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麗人の秘密  作者: 北瀬野ゆなき
【第四章:麗人と刺客】
20/28

20:刺客

 エミリーヌと向き合ってリボンと指輪を取り出そうとしていたジュリウスだが、ふと周囲の雰囲気に違和感を覚えてその手を止めた。


「ジュリウス様? どうかされたのですか?」

「エミリーヌ嬢、私の後ろに」


 突然動きを止めたジュリウスを見て不思議そうにするエミリーヌを手で制止し、ジュリウスは彼女を背に隠して湖畔とは逆側に立つ。


「何者だ、姿を見せろ」


 木立ちの方に視線を向けて誰何の声を上げるジュリウス。

 その声に応じたのか、樹の陰から黒衣を纏った男達が三人、姿を見せた。

 何れも外套のフードによって顔に陰が掛かっており判別出来ないが、少なくとも彼が知る人物ではないことは確かだった。


 三人のうち、中央に立っていた一人が顔を見せないままジュリウスに話し掛けて来る。その声は抑揚が無く、感情が読み取り辛い。


「ジュリウス=ローゼンベルクだな」

「確かに私はローゼンベルク伯爵家が長子、ジュリウス=ローゼンベルクだ。

 しかし、それを聞くお前達は何者だ?」


 ジュリウスの名を確認する黒衣の男に再び誰何するが、相手は答える素振りを見せなかった。

 その代わり、三人はそれぞれ顔を合わせて頷きを交わし合う。


「貴様がそれを知る必要はない。

 否、貴様は何も知る必要がない。

 ただ、我らの手に掛かって死ねば良い」

「ひっ!?」


 不吉な言葉とともに、男達は外套の下から短剣を抜き放った。

 その言葉と男達が武器を手に取った事に、ジュリウスの後ろに立つエミリーヌが怯えて短く悲鳴を上げる。


「物騒だな」


 しかしジュリウスの方は彼らの動きに遅れることなく、ほぼ同時に護身用に下げていた剣を抜いた。先程誰何した時からいつでも剣を抜けるように構えていたおかげだ。

 元よりジュリウスは、最初に雰囲気を感じ取った時から相手を友好的な相手であるとは欠片も思っていなかった。それは、黒衣の男達が現れた時から、この場の雰囲気が先日まで彼が居た場所によく似た空気となっていたためだ──すなわち、戦場の空気に。


「……………ぬぅ」


 ジュリウスの対応が予想以上に早かったためか、三人の男達は出鼻を挫かれる形となって攻撃を躊躇することとなった。

 ジュリウスと男達は互いに睨み合い、場に均衡状態が生まれた。


「見たところ、顔見知りと言うわけでも無さそうだ。

 誰かに私を殺すように頼まれたのか?」

「先程も言ったぞ。

 知る必要はない、とな」


 ジュリウスが探りを入れるが相手は聞く耳を持たず、にべもなく切って落とされる。


「やれやれ、取り付く島もないな」

「………………」


 男達の技量は不明だが、ジュリウスとしては自身の剣技が劣るとは思ってはいなかった。

 しかし、一対一ならそれで対抗出来るだろうが、状況は三対一。その上、ジュリウスには背後に守らなければならない人が居る。圧倒的に不利な立場だ。

 内心で焦りを感じるジュリウスだが、敵に隙を見せないためにも、そして背後に居るエミリーヌを安心させるためにも、その焦りを表に出すわけにはいかなかった。

 せめて何か相手の隙を作るような切っ掛けがあり先手を打って一人を切り伏せられれば、二対一となる。三対一から二対一になれば、まだ何とか対処出来る余地が生まれる筈だ。

 しかし、その切っ掛けが──


「ブルルルッ!!」

「!? なんだ!?」


 その時、黒衣の男達の後方で樹に繋がれていたジュリウス達が乗ってきた白馬が、激しく身を震わせて大きな音を立てた。

 緊迫していたところに突然背後で起こった音に、男達は反射的に後ろを振り向く。それが命取りとなった。


「ハッ!」

「ぐっ!?」


 その隙を逃さず、ジュリウスは三人の内の彼から見て右側に立っていた男に一気に近付き、右手に持った剣で心臓を突き刺した。男は短い悲鳴を上げるが、抵抗することすらなく即死した。

 彼が剣を引き抜くと、絶命した男は力なくその場に崩れ落ちる。


「チッ!」


 仲間の一人が打ち取られたことに残る二人の男は舌打ちすると、目配せをし合って左右から同時に斬り掛かってきた。

 どちらか一方を受けたとしても、もう片方は受けられない。そう判断したジュリウスは無理に剣で受けることはせず、後方に身を引いて回避する。

 男達の持っているのは短剣であるため、小回りが利く。打ち払われたなら兎も角として、躱されただけであればすぐに追撃に移れる。一方のジュリウスが持つのは長剣で小回りが利かないため、どうしても連続して止め処なく攻め立てられると反撃に移れない。

 しかし、ジュリウスは苦境に焦ることなく二人の攻撃をじりじりと後ろに下がりながら捌き続けた。完璧な連携を見せる二人の連携が崩れる瞬間を待って。


 やがて、ジュリウスが待ち望んだ瞬間が到来する。激しく動いた疲労によるものか、間断無く振るわれていた二人の連携に一瞬だけ間が空いたのだ。

 その瞬間、ジュリウスは手に持つ剣で先に襲い掛かって来る短剣を打ち払った。

 そして、一拍遅れて追撃を放とうとしていたもう一人の男に対して、斜め下から切り上げる形で剣を浴びせ掛けた。


「お、おのれ……」


 身体の前面を右下から左上に斬られた男が恨み節を上げながら倒れるが、ジュリウスはその相手に構っている余裕はない。即座に身を翻し、残る一人に対して真っ直ぐに剣を突き付ける。

 最後に残った一人は、先程ジュリウスに話し掛けてきていた中央に立っていた男だ。おそらくは、三人の中でリーダー格なのだろう。


「さぁ、もう後がないぞ。

 残りはお前一人だけだ。

 この場で斬り捨てられたくなければ、誰に私を殺すよう頼まれたのか話してもらおうか」

「話には聞いていたが、予想以上に手強いな。

 まさか、三対一でも届かぬとは……」

「それが分かったのならば、ここでこれ以上抵抗しても無駄だということも理解出来るだろう。

 大人しく縛に付いて黒幕のことを話すのならば、この場で命までは取らないと約束しよう」


 勿論、この場でジュリウスが命を奪わなかったとしても、貴族の子息に対して剣を向けた以上捕えられればただでは済まない。

 それを理解しているためか、あるいは他の理由によるものか、男は首を振って返した。


「折角の申し出だが、遠慮しておこう。

 こんな稼業であるが、我々にも矜持と言うものがある。

 それよりも……」


 黒衣の男はジュリウスの降伏勧告を首を振って拒絶すると、構えていた短剣を降ろした。

 降伏しないと言いつつも武器を下ろすという言動一致しない男の行動にジュリウスが不思議に思っていると、男は突然その場で身を翻す。


「大切な物は手元から離さない方が良いと忠告させて貰おう」

「何!? しまった……っ!?」


 そう言い放つと共に、黒衣の男は後方に向かって猛然と駆け出した。

 一瞬逃走しようとしているものと思い掛けたジュリウスだが、男の向かう先に気付いて焦りを浮かべた。


 最初に一人を切り伏せてから、徐々に下がりながら二人の攻撃を捌いていたジュリウスは、最初に立っていた水辺から右手にかなり離れたところまで移動していた。最初の立ち位置……すなわちエミリーヌが居る位置からは黒衣の男の方が近い。

 男が向かう先、それは湖畔で心配そうにジュリウスを見ているエミリーヌのところだった。


「待て!」


 すぐさま後を追うジュリウスだが、初動の遅れが致命的で僅かに間に合わない。

 彼女を人質に取られた場合には為す術がなくなるジュリウスは、何とか追い付こうと全力で男の後を追う。

 そのせいで、次の反応が遅れた。


「────シッ!」

「!? ぐっ!」


 エミリーヌを人質に取ろうとしていると思っていた黒衣の男が急に振り返り、短剣を振るってきたのだ。


 黒衣の男の目的はあくまでジュリウスを殺害することであり、エミリーヌはその場に居合わせただけの無関係な存在だ。

 勿論有効であれば人質に取ることも手段の一つとしては存在するが、男からしてみればエミリーヌを人質に取ったところでジュリウスが自分の命よりも彼女の命を優先するという保証はない。

 それ故に、エミリーヌを狙う素振りを見せること自体を布石とし、ジュリウスの隙を狙ったのだ。


 襲い掛かる短剣を咄嗟に躱すジュリウスだが、全力で後を追い掛けていたために躱しきれずに左肩を深く斬り付けられる。

 カッと熱くなるような激痛に、ジュリウスは目の前が真っ赤になった。


「ジュリウス様!?」


 ジュリウスが斬られて鮮血が舞ったことに、エミリーヌが真っ青になり悲痛な叫び声を上げる。

 その声を頼りに途切れそうになる意識を何とか手繰り寄せたジュリウスは、残る力を振り絞って剣を黒衣の男に突き出した。


「ごはっ!」


 手傷を負った苦し紛れの攻撃はしかし男の喉に突き刺さり、男は剣が突き刺さったまま後方に倒れた。


 同時に、ジュリウスの方も限界が来て崩れ落ちるように前のめりに地面に倒れ伏す。

 必死に彼の名を呼ぶエミリーヌの声を遠くに聞きながら、ジュリウスの意識は薄れていった。

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