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麗人の秘密  作者: 北瀬野ゆなき
【第五章:麗人と愛】
22/28

22:目覚め

「……ここは」


 意識が浮上したジュリウスが目を開けると、見覚えのある天井が見えた。

 そのまま首を横に曲げて部屋の中を見渡せば、そこには王都にあるローゼンベルク伯爵家の屋敷にある自室の光景があった。


「痛っ!?」


 取り敢えず身を起こそうとしたジュリウスだったが、力を入れた瞬間左肩に走った痛みに身体を支えられず、再びベッドに倒れ込み枕の上に頭を落とすこととなった。

 首を捻って痛みがした左肩を見ると、そこにはシャツの下に包帯が巻かれているのが見える。


「一体、私はどうなったんだ……?」


 目覚めたばかりでまだ頭が完全には働いていないジュリウスだったが、記憶に残っている最後の場面を思い起こそうとする。


「そうだ、エミリーヌ嬢と遠乗りに行った湖畔で怪しい男達に襲われて……」


 黒衣の男達と戦って、左肩を斬り付けられながらも何とか三人目の男を倒したところまでが、ジュリウスの記憶に残っている情景だ。

 暗転する視界の中、エミリーヌが彼を呼ぶ声が遠く聞こえたのを覚えている。


「どうやら命を拾ったようだが……そうだ、エミリーヌ嬢は!?」


 あの場に居た敵は全て倒した筈なので彼女に危害を加える者は居なかった筈だが、それでも気に掛かった。今こうして自分が生きていることを考えれば、彼女も無事である筈ではあるが──。


 そこまで考えた時、扉の外からノックの音がした。


「ああ、入ってくれ」

「ッ!?」


 ジュリウスがノックに応えて声を掛けると、扉の向こうからは驚いたような雰囲気が伝わってくる。


「し、失礼します!」


 普段よりも多少慌て気味に扉が開かれ、侍女長のパーラが姿を見せた。


「お目覚めになられたのですね、ジュリウス様」

「ああ」

「少々お待ち下さい」


 パーラはジュリウスに向けてそう断りを入れると一度扉の外に出て、控えている別の侍女に対してローゼンベルク伯爵とエリザベートにジュリウスの目覚めを伝えるように指示を出した。

 再び室内に戻ると一礼し、包帯を手にジュリウスの横たわるベッドへと近付く。


「包帯をお取り換え致します」

「ああ、頼む。

 それと、私が気を失った後に何があったのか教えてくれないか」

「かしこまりました」


 パーラはまずジュリウスの肩に巻かれている包帯を解きに掛かった。


「刺客に襲われて倒れたジュリウス様を、ヴェルジュ子爵令嬢が馬に乗せて王都まで連れ帰ってくださったのです」

「エミリーヌ嬢が!?」


 確かにジュリウスが意識を失った後あの場に残っていたのはエミリーヌだけであったので、状況から考えればある意味当然とも思えることだが、小柄な彼女がジュリウスを王都まで運ぶためにどれだけ苦労をしたのか、想像も出来なかった。


「はい。その後、医師を呼んで当家の屋敷に運び込まれたジュリウス様を治療して貰いました。

 毒に侵されて危険な状態でしたが、ヴェルジュ子爵令嬢の応急手当が良く、何とか一命を取り留められたのです」

「毒……そうだったのか。

 エミリーヌ嬢には感謝してもしきれないな」


 思い起こせば、ジュリウスが負った傷は深かったものの即座に意識を失う程のものではなかった。何故あんなすぐに気を失ってしまったのかが疑問だったが、毒が塗られていたのであれば納得だった。

 エミリーヌの手当てが無ければ危なかったと言うパーラの言葉に、ジュリウスはエミリーヌへの感謝と申し訳なさに嘆息した。

 本来であれば婚姻の申し入れをしている筈だったのに、巻き込んで危ない目に遭わせた挙句に自分が命を助けられるという何とも恥じ入りたくなる結果にジュリウスは頭を抱えたくなった。


「そう言えば、私が襲われてからどれくらい経っている?」

「あれから既に三日が経過しております」

「三日!? そうか……」


 古い包帯をテーブルに置いて新しい包帯を彼の肩に巻き付けながら答えたパーラの言葉に、ジュリウスは一瞬驚きを露わにするが、すぐにその事実を受け入れた。

 毒に侵されていたことと、それでなくとも深い傷を負っていたことを考えれば、それくらいの期間目覚めなかったとしてもおかしくはない。


「はい、巻き終わりました」

「ああ、ありがとう。

 ところで、私を襲った男達の素性は分かったのか?」

「その辺りにつきましては私には何とも……。

 先程ジュリウス様がお目覚めになったことを旦那様や奥様に伝えるように言付けましたので、すぐにこちらに来られるでしょう。

 旦那様であれば、答えをお持ちだと思います」

「そうだな。

 分かった、父上が来られたら聞いてみよう」




 † † †




「無事なようで安心したぞ、ジュリウス」

「ご迷惑をお掛けし申し訳ございません、父上」


 ジュリウスが目覚めたと言う報せを聞いて慌てて駆け付けてきたローゼンベルク伯爵とエリザベート。興奮気味で容態を確認するエリザベートを何とか宥めて落ち着かせたところで、ローゼンベルク伯爵が切り出した。


「それで、父上。

 私を襲った男達の素性は分かりましたか?」

「残念ながら、まだだ。

 色々あってそれどころではなかったため、あまり話を聞けていないということもあるが……。

 少なくとも、回収した刺客の遺体からは素性が分かるようなものはなかったそうだ」

「そうですか」


 計画的に命を狙ってきたのであれば、証拠を残さないように素性が分かるような物を携帯することは避けるだろう。

 ましてや、あの男達の連携振りから推測するに、そういった裏の仕事を請け負うことを業としている者達だと思われた。

 所持品などから正体を探るのは難しいのは、やむを得ないことだった。


「まぁ、とは言えある程度の推測は立っている」

「ラクシュルス大公国、ですか」

「証拠が無い以上は大きな声では言えんがな。

 先の戦争で功績を上げたお前を狙ってくるとしたら、その可能性が一番高いだろう」

「そう……ですね」


 戦争と言うのは命の奪い合いであり、そこで敵を殺すことは当然の行為だ。

 やらなければ自分が殺されるのだから、加害者になっていたかも知れない被害者がそれを恨みに思うのはお門違いである。──と言うのが建前だが、感情面についてはそう割り切れるものではない。

 家族を殺された者、敗戦のあおりを受けて家系が没落した者、敗北を屈辱に感じる者、それらを恨みに思う者が居ることは想像に難くないし、オルレーヌ王国の勝利の決め手となったジュリウスにその矛先を向けると言うのも理解は出来る。


 しかし、先程ローゼンベルク伯爵が告げた通り、証拠が無い以上はラクシュルス大公国に対して大きな声で批難をすることが出来ないのもまた事実。

 せめて刺客を生きたまま捕えて黒幕を自白させることが出来ていたら話は別だったのだが、撃退すら辛うじてという状況でそれを望むのは無理があっただろう。


「既にラクシュルス大公国とは講和の方向で話が進んでいる。

 これ以上、波風を立てたくないのはどちらについても言えることだ。

 残念だが、今回の件については闇に葬られてしまう可能性が高い」

「やむを得ませんね」


 釈然としない部分は多分にあるものの、国家同士の関係に個人の感情で口出しすることが難しいという点については理解出来る。

 ジュリウスは苦渋を浮かべながらも、ローゼンベルク伯爵の言葉に頷いた。


「それと、別の問題もあってな」

「別の問題、ですか?」


 話を変えてローゼンベルク伯爵が持ち出した言葉に、ジュリウスは首を傾げた。

 先程の話以上に問題となりそうなことが思い付かなかったからだ。

 しかし、ローゼンベルク伯爵の表情を見て何か大変な問題が起こっていることを理解し、襟を正して続きを促した。


「お前が襲われて倒れたことは既に国中に広まっていてな。

 恐ろしい勢いで見舞いの申し入れが殺到しているのだ」

「……は?」


 大問題だと思って身構えていたら、予想以上にしょうもない話を聞かされジュリウスは思わず呆けた声を上げてしまった。


「は? ではない。

 お前が目を覚まさないから、取り敢えず見舞いの品だけを受け取ることで直接の面会は断っていたのだが」

「次から次に来るものだから、既にお見舞いの品物で部屋が二つ埋まってしまったのよ」

「……え?」


 予想を遥かに超える事態に、ジュリウスの顔から血の気が引いていく。

 この屋敷の部屋は伯爵位の貴族の屋敷としては到って普通の広さだが、部屋を覆い尽くす程の贈り物というのがどれだけの数になるのか想像すると、頭が痛い。しかも一部屋で収まらずに二部屋だというのだから。


「私とエリザベートで手分けをしてお礼の手紙を書いていたのだが、到底追い付かなくてな。

 目覚めたのだから、この後はお前も返事を書くのだぞ」

「わ、私は肩を負傷しているのですが……」

「左肩だけだろう、文字は書ける筈だ」

「本来なら貴方が全て書くべきものなのよ、ジュリウス」

「……分かりました」


 目覚めたばかりで課された苦行に、ジュリウスは思わず項垂れた。




 その後、贈り物の目録を渡されてその数に頭を抱えたジュリウスは、すぐには気付くことはなかった。


 ──マクシアンやリリーシア、デュドリックにディアネットと言った見知った名が並ぶ中に、彼の婚約者であるエミリーヌの名前だけが無いことに。

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