28:エミリーヌ奮闘記
男性であるにも関わらず周囲から男装の麗人と思われていたジュリウス=ローゼンベルク。
紆余曲折の果てに彼が男性であることを知り、結ばれた彼の婚約者にして現在は妻であるエミリーヌ=ローゼンベルクは、一つの不満を抱いていた。
勿論、想い人と心を通わせ合ったことで彼女は大きな幸福を得ており、その部分について不満は何もない。
しかし、彼は未だ周囲の者から男装した女性と思われたままであり、エミリーヌはそのことが不満だった。
ジュリウスはエミリーヌさえ自身の理解者であってくれれば十分と思っていたし彼女にもそう告げていたのだが、それでもエミリーヌは彼が男性であることを周囲の者にも知ってもらい、彼の心痛を和らげたいと考えたのだ。
これは、彼女がジュリウスに向けられている男装の麗人という誤解を解くための「無駄な」努力を纏めた奮闘記である。
† † †
まず最初に、エミリーヌは噂を流してみることにした。ジュリウスが実は男性であるというシンプルな噂だ。
たったこれだけのことで状況が変わるならジュリウスは苦労していないと思うが、少しでも噂が広まれば次に打つ手が浸透し易くなるかも知れないため、ダメ元でやってみたのだ。
結論から言うと、この方法は大失敗だった。
子爵令嬢である彼女が噂を流す相手は、基本的に同じような貴族令嬢が主である。
それはすなわち、貴族令嬢の大半が所属しているジュリウスの親衛隊に伝わるということを意味する。
ジュリウス=ローゼンベルクが実は男性であるなどという、親衛隊員からしてみれば冒涜に等しい噂は即座に捕捉され、拡散を防がれただけでなく噂の出元を突き止められることとなった。
これが仮にジュリウスを貶めるような目的であれば、親衛隊からの報復が待ち受けていたことだろう。
しかし、相手はジュリウスの妻であるエミリーヌだったため、親衛隊員達も困惑することとなった。
やがて協議に続く協議の末に出された結論は、ローゼンベルク伯爵家を継ぐために男性として振る舞わなければならないジュリウスのために、エミリーヌも協力しているのだろう、というものだ。
当然、噂は満足に流れることもなく、ただジュリウスのために自分を犠牲にして協力するエミリーヌに同情が集まるだけで終わった。
† † †
噂を流すと言う不特定多数を相手にした方法で失敗したエミリーヌは、次に手堅く近いところに焦点を当てることにした。
身近な相手であれば自分の言葉を信じてくれるだろうという思いがそこにはあった。
エミリーヌがターゲットにしたのは、ジュリウスの親友であるマクシアンと自身の親友であるリリーシアだ。
まずは彼らの誤解を解き、そこから周囲に少しずつ認識を広めていく。手堅いが故に時間が掛かる方法だが、一挙に広めようとして失敗した以上はやむを得ないとして、その手段を選んだ。
「二人とも、来てくてありがとうございます」
マクシアンとリリーシアをお茶会に招いたエミリーヌは、それぞれの手元にカップが行き渡ったのを受けてそう切り出した。
「それは構わないけれど、僕達を集めてどうしたんだい?
それと、ジュリウスは居ないのかい?」
「そうですね、てっきりこのメンバーであればジュリウス様もいらっしゃるものとばかり思ってましたが」
「ジュリウス様もお誘いしてますが、執務のため少し遅れるそうです。
先に始めておいて欲しいと仰ってました」
無論、計算尽くである。ジュリウスに内緒で誤解解消に取り組んでいるエミリーヌとしては、彼が来ないうちに二人と話をしたかったため、敢えてジュリウスがすぐには来られない時間にお茶会を設定していた。
それならば参加出来ない日にすれば良いのではとも思えるが、やはり参加はして欲しいため遅れてなら来られるタイミングにしたのだ。おかげで無駄に時間を細かく調整する羽目になった。
「ところで、お二人にお話したいことが……」
と話を切り出そうと思ったエミリーヌは、あることに気付いて戸惑った。
彼女が戸惑った理由、それはリリーシアは兎も角として、マクシアンはジュリウスが男性であることを知っているのではないか、と言うことである。
ジュリウスは自身を男性扱いしてくれるとしてマクシアンのことを信頼していた。
最初から知っているのであれば、別に敢えてこうして策を廻らす必要は無かったのではないかと言える。
「マクシアン様、マクシアン様はジュリウス様のことを女性だと思われていますか?」
「ぶっ!?」
エミリーヌとしてはジュリウスが男性であることを広めたいと思っているため、別に気負う必要はない。聞いてみて認識があっていればそのまま、間違っているのであれば正せば良い。
そう思って告げた質問はマクシアンにとっては致命的で、口を付けていた紅茶を派手に噴き出した。
「けほ、けほ……し、失礼。
エミリーヌ嬢、いきなり何を言うんだい?」
マクシアンは咳き込みながらも取り出したハンカチで噴き出した紅茶を拭き取り、唐突な質問を投げ掛けてきたエミリーヌに問い掛ける。
エミリーヌはマクシアンの反応に首を傾げた。彼がジュリウスの性別をどちらだと思っていたとしても、そんなに驚くような反応をするとは思っていなかったためだ。
「もしもマクシアン様がジュリウス様のことを女性であると思われているのなら、
お話しないといけないと思ったんです」
「……はぁ。
確かにそう想ってたこともあるけれど、もう僕は諦めたんだ。
だからそんなに心配しなくても大丈夫だよ」
エミリーヌがこのような問い掛けをしてきた理由は、マクシアンがジュリウスに想いを寄せていたことを察して牽制するためだろう。そう判断したマクシアンは、自分が想いを立ち切ったことを告げる。
尤も、実際のところはまだ未練が大きかったりするのだが。
「そうですか、それは良かったです」
「エミリーヌ、貴女はジュリウス様が男性であるということにしたいのですか?」
マクシアンから、過去にはジュリウスを女性だと思っていたが今は違うという回答を貰ったエミリーヌは納得気に頷いた。そんなやり取りを横から見ていたリリーシアが、エミリーヌに質問をぶつけてくる。
そこには、女性でありながら女性に嫁ぐことになったエミリーヌに対する心配の念が籠められている。
「ええ、勿論!」
「そうですか、それなら私もそのように振る舞うようにします」
今までと特に変わることはないですが、という言葉を内心で続けるリリーシアの胸の内に気付くことなく、エミリーヌは自身の味方が増えたと喜んだ。
実際には、何も変わっていない。
その後もお茶会は続いたが、根本的な部分ですれ違ったままでありマクシアンやリリーシアの認識は当初から何一つ変わらず、エミリーヌだけが納得して終わることとなった。
† † †
身近な人物から説明していくという手法を採ったエミリーヌだが、何故か認識は一向に広まらない。
最初は手堅い手段のために時間が掛かっているのだと思っていたが、それにしても全く反応がないというのはおかしいと思い始めた。
理由は分からなかったが、この方法は失敗したのだと認めざるを得ないだろう。
エミリーヌは諦めて第三の方法に切り換えることにした。
第三の方法、それはエミリーヌにとって最終手段である。
これまでの方法は何れも口頭によって話を広めるという手段だったが、それでは上手くいかなかった。それに対して、第三の方法は文字による周知だ。
ジュリウスが男性であることを示した文章を書いて王国中に広める、それが第三の方法だ。
尤も、ただ「ジュリウス=ローゼンベルクは男性である」とだけ書いて広めても、説得力があるとは思えない。
ならば何を書けば説得力を以ってジュリウスが男性であることを広められるか。
悩んでいたエミリーヌだったが、ふと思い付いた。
以前見た彼の鍛えられた肉体、その男らしさを事細かに描写すれば彼が男性であることの証拠となるだろう。
幸いにして、エミリーヌは目を瞑れば脳裏に浮かぶくらいしっかりと記憶に刻み込んでいる。
思い立ったら即実行とばかりに、エミリーヌは筆記具を取り出すとジュリウスの身体についての描写を紙に書き始めた。
エミリーヌは徹夜で執筆を続けていたが、やがて眠気に負けて書机に突っ伏して寝てしまった。
「……んぅ」
射し込む光が顔に当たって、エミリーヌの意識が浮上する。
「いけない、こんなところで寝てしまいました」
自分が執筆しながら寝てしまったことに気付くが、その直後にノックが鳴り響く。
「はい、どうぞ」
半ば頭が眠っているエミリーヌは相手が誰であるかも確認せずに入室の許可を出してしまう。てっきり、侍女だろうと思って油断していた彼女は、次の瞬間驚愕することとなった。
「失礼するよ、エミリーヌ嬢」
「ジュ、ジュ、ジュリウス様!?」
以前の寝間着のような格好ではないものの、油断していたために大分無防備な格好での出迎えとなってしまい、エミリーヌは慌てた。
なお、彼女は気付いていないがテーブルに突っ伏して寝ていたため、枕になっていた腕の形に額が赤く染まっている。
慌てたエミリーヌは、書机に載っていた紙の束を落としてしまった。数枚の紙が床へと散らばる。
「おや?」
「だ、だめです!」
エミリーヌが落とした紙を拾ったジュリウスの視線が、紙に描かれた文章に留まった。エミリーヌが焦って止めようとするが、時既に遅し。
「……これは何ですか?」
笑顔でありながら目が笑っていない。初めて見る恐ろしいジュリウスの表情に、エミリーヌは震え上がった。
観念したエミリーヌからこれまでの経緯を聞いたジュリウスは、額に手を当てて大きく溜息を吐いた。
「気持ちは嬉しいですが、やり過ぎです
これではまるで官能小説ではないですか」
「うぅ、ごめんなさい」
異性の身体のことを事細かに描写すれば、そうなる。良いアイディアだと思って夢中になって書いていたエミリーヌ自身、自分が書いた文章を読み返すと羞恥で顔が真っ赤になる。
ジュリウスからもこっぴどく叱られ、エミリーヌは落ち込んだ。
「以前もお伝えしましたが、私は貴女が理解者で居てくれるだけで十分満足しています。
だから焦らずにいきましょう」
落ち込んだエミリーヌの頭を撫でながら優しく微笑むジュリウス。彼としても手段は兎も角として、エミリーヌが自分のために奮闘してくれたことは嬉しいことなのだから、そこまで本気で怒ってはいない。
「はい、ジュリウス様」
エミリーヌも自分が焦りで周りが見えなくなっていたことに気付き、もう少し落ち着いて状況の打開に努めることを心に誓いながら頷いた。
「それはさておき、随分と詳しく描写されてますね」
「え!?」
「こんなに凝視されているとは思いませんでした」
「ち、違!?」
ご読了、ありがとうございました。
以上をもちまして「麗人の秘密」完結となります。
新たなジャンルへの挑戦ということで頑張ってコメディ要素薄めでお送りしましたが、如何でしたでしょうか。(所々漏れましたが)
これまでの傾向ですと、完結時に評価ポイントを入れていって下さる方が多いですが、今回は特に「ストーリー評価」がどんな結果になるか気になるところです。文章については他の作品とそれほど差は無いと思うのですが、今回の作風は私にとって未知数なので。
なお、話としてはきっちり区切りがついて完結となりましたが、場合によっては続きを書く可能性もあります。敢えて残した伏線もありますし。
その時はどうぞ、よろしくお願い致します。
それと、忘れられてる方も多いかも知れませんが、本作は【「邪神アベレージ」WEBの完結分まで刊行記念】連載でした。……私も半ば忘れてましたが。
こちらも、どうぞ宜しくお願い致します。
http://blog.konorano.jp/archives/51988876.html




