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麗人の秘密  作者: 北瀬野ゆなき
【第五章:麗人と愛】
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27:麗人と理解者

 ジュリウスとエミリーヌの婚姻の噂は瞬く間にオルレーヌ王国内に広まった。

 その噂はジュリウスに本気で想いを寄せていた一部の令嬢達を絶望の底へと突き落とすことになったが、大多数の者にとっては元々決まっていて時間の問題だと思われていたため、純粋に祝福する声が多かった。


 二人は古式に則って婚姻を結んだが、即座に夫婦として生活を始められるかと言えば、そんなことはない。

 婚姻は成立しているものの、王家への届け出を済ませておらず、結婚式の準備も出来ていないからだ。

 そもそも、ジュリウスが勢いのままに婚姻を申し込んだため、その時点ではローゼンベルク伯爵家にもヴェルジュ子爵家にも話が通っていなかった。

 そのため、彼らがまずしたことは、それぞれの両親への報告だった。


 無論、両家は友好関係にあった上に元々の婚約者同士であるため、両親への報告で認められないと言うこともなかったのだが、事前に話をしなかったことについてジュリウスは父親であるローゼンベルク伯爵からこっぴどく叱られることとなった。但し、ジュリウスはそれについて後悔はしていない。


 結局、正式に式を挙げるまでの間はエミリーヌはヴェルジュ子爵家に居ることになり、二人の関係は物理的な距離と言う意味においては婚約者であった時とさほど変わらない状態に留まった。

 しかし、たとえ生活環境はこれまでと変わらずとも、想いが通じ合ったことで精神的な繋がりと言うものは変わっている。


 二人が共に居る時の穏やかな雰囲気は自然とそれを周囲の者にも伝えており、たとえ彼らの婚姻を快く思っていなかった者達であっても、二人が婚姻を結んだことを認めざるを得なかった。




 † † †




「見て、ジュリウス様達よ!」

「ジュリウス様ご夫婦!? 何処、何処ですの!?」

「あちらの壁際にお二人で立っておられるわ!」

「ああ、お二人とも相変わらず麗しい御姿!」

 

 舞踏会の会場となっている大広間の一角で壁を背にして立つ男女の姿を見掛けた、色彩鮮やかなドレスを纏った年頃の少女達が騒ぎ立てた。

 彼女達が上げた黄色い歓声はそれが向けられた当人達の耳にも届いたらしく、男性の方が軽く自らの額に手を当てて嘆息する。しかし、隣に立った薄桃色の髪をした女性が微笑みながら男性に対して何かを呟くと、男性の方もやがて微笑みを浮かべるのだった。

 

 男性はジュリウス、そして女性は彼の妻となったエミリーヌだ。未だ式は挙げておらずとも、二人が共に立っていれば扱いとしては夫婦となる。


 ジュリウスは相変わらず長い金髪を流しており、その美貌に一辺の陰りもない。

 しかし、以前は周囲に振り撒かれていた引き絞った弓のような張り詰めた緊張感が、今は無い。

 現在の彼の胸の内を象徴するかのような穏やかな微笑みと共に、暖かな空気を放っている。


 エミリーヌはジュリウス以上にその雰囲気を変えていた。

 髪型は以前と同じように薄桃色の髪を背中まで伸ばしている。纏っているのは菫色のドレスだが、以前の肩を出していた冒険心を籠めたデザインから、落ち着いたものへと変えていた。

 首元、耳元、左手の薬指にはそれぞれペンダント、イヤリング、指輪が着けられており、それが誰に贈られたどんな意味を持つ物なのかは、誰が見ても一目瞭然だった。

 しかし、服装や装飾品以上に、それを身に纏うエミリーヌ自身の変貌が大きかった。と言っても、容貌やスタイルが大きく変わったと言うわけではない。立っているだけで自然と放たれる雰囲気が以前とは異なっているのだ。

 以前のエミリーヌは明るく可憐な印象が強かった。それは決して今でも損なわれたわけではないのだが、今はそこに加えてしっとりとした大人の女性の落ち着きが混ざり合っている。少女から女性へと歩む過程──その瞬間にしかあり得ない、奇跡的な魅力だ。


 元々人目を惹く美しい容貌だった彼女が更にその魅力を増し、加えてジュリウスの隣に立っていることで非常に目立つ状態なのだ。広間に居る多くの男性の視線が彼女に向けられるのも自然な成り行きだった。


「む……」


 自身の伴侶に男性の視線が集まっていることに気付いたジュリウスが、それまでの暖かな雰囲気を崩して僅かに不機嫌そうになる。

 彼としては、エミリーヌに男性達が興味を示すのは誇らしくもあり優越感もあるが、同時に嫉妬心も疼くという複雑な状態だ。


「ジュリウス様? どうかされたのですか?」


 ジュリウスの心境に敏感に気付いたエミリーヌが首を傾げながら問い掛けた。


「いえ、その……」


 エミリーヌの問い掛けに、しかしジュリウスはすぐには答えずに言い淀む。彼女に視線を向ける男達に嫉妬したという、ともすれば見苦しいと思われかねない心情を明かすのは男として抵抗があったのだ。彼女の前では完璧な姿を見せたいという見栄がそこにはある。

 しかし、そんなジュリウスの心情を察したかのように、エミリーヌはふんわりとした微笑みを浮かべ、隣に立つ彼の瞳を見上げながら続けた。


「無理に、とは申しません。

 ただ、私はジュリウス様のことなら何でも知りたいと思っています。

 そして、それがどんなことであろうと受け入れます」


 遠慮がちでありながら、それでいて強い意志と希望を窺わせる言葉。これまで、ジュリウスの傍に居ながらも真の意味では心を通わせることが出来ていなかったエミリーヌだからこそ、その想いは確固たるものだ。

 ジュリウスの真実を知り彼の理解者となったからこそ、今後どんなことであっても受け入れ共に歩むという覚悟がそこにはあった。


 その言葉を聞き、彼女の瞳を真正面から見たジュリウスは思わず内心で苦笑する。

 思えば、ずっと自分の胸の内を彼女に伝えたいと煩悶していたのだ。色々あって真実を伝え、二人心を通わせることが出来た。ならば、都合の良いことだけでなく、多少恥ずかしいことであっても全て伝えるべきだろう、と。


「これを申し上げるのは少々恥ずかしいのですが、会場内の男性の視線が貴女に集まっていることに思わず妬いてしまったのですよ」

「え!?」


 少し顔を赤らめながら告げられたジュリウスの言葉に、エミリーヌは驚いて周囲を見渡した。

 これまでは隣に立つジュリウスのことばかりに気を取られて気付いていなかったが、確かに彼の言葉通り、会場内の多くの男性が自身に目を向けていることを彼女は初めて認識した。

 エミリーヌは恥ずかしさに上気するが、それがまた妖しい色香となって更に人目を集めてしまう。完全に悪循環だった。


「な、何故皆さん私のことを見ていらっしゃるのでしょう?」

「それは勿論、貴女が美しいからですよ」


 エリザベートの教育により隙あらば女性を褒める習性が根付いているジュリウスが、反射的にトドメに等しい一言を放つ。

 以前のエミリーヌであれば、憧れの人であるジュリウスからこんな言葉を向けられれば、顔を真っ赤に染めて硬直していたことだろう。

 しかし、ジュリウスを心を通わせることで成長した今のエミリーヌは一味違う。顔を赤くしながらも真っ直ぐにジュリウスの顔を見詰めて言葉を返した。


「ありがとうございます、ジュリウス様。

 でも、ご安心ください。

 どれだけ多くの方が居たとしても、私はジュリウス様が私に目を向けてくれることこそが一番大事です」

「!? それを聞いて安心しました」


 想い人からの思わぬ反撃に、逆にジュリウスの方が不意を突かれて怯む。真っ直ぐな彼女の言葉は、ジュリウスの胸にすんなりと入り込み、響き渡った。


「それに……」

「それに?」


 思わせぶりに途中で言葉を切ったエミリーヌに、ジュリウスは不思議そうな声を上げる。

 エミリーヌはそんな彼の耳元に顔を寄せると、彼だけにしか聞こえない声で囁いた。


「これまで私はずっとジュリウス様が女性の視線を集めるのを見て嫉妬していたのですから、これでようやくおあいこです。

 いっぱい妬いてください」

「──!?」


 近くに居る彼にだけしか見えない悪戯っぽい微笑みを見ながら、思わぬ言葉に呆然とするジュリウスだったが、やがて苦笑を浮かべた。


「かしこまりました、愛しい私の妻よ」

「ふふ、楽しみにしてます。愛しい私の旦那様」


 ひとしきり笑いあった後、ジュリウスはエミリーヌに向かって左手を差し出す。


「それでは、会場内に貴女のことを見せびらかすことにしましょう。

 一曲お付き合い頂けますか?」

「ええ、一曲と言わず何曲でも。

 何処までもお付き合いします」


 二人は手を取り合いながら、広間の中央へと歩んでいった。




 † † †




 ある人物が自分自身をどう思っているかと他者からその人物がどう思われているかの認識は、必ずしも一致するとは限らない。

 いや、むしろその両者の認識は、程度の差はあったとしても乖離するのが当然と言うべきだろう。

 

 両者の間に大きな認識の相違があれば、たとえ百言を尽くしたところで真に心が通じ合うことは難しい。

 しかし、もしも認識の相違を乗り越えた理解者が隣に居れば、それは何よりも心強い存在となるだろう。

本編は完結ですが、後日談の外伝が後一話続きます。

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― 新着の感想 ―
暗殺者を寄越したお嬢さんはどうなっていたんだろう? 悶々たる日々を暮らしているのか、やった事がバレて、でも今さら引き渡すことも出来ずにこっそり刑に処されたり?
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