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麗人の秘密  作者: 北瀬野ゆなき
【第四章:麗人と刺客】
21/28

21:真実

「ジュリウス様!? ジュリウス様!

 しっかりしてください!」


 黒衣の男達と相討ちになる形で地面に倒れ伏したジュリウスに、エミリーヌは駆け寄って必死に呼び掛けた。

 横たわるジュリウスの横に膝を突き、彼の容態を見る。


 呼吸は……かなり荒いが、取り敢えず呼吸はしている。

 心臓は……早鐘のように打っている。

 傷口は……左肩をかなり深く斬り付けられており、今もドクドクと血が流れ出している。流れ出る鮮血はシャツを見る見るうちに紅く染め上げていった。


「早く止血をしないと……え?」


 彼の肩の出血量を見て、取り敢えず早く止血をしなければと思い傷口を押さえようとしたエミリーヌは、ジュリウスの様子に違和感を覚えた。

 地面に横たわったジュリウスは激しく汗を掻き、荒く苦しげに息を吐いている。最初は深い傷のせいかと思ったが、それだけにしては苦しみ方が尋常ではなかった。


「ジュリウス様! どうしたのですか……ッ!?」


 ハッと思い付くことがあり、エミリーヌは近くに転がっていた短剣に目を向けた。それは黒衣の男が用いていた、ジュリウスの身を傷付けた短剣だ。

 短剣はジュリウスの血によって紅く濡れていたために分かり難かったが、注意深く見れば、その刃には彼の血液以外に何かの液体が付着しているのが見て取れた。


「そんな……まさか、毒!?」


 苦しげに荒い呼吸を繰り返すジュリウスの容態と短剣に付着した液体からの推測に、エミリーヌの顔から血の気が引く。もしも彼女の推測通り毒がジュリウスの身を蝕んでいるのなら、止血するだけでは対処出来ない。

 また、毒が致命的なものでない可能性も低い。ジュリウスの命を狙って襲ってきた男達が使っていた毒だと言うことを考えれば、間違いなく命に関わる類の危険なものである筈だ。


「い、急がないと……」


 あるいは薬の種類が分かれば解毒薬を処方出来るのかも知れないが、エミリーヌには毒の種類など分からないし、それを知るであろう黒衣の男達は全員死亡しており聞き出すことも出来ない。ましてや、この場に薬が無い以上はどうにもならない。

 今この場で彼女に出来ることがあるとしたら、少しでも彼の体内に広がる毒を減らすために傷口から毒を吸い出すことくらいだ。既に身体に回ってしまった分についてはどうすることも出来ず、ジュリウス自身の生命力に賭けるしかない。


「ジュリウス様、ごめんなさい!」


 エミリーヌはそう小声で呟くと、ジュリウスが着ている血で汚れたシャツを脱がしに掛かった。

 ジュリウスが意識を失っているために服を脱がせるのにも一苦労だが、彼の頭を自身の膝の上に載せて上体を浮かせることで何とか脱がすことが出来そうだ。


「……え?」


 シャツのボタンを外して片側の腕を抜こうとした時、エミリーヌの視界に予想していなかった光景が飛び込んでくる。

 エミリーヌの予想では、シャツの下はコルセットや布で締め上げているような状態となっている筈だったが、それがない。直接素肌が目に飛び込んでくる。その上、その胸元には膨らみが全くない。そう、全くだ。世の中には胸が小さい女性は居るが、そういうものとも違っている。


「え? あれ? ど、どうして……?」


 女性である筈のジュリウスに何故胸の膨らみが無いのか。

 思いもしなかった事態に、気が動転して頭が働かなくなってしまうエミリーヌ。しかし、苦しげな呼吸をするジュリウスの姿にハッと我に返り、考えるのを後回しにして手当てを急ぐことにした。


「考えるのは後、今はとにかくジュリウス様を助けなくちゃ……」


 気を取り直したエミリーヌはジュリウスの肩口を露出させ、取り出したハンカチで傷口付近の血を拭い去った。それから、傷口に口を付けて強く吸い出して、飲み込んでしまわないように気を付けながら横を向いて溜まった血を吐き出す。

 それを何度か繰り返して、大分毒を吸い出すことが出来ただろうと判断したエミリーヌは、もう一度ハンカチを傷口に当て止血をしようと試みた。


 毒を吸い出している時は必死だったために考え事をする余裕が無かったが、傷口を押さえている間は思考に割く余裕が出てくる。

 思い浮かんだ考え事は、やはり先程ジュリウスのシャツを脱がした時に見た光景だった。と言うか、現在も視線をついと横に向ければどうしても視界に入ってくるため、思い出すまでもない。

 エミリーヌのすぐ目の前にはジュリウスの覆うもののない胸元があるが、何度見返しても何度瞬きを繰り返しても、それはやはり平らである。一見華奢ながらも、鍛え上げられて引き締まっている身体に、エミリーヌは思わず赤面しそうになる。


「……やっぱり、そういうことなの?」


 色々なことが一挙に起こり過ぎて頭は混乱したままであるが、それでも彼女もようやく現実を受け入れつつあった。


「ジュリウス様が……男性?」


 思わずポツリと呟いた言葉に、彼女の中の違和感が激しく主張する。

 ずっと長年当然の常識として根底に置かれていたものが覆る、この感覚を何と表現すれば良いのか。

 まるで世界がガラガラと崩れてゆくような、そんな心境だった。


「そんな、そんなことって……」


 しかし、否定をしようにも、目の前のジュリウスの身体はどう見ても女性のものには見えない。それは、厳然たる事実であり覆せそうにない。


 エミリーヌは衝撃の事実に混乱しながらも的確に手を動かし、ドレスの裾を裂いて包帯代わりとして、傷口に当てたハンカチの上から縛った。ある意味、それは現実逃避から来る行動だったのかも知れない。


 道具も無ければ医療の知識もない状態で出来る手当てとしては、これが精一杯だ。

 毒は大分吸い出したことによって影響を減らしていると信じたいが、それであっても出来るだけ早く医師に診てもらった方が良いことは間違いない。


 しかし、意識が無いジュリウスを馬に乗せることが出来るだろうか、とエミリーヌは思わず不安になった。まず、彼の身体を馬の上に乗せること自体がかなりの難事だ。

 一度彼を置いて助けを呼びに行くと言うのも考えたが、その方法では助けを呼んでここに戻って来るまでかなり時間が掛かる上に、命を狙われているジュリウスをこの場所に置いていくと言うのも不安材料だった。


 しばらく悩んだ上で、エミリーヌはジュリウスの頭を膝から降ろした。そして、樹に繋がれている白馬の下へと向かう。


「お願い、ジュリウス様を助けるために力を貸して」


 そう言うと、エミリーヌは彼の手綱を樹から解いた。

 やはりこの場にジュリウスを置いていくのは危険過ぎると言う考えのもと、何とか彼を連れて王都に戻るべきだと言うのが、エミリーヌの結論だった。

 果たしてその言葉が通じたのか、白馬は暴れることもなくエミリーヌに大人しく従って横たわるジュリウスの傍まで足を運ぶと、出来るだけ低く身を屈めた。


「賢いのね、ありがとう」


 立ったままの馬に意識の無い人を乗せるのは難しいが、この高さであれば何とかなりそうだ。そう判断したエミリーヌは今最も求めている行動をしてくれた聡明な白馬にお礼を言うと、ジュリウスの身体を持ち上げようと屈みこんだ。

 小柄で非力なエミリーヌがジュリウスの全身を持ち上げるのはまず不可能であるため、彼の上体を持ち上げると、傷を負っていない右腕を引っ張って白馬の背に覆い被せるように乗せる。その状態で白馬の反対側へと移動し、彼の身体が馬上に乗り切るように腕を引っ張って身を動かした。


「立ち上がって」


 ジュリウスの身体を落ちないように押さえながら白馬にそう告げると、彼はなるべく身体を揺らさないように慎重に折っていた脚を上げた。

 見事にジュリウスを背に乗せて立ち上がった白馬に満足げに頷き、エミリーヌは自身も鐙に足を掛けて馬上へと身を運んだ。


「王都まで急いで戻りたいの、お願い」


 鞍に跨って前に乗るジュリウスを片手で押さえたエミリーヌは、もう片方の手で白馬の首元に軽く触れながら祈るような声で告げる。

 すると、彼は滑るように走り始めた。




 † † †




 白馬に乗って王都に戻ったエミリーヌは必死に助けを求め、ジュリウスは速やかに医師の治療を受けることが出来た。

 エミリーヌの予想通りジュリウスの身は毒に侵されていたが、彼女の応急手当が的確だったために解毒が間に合い、ジュリウスは辛うじて一命を取り留める。

 もしも、エミリーヌが毒を吸い出していなかったら、間違いなく命を落としていただろうというのが、彼を治療した医師の見立てだった。


 先の戦争で英雄と目されていたジュリウスが何者かに命を狙われた事実は王都に衝撃を齎し、戦勝によって湧いていた王都は一時騒然となる。

 王宮は事態を重く見て騎士団を調査に派遣したが、エミリーヌの証言を元に回収した黒衣の男達の遺体からは有力な手掛かりを得ることは出来なかった。

 時期から考えて先の戦争の対戦国であるラクシュルス大公国の差し金であると推測することは出来たが、明確な証拠が無い状態では抗議も難しく、真相は迷宮入りとなってしまう。

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― 新着の感想 ―
こっちは戦勝国なんじゃないの? いやまあ、手打ちにしたような形かも知れんけど、実質戦勝国だよね? なのに迷宮入りとか…………マジか!? 相手国の誠意が感じられんな。戦争だっ!
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