05:王太子と公爵令嬢
ジュリウスとエミリーヌが踊る舞台に乱入者が訪れる。二人の男女がまるで主役の彼らに挑み掛かるかのように踊り出てきたのだ。
とはいえ、別にその者達が悪いことをしているわけではない。周囲の者達が踊るのをやめてしまい、あたかもジュリウスとエミリーヌの二人がこの場の主役であるかのような構図となっていたが、実際にはそうではないのだから。
誰かがこの場で踊ろうと、咎められるようなことではない。……周囲の空気が読めていない行動ではあることには変わりないが。
「あら?」
「あれは……」
踊っていた二人も場に加わってきた者達の姿に気付くが、ダンスを止めることはしなかった。
新たに中央に進み出たのは、紅い髪の青年と金髪の少女の二人組だ。
なお、この場に出てきたのはあくまで青年の方の意向で、少女の方は引っ張られて仕方なく出てきたらしく、嫌そうな顔をしている。
「ジュリウス=ローゼンベルク、アイツにだけは負けん。
私達も中央で踊るぞ、ディアネット嬢」
紅い髪の青年はデュドリック=アヴラ=オルレーヌ。
このオルレーヌ王国の王太子であり、次期国王である青年だ。
凛々しく身分も高い彼は、国内の令嬢達からの人気も高い。しかし、それはあくまで二番手としてだ。決して一番ではない。
何故なら、最も人気の高い人物として不動の一位の座を築いているジュリウスの存在があるからだった。ジュリウスが居る限り、デュドリックは一番にはなれない。
そんな経緯もあり、彼は「男装の麗人」ジュリウスに対して対抗心を持っていて、事あるごとにぶつかりあっていた。
尤も、デュドリックは多少熱くなり易い面はあるものの基本的に真っ直ぐな性格の持ち主であり、ぶつかり合いと言っても決して険悪なものではなくライバルとしての良い関係である。
「殿下がジュリウス様に対抗心を燃やすのは構いませんが、私を巻き込まないで欲しいですわ」
「何か言ったか?」
「なんでもないですわ、殿下。
それより、そんなに強く引っ張られると痛いですわ」
「す、すまん……ディアネット嬢」
彼にダンスパートナーとして連れられてきた華やかな金色の髪を長く伸ばした少女は、ディアネット=ラマグレット。
オルレーヌ王国の貴族の中でも筆頭の地位を築いているラマグレット公爵家の令嬢であり、デュドリックの婚約者である。いずれデュドリックが王位に就いた暁には、彼女はこの国の王妃となることになる。
なお、実は彼女もジュリウスに憧れている少女の一人である。
デュドリックがジュリウスに対抗心を燃やすのは、その辺りの事情もあったりする。要するに、思い人の興味が他の相手に向いているのが気に喰わないのだ。ましてや、その相手が男性ではなく男性として振る舞っている女性である──と彼は思っている──とくれば、尚更に。
ディアネットはジュリウスに憧れを持っているとはいえ、それは本気で恋愛感情を抱いているわけではなく偶像に向けるようなそれなのだが、男としては気が気ではないのだろう。
中央に進み出たデュドリックとディアネットは、二人の横まで足を運ぶと互いに向き直る。
デュドリックが腕を倒して一礼するのに合わせて、ディアネットがドレスの裾を摘まんで膝を軽く折る。
そして、手を取り合った二人は滑るように踊り始めた。
軽やかに踊っているジュリウスとエミリーヌに対して、デュドリックとディアネットのペアはより情熱的な力強いステップで魅せる。
王族であるデュドリックも、公爵令嬢であるディアネットも、ジュリウスやエミリーヌに負けず劣らずの教育を受けており、ダンスのステップは決して見劣りしていない。
少し前まで不満そうだったディアネットも、気持ちを切り換えたのか華やかな微笑みを浮かべている。
それぞれに魅力のある二組のダンス、突如始まった夢の共演に、周囲の観客達の視線も熱を上げていった。
しかし、四人の男女の中で誰が最も人目を惹いているかと問えば、やはりその答えはジュリウスとなるだろう。
エミリーヌもデュドリックもディアネットも、それぞれに魅力を持った者達であることは間違いないが、凛々しさと華やかさが同居したジュリウスの姿は一番目立っていた。
それがデュドリックにも分かるのか、彼はより一層熱を入れてステップを刻む。ディアネットもそんな彼に対して見事に合わせてみせた。
デュドリックとディアネットのダンスがキレを増すと、それを微笑ましく見ながらジュリウスがより華々しく舞う。それでいて、エミリーヌへのエスコートは怠らない。
二組の男女は互いに競い合いながらも完璧な調和を生み出していた。それはさながら、一個の芸術作品のようだった。
今宵この場に居合わせた者達は、思いもよらなかった眼福に喜びに打ち震えた。
やがて曲の終わりまで踊り切った時、観衆達は彼ら四人に向かって万雷の拍手を贈るのだった。
† † †
「お久しぶりですね、殿下。ディアネット嬢」
「お久しぶりです、殿下。ディアネット様」
踊りを終えた四人は拍手に送られながら壁際の方へと場所を移して、話し始めた。
先程は言葉を交わすことなくダンスに突入してしまっていたため、四人はここで初めて言葉を交わすこととなった。
「フンッ、久し振りだな。ジュリウス=ローゼンベルク。
私は別にお前に会いたくなどなかったが。
ああ、エミリーヌ嬢は別だぞ」
「お久しぶりですわ、ジュリウス様、エミリーヌ様。
それと殿下? 嘘はいけませんわ。
この間もあんなにジュリウス様のことばかり話題に上げてましたのに」
「な!? それは秘密にしてくれと言っただろう、ディアネット嬢!」
挨拶を交わす中、横合いからのディアネットの暴露にデュドリックは顔を赤くして慌てた。
意に沿わぬダンス合戦に巻き込まれたディアネットの、デュドリックに対する些細な報復だった。
「か、勘違いするなよ! ジュリウス=ローゼンベルク!
別にこの時を楽しみにしていたとか、そういうわけではない。
私はお前に勝つために対策を練っていたのだ!」
「ハァ、またそれですか。
私はそんなに言う程の男ではないと、以前申し上げた通りですが」
「男でないから問題なのではないか……」
謙遜して返すジュリウスの発言を聞き、思わず頭を抱えて小さな声で呟くデュドリック。
女性と思い込んでいるジュリウスに負けていることを気にしているデュドリックには、ジュリウスの言葉も微妙に歪んで伝わっていた。
「え? 何か仰いましたか?」
「ええい、なんでもないわ!」
呟きが聞き取れなかったジュリウスが聞き返すが、デュドリックは少し怒ったような表情でそれを誤魔化した。
デュドリックとしても、ジュリウスが性別を偽っていることについて追及する意図はないため、その話題に大っぴらに触れることは避けたいところだった。
彼は男性を装っているジュリウスに負けるのが気に喰わないと考えているため、自分が勝つまで女性に戻られても困るのだ。現実にはジュリウスが女性に「戻る」のは不可能だが、そのことは知る由もない。
「殿下はいつもお変わりないですね」
「まったくですわ。
私としては、出来ればそろそろ落ち着いて頂きたいところなのですが」
ジュリウスとデュドリックが話す横では、エミリーヌとディアネットの二人が少し呆れたような顔をして眺めていた。
この四人が集まると、大抵は今のように絡むデュドリックをジュリウスが軽くいなし、その様をエミリーヌとディアネットが眺めるような構図となる。
なお、この場にマクシアンやリリーシアが居た場合も、観客が四人に増えるだけで構図は一緒だ。
「殿下はジュリウス様に対抗心を抱かれていますから」
「ジュリウス様のことを意識されるのは仕方ないということは分かっているのですけど、
あまり無茶な行動はやめて欲しいところですわ」
「ディアネット様も大変ですものね」
「分かってくださいますか、エミリーヌ様」
デュドリックがジュリウスに突っ掛かるのはいつものことだが、その度にディアネットは巻き込まれてきた。
今回のダンスのように、敢えて挑みかかるように出てきたのが良い例である。
デュドリックとしてはジュリウスに勝つ姿をディアネットにこそ見て欲しいという思いがあるためにそうなるのは必然なのだが、ディアネットの方は若干辟易としている。
「今回のダンスでは残念ながらお前に一歩及ばなかったが、次こそは……」
「とんでもない、殿下のステップも素晴らしかったですよ」
「ええい、皮肉か!?
とにかく、私はいつか必ずお前に勝ってみせるぞ!
覚悟しておくがいい!」
「心に留めておきます」
猛るデュドリックと対照的に、ジュリウスは余裕そうに微笑みを浮かべていた。
実際、ジュリウスとしては別に一番でなければならないという思いがあるわけではないため余裕なのも当然なのだが、デュドリックはそんなジュリウスの余裕を見て更に熱を上げてゆくのだった。
舞踏会の夜は更けてゆき、やがて終わりを迎えようとしていた。




