06:親衛隊
突如始まった憧れの人物達の共演により大きく盛り上がった舞踏会。
そんな華やかな舞踏会の裏側で、密かに暗躍する者達が居た。
「ああ、今夜は最高の舞踏会でしたわ!」
「ええ、本当に!
ジュリウス様のダンス、本当に素晴らしかったですわね」
「もう、ここに絵師が居ればあの御姿を形に残せましたのに……っ!」
「仕方ありませんわ、それぞれの心に刻むことで我慢しましょう」
「そうですわね」
言わずと知れた、ジュリウス親衛隊である。
ジュリウスに憧れる令嬢達で構成されたこの集団は、舞踏会にジュリウスが姿を現してからずっと彼のことを注視していた。
ちなみに、ジュリウスとエミリーヌが広間の中央で踊り出した途端に周囲の者達が踊るのを止めたのは、そこで踊っていた令嬢達の半数程が親衛隊の隊員であり、自分達が踊ることよりもジュリウスの姿を眺めることを優先したためである。
パートナーの令嬢が踊るのを止めてしまえば当然男性側も止まらざるを得ず、その組は足を止めることとなる。その場の半数の組が踊ることを止めれば、残りの半数も踊り続けるのは困難だろう。
その状態でジュリウス達を囲うように輪を広げれば、舞台の完成だ。
そうやって、彼女達はジュリウスの姿を鑑賞するための舞台を作り上げたのだ。それも事前の打合せは一切なしで。まさに魂の連携である。
もっとも、意識して作り上げたというよりは、それぞれが自分の欲望に忠実に行動した結果、たまたまそうなったと言った方が正確かも知れない。
「ああ、あそこで一緒に踊っているのが私だったら……」
「お待ちなさい! それは禁句よ、それ以上言ってはいけないわ」
「そうですわ。私達の掟を忘れたのですか?」
親衛隊とはジュリウスに憧れる令嬢達の集団だが、逆に言えば共通点はそれだけである。
ジュリウスに対する想いや、エミリーヌに向ける感情、デュドリックの扱いなど、そう言った様々な点においてそれぞれに別の意見を持っている者ばかりだ。
しかし、その意見のままに好き勝手に動かれてしまっては集団としての統率に支障を来たす。
そのため、それぞれの意見を互いに尊重しながらも最低限守るべきルールとして、鉄の掟が定められているのだ。
具体的には、次のようなものである。
一つ、親衛隊はジュリウス様の御姿を鑑賞する。
二つ、親衛隊はジュリウス様に迷惑を掛けてはならない。
三つ、親衛隊はジュリウス様に仇なす者を全力を以って排除する。
四つ、親衛隊はエミリーヌ嬢に危害を加えてはならない。
五つ、親衛隊は抜け駆けをしてはならない。
六つ、親衛隊はその目的達成のために最大限協力し合う。
これらの六つからなるジュリウス親衛隊の鉄の掟、これに反する者は除名処分となり親衛隊から追放されることになる。
一度除名処分になると、親衛隊同士の情報網に触れることが出来なくなるため、途端にジュリウスに関する情報が手に入らなくなってしまう。それは、ジュリウスに憧れる者としては致命的だ。
また、それ以前に除名処分自体が相当に不名誉なことであると認識されているため、令嬢達はこの掟を堅く守っているのだ。
親衛隊の中にはジュリウスの婚約者に選ばれたエミリーヌのことを敵視する者も相当数居るが、掟に従ってそれを表に出すことは控え、心の中だけに秘めるようにしている。
ジュリウスに対する想いを募らせるのは各人の自由だが、それを実際の言葉や行動に現すことはこの掟に抵触する恐れがあるのだ。
「そうでしたわ、危ないところでした」
「ええ、私達はジュリウス様の御姿を見ることを最大の喜びとしなければなりません」
「その通りですわね」
令嬢達は掟を再確認し、その結束を新たにするのだった。
なお、親衛隊の掟の中で六つ目の「最大限協力し合う」と言うのが、地味に大きな意味を持っている。
人が一定程度集まれば、そこには派閥が生まれるのが常だ。オルレーヌ王国の貴族も決して一枚岩というわけではなく、幾つかの派閥に分かれている。
当然ながら派閥間は互いに相争う関係であり、大抵は仲も悪い。足を引っ張り合うことばかり繰り返している彼らは、余程の国難が訪れない限りは協力し合うことなどない。
しかし、そんな対立派閥であっても、ジュリウス関係のことに対しては娘の声に応えて協力し合うことがあり得ると言うのだから、どれだけ異例なことかが分かるだろう。
† † †
親衛隊を名乗る令嬢達からそんな風に見られていることなど露知らないジュリウスは、デュドリック達と別れてマクシアン達が居る場所へと戻っていた。
「お疲れ様、二人とも」
「お疲れ様です、ジュリアス様、エミリーヌ」
戻ってきたジュリウスとエミリーヌに気付いた、マクシアンとリリーシアが労いの声を掛ける。
「ありがとうございます、マクシアン様。
ごめんなさい、リリーシア。置いていってしまって」
「ありがとう、マクシアン。
おっと、リリーシア嬢。貴女も来ていたのだね」
ジュリウスはそこで初めてリリーシアが居ることに気付いて、声を上げた。
そんなジュリウスにリリーシアは軽く頭を下げて挨拶すると、悩みを表すように顔を押さえながら告げる。
「はい、ジュリウス様。
本当はエミリーヌと一緒に居たのですが、置いてかれてしまって。
ああ、責めているわけではないですよ、エミリーヌ。
貴女がジュリウス様のことになると他のことが目に入らなくなるのは、もうとっくの昔に分かってますし」
「リ、リリーシア!?」
「それはそうだね」
「マクシアン様まで!?」
リリーシアとマクシアンによって落ち付きの無さを遠回しに指摘されたエミリーヌは、顔を赤くして慌てた。勿論、二人も本気で責めているわけではなく、ジュリウスに夢中な彼女のことをちょっとからかっているだけだ。
しかし、エミリーヌはその場にジュリウスも居て話を聞いていることを思い出し、慌てて弁解を始めた。
彼に、自分が落ち付きの無い女性であると認識されるのは嫌だったためだ。
「違うんです、ジュリウス様!
私はそんな落ち着きの無い性格では……」
「おや、マクシアンやリリーシア嬢の言は事実ではないのですか?
折角嬉しく思っていたのに……」
「え?」
必死に弁解するエミリーヌだが、予想外のジュリウスの答えに戸惑いの表情を浮かべる。
「私はエミリーヌ嬢に私だけを見ていて欲しいのに、
他の人に目を向けてしまわれるのでしょうか」
「そ、そんなことはありません!
私はジュリウス様のことだけを……っ!」
ジュリウスが嘆くような仕草でそう応えると、彼女は更に慌てて思わず最初に弁解しようとしていたことを忘れて、墓穴を掘ってしまう。
そこで、ようやくジュリウスの笑いを堪える表情に気付いたエミリーヌは、頬を膨らませて拗ねるようにそっぽを向いた。
「もう、からかわないでください!」
「ふふ、すまない。
慌てる貴女が可愛らしくて、つい」
膨れて怒るエミリーヌだったが、ジュリウスが謝りながらそう告げると、すぐに機嫌を取り戻した。
と、そこで広間に鐘の音が鳴り響いた。閉会の相図である。
「舞踏会もそろそろ完全にお開きだね」
「はい、少々名残惜しいですが」
「貴女にしばらく会えないと思うと、胸が張り裂けそうになります。
エミリーヌ嬢」
「ジュリウス様ったら……」
おどけるように芝居掛かった台詞を言うジュリウスに、エミリーヌは嬉しさと恥ずかしさが同居したような複雑な表情を浮かべた。
そこでエミリーヌは、一つの用件を思い出してジュリウス達に告げた。
「そうです、ジュリウス様!
今度リリーシアとお茶会を開こうと思ってるんです。
宜しければ、ジュリウス様もご参加頂けませんか」
「それは是非とも、参加させて貰うよ」
「マクシアン様も是非」
「僕も、よろこんで」
お茶会にて再会する約束を交わした四人は、会場の出口へと向かい帰宅するのだった。
本話で人物紹介を兼ねた「序」は終了です。
次話から新しい章に入ります。




