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麗人の秘密  作者: 北瀬野ゆなき
【第五章:麗人と愛】
23/28

23:悩みと叱咤

「……あ」


 弾かれて手から撥ね飛ばされていく自身の剣を、ジュリウスは呆然と目で追いながらぽつりと呟いた。

 それを為した正面の人物は、剣を片手に持ったまま憮然とした表情を隠さない。

 念願の勝利を果たしたと言うのに、その顔には明らかに不満そうな色が見える。


「納得いかん」


 その表情のままに青年──王太子デュドリックは不満を口にした。


「ジュリウス=ローゼンベルク。

 貴様、私を舐めているのか?」

「いえ、そのようなことは……」


 責めるようなデュドリックの言葉に、ジュリウスは僅かに俯きながら弁解する。

 彼としても、今の自分が本調子でないことは自覚しているため、反論しながらもその言葉は弱い。


「ならばその体たらくはなんだ!?

 あの程度の剣、以前の貴様であれば容易く捌いていた筈だろう。

 あるいは傷を負ったせいで腕が鈍ったかとも思ったが、そうではないな。

 上の空だったことと言い、明らかに他のことに気を取られているせいであろう」

「……返す言葉もありません」


 刺客に襲われて負傷したジュリウスだが、若さ故か回復は早く数日のうちには動き回れるようになっていた。

 傷の治癒よりもむしろ、次から次へと引っ切り無しにやってくる見舞いの対処の方が大変だったくらいだ。

 実際、返礼の手紙を書く方が遥かに苦行だった。


 左肩の傷の痛みも無くなり医師の診察で問題ないと許可が出たことで日課だった鍛錬を再開したジュリウスだが、負傷とは別の理由で振るわなかった。

 寝込んでいたせいで筋力が落ちていることも勿論全く影響がなかったわけではないが、それ以上に気掛かりだったことがあって集中力を欠いていたことが主な要因である。

 そのせいで、以前と同じように鍛錬の時間に乗り込んできたデュドリックとの勝負で、初めて敗北するという事態になっていた。


「それで? 貴様は一体何をそんなに思い悩んでいるのだ?」

「いえ、殿下の御手を煩わすようなことでは……」

「良い、構わないから話せ。

 貴様がそんな調子では、私の方も調子が狂う。

 さっさと本調子に戻って貰わねば、いつまで経っても貴様を超えられん」


 強引に悩みを聞き出そうとするデュドリックにジュリウスは口籠るが、デュドリックはそれを許さずに先を促した。


「先程勝ったのでは駄目なのですか?」

「たわけ。納得いかんと言ったであろうが。

 私は全力の貴様に勝利したいのだ、今の腑抜けた貴様に勝っても意味が無い」


 デュドリックはジュリウスに対抗心を燃やしているが、勝てれば何でも良いと言うわけではなかった。

 彼はジュリウスを超えたいのであってジュリウスに勝ちたいわけではない。

 全力のジュリウスの上をいって、初めてそのプライドを満足させることが出来るのだ。

 その点、今のジュリウスは明らかに本来の剣筋を失っている状態のため、彼に勝つことは出来てもその勝利に満足は出来ない。


「分かりました。

 そこまで仰るならお話しますが、ここだけにして頂きたく」

「前置きは良いから、さっさと話せ」


 話さないと矛を収めそうにないデュドリックの形相に、ジュリウスは溜息を一つ吐くと、諦めて内心で抱えていた悩みを話すことにした。



 ジュリウスの悩み、それは先の襲撃事件以降エミリーヌに会えないことだ。


 エミリーヌと共に出掛けた遠乗りの先で刺客に襲われて負傷したジュリウスは、彼女が手当てをしてくれたことと苦労しながらも王都まで連れ帰ってくれたことで一命を取り留めた。

 命を救われたことに対する感謝をしたいし、巻き込んで危険な目に遭わせてしまったことを謝罪したい。そして何よりも、あの時中途半端になってしまった婚姻の申し入れをしなければならない。

 そう思ってエミリーヌに会って話したいと思っていたジュリウスだが、彼女はジュリウスが臥せっている間には一度も見舞い姿を見せることが無かった。

 その時は見舞客の対応に追われていて気付かなかったジュリウスだが、これは以前のエミリーヌであれば考え難いことである。普段の彼女であれば、何を置いてもジュリウスの見舞いに来ていたことだろう。


 その後、動けるようになってから彼女に会いたいとヴェルジュ子爵の屋敷に手紙を送ったのだが、本人が部屋に閉じ籠もって出てこようとしないということで、父親である子爵からの断りの手紙が送られてきた。


「なるほどな、それでエミリーヌ嬢に会えずに貴様は腐っていると。

 ふむ、そうだな。

 まぁ、普通に考えれば……」

「普通に考えれば?」

「嫌われたのではないか?」

「──殿下ッ!」


 今一番言われたくないことをあっさり言われ、ジュリウスは相手が王太子であることも横に置き睨み付けた。

 実際、命を狙われるジュリウスの傍に居たことで危険な目に遭ったのだ。あの場で、エミリーヌには何ら非は無く、彼女は完全に巻き込まれた部外者でしかなかった。

 それを考えれば、彼から距離を置きたいと思っても仕方ない──ジュリウスにとっては考えたくないことだが、そんな想像をしてしまう。


 しかし、デュドリックはそんなジュリウスの抗議を一笑に付した。


「冗談だ。あのエミリーヌ嬢がその程度のことで貴様を見限るとは思えん」

「そうだと良いのですが」


 エミリーヌのジュリウスへの入れ込み具合を傍から見ていたデュドリックは、端から彼女がジュリウスを見限るとは思っていなかった。

 しかし、彼からそれを伝えられてもまだ、ジュリウスは不安そうにしている。


「彼女が嫌っているのではないとしたら、父親であるヴェルジュ子爵の差し金とも考えられるな。

 本人の意志は兎も角、親が娘を危険な目に遭わせた貴様に会わせないようにしている可能性もあるのではないか?」

「いえ、返事の手紙をくれた子爵閣下の様子からは、そんな雰囲気は見受けられなかったのですが」

「では、彼女も病に臥せっているということは?」

「それであれば、子爵閣下もそう伝えてくるでしょう」

「それもそうか」


 デュドリックは次々に思い付いた可能性を提示するが、ジュリウスからはその都度否定される。

 回り回って辿り着いた結論は、先程冗談として挙げたものだった。

 短気なデュドリックが考えるのも面倒くさくなったとも言える。


「やはり、嫌われたのではないか?」

「………………私もそのような気がしてきました」


 前言の撤回になるが、他の可能性を全て潰してしまい、残った結論はそれだけだった。

 先程は抗議したジュリウスも、今回は反論出来ずに俯くしかない。


「もういっそ、ヴェルジュ子爵邸に押し掛けて強引にでも会ってしまえばどうだ?」

「そんなことをしたら、一層彼女に嫌われてしまうのではないですか」

「なに、もしも本当にエミリーヌ嬢に嫌われているのだとしたら、そうなったとしても大差ないだろう」

「ありますよ!」


 面倒になったせいか極論に走り始めたデュドリックに、ジュリウスも流石に黙って居られずに憤る。

 デュドリックにとっては他人事かも知れないが、ジュリウスにとっては死活問題だ。


「ええい、大体にして貴様がいつまでもウジウジしているのが悪いのだろうが!」

「無茶なことを言わないでください。

 殿下だってディアネット嬢に嫌われたら同じように悩むでしょう!?」

「ぐぬ!? それは……」


 ジュリウスの反撃にデュドリックが怯む。

 デュドリックが婚約者であるディアネット=ラマグレット公爵令嬢に惚れ込んでいるのは周知の事実だ。

 ディアネットに嫌われた場合、デュドリックも今のジュリウスと同じかそれ以上に悩むのは間違いない。


「い、今は貴様とエミリーヌ嬢の話であろう。

 私とディアネット嬢のことは関係ない!」

「それはそうですが、そう想像して頂ければ私の気持ちも理解し易いかと」

「貴様の気持ちなど、私は知らん」

「………………」


 その後、口論が高じて再び対戦したジュリウスとデュドリックだが、話をしている間に大分気が晴れたのかジュリウスの剣筋は普段のものに近く、ジュリウスが勝利した。

 デュドリックは敗北したことに悔しそうにしながらも、調子を取り戻しつつあるジュリウスの姿に何処か満足そうだった。




 † † †




 デュドリックによる、叱咤激励というには少々乱暴な背押しを受けたジュリウスは、鍛錬の後自室に戻ると改めてヴェルジュ子爵家から帰ってきた返信の手紙を読み返した。

 そこには、エミリーヌが部屋に閉じ籠もってしまって外に出ようとしないことと、そのために来訪は難しいことが記載されている。

 男性らしい力強い文字で書かれているが、よく見ると所々文字が揺れており、これを書いたであろう子爵の本気の動揺が見て取れた。

 やはり先程デュドリックに言った通り、子爵がエミリーヌにジュリウスを会わせないようにしているとは考え難い。

 だとすれば、エミリーヌがジュリウスに会いたくないと主張しているのだろうか。

 命を救ってくれたことを考えれば襲撃のせいで嫌われたとは思い難いし、思いたくはない。

 しかし、他に心当たりがないというのも事実だ。


「エミリーヌ嬢……」


 想い人に会えない寂しさに、ジュリウスは思わず切なげに呟いた。

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