に行きませんか?」
「お堂? この村にあったかしら」
「はい、昨日見つけて片付けておきました」
「サラが一人で片付けたの、声をかけてくれたらいっしょにしたのに」
勇者の看病疲れで、寝込んでいた人に手伝ってとは言えませんよ。
「小さなお堂ですし、少し掃除をしただけですから」
ロレーヌ様をお堂に案内した。
そのお堂の扉は朽ちてなくなっていた。加えて窓の硝子も全てなくなっている。丈夫な木材を使っていたのか、祭壇は残っていたけど、大きな傷があったので、布を掛けておいた。
この廃村には魔物の襲撃の後があちこちに残されている。
儀礼ごとについては、生まれて直ぐに神殿に引き取られた私のほうが詳しい。
被っていたフードを取り、一つに束ねていた髪を解放する。白く長い髪が視界に入る。
生まれつきの白い髪は、私の親を不安にさせた。ほんの数ヶ月は育てたが、気味の悪さに耐えきれず、神殿に預けた。いや、正確には棄てたのだろう。
両親には奇異に見えた白い髪は、神殿では違った。
神職につく人達の目にはに神秘的に写ったようだ。
そこで私は将来、巫女になるべく育てられた。
神聖性を象徴する存在として、自身を演出する方法を叩き込まれている。
私はゆっくりと動き、祭壇の後に立った。
ここには礼拝の対象となるものがないので、代わりにと拝めと。
ロレーヌ様は年上で聖女、私は巫女見習い。立場的にはロレーヌ様が立つものだけど、私が立つのが自然のようにこの場の雰囲気を作り出す。
なかなかの厚かましさだと、自分でも思う。お堂の屋根に大穴が空いていて、そこから日光が白い髪に差して、私は今とてもキラキラしているから。
それに私、美少女だから。