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麗人の秘密  作者: 北瀬野ゆなき
【第四章:麗人と刺客】
18/28

18:訪れた平和

「よくやったな、ジュリウス」

「おめでとう、ジュリウス」

「ありがとうございます、父上、母上」


 論功行賞を終えて屋敷に帰ったジュリウスは、両親による熱烈な祝福を受けた。

 特に、母親であるエリザベートの歓待振りは尋常ではなかった。


「無事に帰ってきてくれて良かったわ」

「ご心配をお掛けしました」


 元々、ジュリウスがラクシュルス大公国との戦争に参加すると言った時、ローゼンベルク伯爵もエリザベートもそのことに対して反対をした。ローゼンベルク伯爵が反対したのはは家長としての判断という側面が強かったが、エリザベートは純粋に母親として息子の身を案じた結果だ。

 結局、最終的にはジュリウスが何とか説得して二人の了承を得たわけだが、彼が戦地に赴いてからもエリザベートはずっと不安で眠れぬ夜を過ごしていた。

 教育方針や性格など色々と問題のあるエリザベートではあるが、彼女が母親としてジュリウスのことを心の底から愛していると言うのは紛れもない事実だった。


 そんなエリザベートだからこそ、ジュリウスが無事に戦場から帰ってきたというただそれだけで大いに安堵し喜んだ。

 更にその上、彼が多大な功績を残して名誉ある勲章まで頂いたと言うのだから、その喜び程は大きかった。薄っすらと感激の涙を目尻に浮かべ、まさにこれ以上の喜びはないと言わんばかりの喜びようだ。


「それが紅薔薇十字勲章なの?

 流石に、立派なものね」

「はい、母上」


 ジュリウスの胸元に付けられた紅い装飾の華美な勲章に気付いたエリザベートが、ジッと見詰めて感嘆を漏らした。


「滅多に与えられることがない勲章だからな。

 ジュリウス、お前はローゼンベルク伯爵家の誉れだ」

「ありがとうございます、父上」


 ローゼンベルク伯爵も、満足そうに笑みを浮かべている。

 滅多に手放しで誰かを褒めることをしない彼のその言葉に、ジュリウスも思わず嬉しくなって笑顔を浮かべた。


「さぁ、夕食にしましょう?

 ジュリウスが今日帰って来ると聞いていたので、料理長に腕を振るって貰ったのよ」

「ふむ、そうだな。

 折角の料理が冷めないうちに食べるとしよう」

「ふふ、それは楽しみですね」


 そうしてジュリウスは両親に歓待されながら、久し振りに我が家で過ごすのだった。




 † † †




 戦地から戻って数日、ジュリウスは概ね平穏な日々を過ごしていた。

 概ね平穏と言うのは逆に言えば、一部においては平穏ではなかったということでもある。

 その理由は到って簡単なものだった。


「勝負だ、ジュリウス=ローゼンベルク!」

「またですか、殿下……。

 そろそろ、陛下に怒られるのではないですか?」


 日課の鍛錬のために屋敷の裏手の広場に向かったジュリウスに、待ち構えていた青年がキッと指を突き付けてきた。言うまでもなく、彼に対抗心を燃やす王太子のデュドリックである。オルレーヌ王国広しと言え度、彼以外にこんなことをする者はいない。

 デュドリックは以前にも同じようにジュリウスのもとに押し掛けて来ていたが、ここ最近はその頻度が大きく増していた。その理由は、ジュリウスが大きな功績を上げたことを受けて、デュドリックの対抗心も更に大きく燃え上がったためだ。


「ヘトヴィヒ公子を打ち破った貴様の剣、必ずや超えてみせるぞ!」

「聞いてませんね、私の話」


 呆れたように溜息を吐くジュリウスの言葉を流して、訓練用の模造剣を構えるデュドリック。こうなった彼には何を言っても無駄であることは、ここ数日のやり取りでジュリウスも既に理解していた。

 最低一度は手合わせをしない限り、まず間違いなくこの王太子様は帰ってはくれないだろう。

 ジュリウスは諦めて軽く首を振ると、気を取り直して立ち位置を決めるとデュドリックに合わせて模造剣を構えた。


「はぁ、分かりました。お相手します。

 ですが、一戦だけにしてください。

 私もこの後、鍛錬をしなくてはなりませんので」

「何を言うか、私が勝つまで続けるぞ!」


 疲れた表情で告げるジュリウスの言葉だが、デュドリックはその内容について「認められない」と眉を吊り上げる。

 その様子を見たジュリウスは、敢えて彼の神経を逆撫でするように薄い笑みを浮かべて舌戦に転じる。


「殿下が勝つまで、ですか。

 それではいつまでも終わりそうにないですね」


 相手の調子を崩すためのあからさまな挑発だったがその効果は覿面で、元々眉を釣り上げていたデュドリックの目が更に鋭くなった。


「ほう? 言ってくれるな。

 その余裕、いつまでもつか試してやろう!」

「──────ッ」

「──────ッ」


 互いに言葉で応酬を交わした後、無言になるジュリウスとデュドリック。

 高まる緊張感は、やがてジュリウスが指で弾いた一枚のコインが地面に落ちることによって切って落とされ、二人は同時に踏み込んで剣を重ねた。




 † † †




 戦地から戻ったジュリウスの悩みは、デュドリックの件だけではなかった。もう一人、戦争に行く前とは大きく態度を変えている人物が居り、その対処についても頭を悩めていた。

 デュドリックが押し掛けてくることは以前からあり、変わったのは頻度だけなので、むしろこちらの方がより悩ましい問題だった。


「いい加減機嫌を直してくれないか、マクシアン」

「何のことだい?

 別に、僕は機嫌を損ねてなんかいないよ。ジュリウス」


 その人物とはジュリウスの親友であるマクシアンである。

 今も機嫌を損ねていないという言葉とは裏腹に、マクシアンはぶすっと膨れた顔をしている。

 明らかに不機嫌そうな態度をする親友にジュリウスは困った表情をして宥めるが、マクシアンはなかなか機嫌を直さなかった。

 尤も、ジュリウスは彼が何故機嫌を損ねているかが分からなかったため、効果的な慰めが出来ていたかと言えば疑問が残る。


「そもそも、一体何で僕が機嫌を損ねていると言うんだい?」

「それが分からないから困ってるんだ。

 私が何か悪いことをしてしまったか?」


 マクシアンが膨れている理由は、折角ジュリウスのことが心配でわざわざ当初の予定を変えてまで戦争に赴いたのに、肝心な時にジュリウスが配置換えを直訴して本隊に移ってしまったため、隣で守ることすら出来なかったからだ。

 実際これでは、マクシアンは何のために戦争に参加したのかすら分からない。


「別に、そんなことはないよ」

「それなら良いんだが……」


 しかし、その理由をジュリウスに説明するには、彼のことを心配するあまりに戦争に参加したことを言わなければならず、男性の友人に対してするようにジュリウスに接しているマクシアンとしては都合が悪い。

 そのため、あまり機嫌が悪い様子を続けていて理由を深く突っ込まれても困るマクシアンは、強引に話題を変えに掛かった。


「ところで、ジュリウス。

 戦地から戻ってから既に数日経つけど、エミリーヌ嬢にはもう会ったのかい?」


 あからさまとも言える話題逸らしだったが、ジュリウス相手には効果覿面だった。

 エミリーヌの名前が出た途端、ジュリウスはマクシアンの機嫌のことなどすっかり忘れてそちらに気を向けた。


「いや、まだだ。

 折角報償として白馬を頂いたことだし、軽く馴らしてから彼女を遠乗りに誘おうと思っているんだ」

「なるほどね。

 確かにあの白馬なら、彼女も喜ぶだろう」

「ああ、良いものを頂いた。

 それで、その時に……彼女に婚姻を申し入れようと思ってる」

「え!?」


 近々プロポーズを予定しているというジュリウスの言葉に、マクシアンは機嫌を損ねていたことも忘れて思わず素に戻って驚愕を露わにした。

 大きな声を上げたマクシアンに、ジュリウスは不思議そうな表情で問い掛けてきた。


「ん? どうかしたのか?

 戦争から戻ったら彼女に婚姻を申し入れたいと、確か以前も話しただろう」

「い、いや、確かにその話は聞いていたけど……いざ間近に迫っていると思うと驚いてしまってね」

「そうか。

 功績を上げて勲章も頂けたことだし、今なら周囲に反対されることもないと思ったんだ。

 当初の予定通りでもあることだし、躊躇う余地はない」


 確かに、戦争に赴く前にもジュリウスは功績を上げてからエミリーヌに婚姻を申し込むつもりだと述べていた。

 実際、彼は今回の戦争で多大なる功績を上げたのだから、元々考えていた前提条件は十分に満たしている。


 ジュリウスに想いを寄せるマクシアンとしては、彼がエミリーヌに婚姻を申し入れると言うのは正直嬉しくない情報だが、だからと言ってこの状況では止める理由も存在しない。

 打つ手の無いマクシアンは、思わず落胆し項垂れた。


「マクシアン? どうしたんだ?」


 不機嫌になっていたかと思ったら驚愕し、次の瞬間には哀しみの表情に。ころころと表情を変えるマクシアンにジュリウスが不思議そうに問い掛けるが、それに対するマクシアンからの答えは無かった。

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