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麗人の秘密  作者: 北瀬野ゆなき
【第三章:麗人と戦争】
14/28

14:衝突

 オルレーヌ王国北方国境付近の砦の上で、ジュリウスとマクシアンは遠目に見えるラクシュルス大公国の軍勢を観察していた。


「ラクシュルス大公国は今日も攻めて来ないか」

「きっと僕達、増援部隊が来たことで警戒しているんじゃないかな」

「そうだな、何にせよ好都合と考えるべきだろう」


 二人の言葉通り、ジュリウス達が所属する別働隊が国境警備隊が防衛している砦に入ってから数日、戦線は大きな動きを見せていない。

 砦から北に少し離れたところで布陣するラクシュルス大公国の軍勢は、攻め手を止めて砦に籠ったオルレーヌ王国軍の様子を窺っている。

 その理由は、マクシアンの言う通り、ジュリウス達の増援を受けて出方を見計らっていると見るべきだろう。


「本隊が到着するまで、後数日と言ったところか」

「早馬の報せでは北部の軍と合流して再編成を済ませたそうだから、多分それくらいだね。

 本隊が来れば、人数の上でもラクシュルス大公国の軍を上回る。

 砦を出てこちらから攻めるのは、そこからだろうね」

「当初の予定通りか。

 流石にエヴリヤック侯爵閣下は堅実だな」


 事前の手筈により、本隊が到着するまではオルレーヌ王国側から打って出ることはせず、砦に籠って防衛に専念することとなっている。

 その点においては、ラクシュルス大公国側が様子を窺って攻めて来ないことはオルレーヌ王国側にとって好都合であり、当初の予定通り敢えて刺激せずに本隊の到着を待つというのがエヴリヤック侯爵の立てた方針だ。

 国境警備隊の隊長と別働隊を指揮するエヴリヤック侯爵ではエヴリヤック侯爵の方が高位であるため、現在は彼が総指揮を取っている。なお、本隊が到着すれば、それを指揮する公爵家の者に総指揮権は移譲される予定だ。


「ラクシュルス大公国の指揮官はヘトヴィヒ公子か。

 公子という身分にありながら、剣技に優れることで有名な方だな」

「噂通り、勇猛果敢な人のようだよ。

 僕達が到着する前、砦を攻めて来ていた時には常に前線に姿があったらしいからね」

「なるほど……公子であり総指揮官である彼自ら前線に、か。

 余程、自身の腕前に自信があると言うことだろうな」


 通常、軍の総指揮官は後方において指揮をするのが一般的だ。そうすることで視野を広く保つことが可能になり、また万が一、総指揮官が死亡したら大怪我を負った場合、軍勢が総崩れになる恐れもあるからである。特に、公子のような高位の身分にある者が総指揮官である場合は尚更だ。

 しかし、ラクシュルス大公国の総指揮官を務めるヘトヴィヒ公子は積極的に前線に出て自ら兵を率いている。それは、自身の武勇に自信が無ければ出来ないことだろう。


「もしも、ヘトヴィヒ公子に勝利出来れば……」


 言いながら、ジュリウスは自身の腰に下げた剣へと視線を落とし、次に自らの両掌を見詰めた。


「ジュリウス?」

「……いや、なんでもない」


 ジュリウスの態度を不思議に思ったマクシアンが問い掛けるが、彼は首を振ってそれ以上答えることは無かった。

 マクシアンは疑問に感じていたが、その場ではそれ以上問うことはなかった。

 ジュリウスが密かにある決意を固めていることなど露知らずに……。




 † † †




 特別編成軍が王都を出立してから半月後、オルレーヌ王国北方の国境付近で二国の軍勢はついに本格的な戦闘態勢に入った。

 長らく砦に籠って防衛に専念していたオルレーヌ王国側が、本隊の合流を受けて砦から打って出たのだ。


 北部の軍と合流を果たした本隊が加わり、オルレーヌ王国は総勢七千。本隊三千を中央に据えて、右翼にエヴリヤック侯爵率いる二千の別働隊、左翼に国境警備隊の二千を置く形で陣を敷いている。

 一方、ラクシュルス大公国は総勢六千の軍勢を敢えて分断せずに、全軍を一つに纏めてくさび状に布陣していた。


 どちらの軍も、三十〜百名程の小隊が連なって構成されており、それぞれの小隊に貴族の指揮官が置かれている。

 ジュリウスやマクシアンも、それぞれ五十名程の兵を指揮する小隊長の立場である。

 指揮官も位によって騎馬の者が居たり徒歩だったりと様々だが、高位貴族の家柄である二人は馬に乗っていた。


 率いられる兵は各領地の農民や貴族の私兵が入り混じっており、手に持つ武器や纏う防具も統一はされておらずまちまちなものとなっている。

 最もオーソドックスなのは木の柄に鉄製の穂先を付けた簡易な槍であり、これを持つ兵が一番多く小隊の中では外側に集まっている。一方で、中央に立つ指揮官の周囲には剣を持つ者も居る。


 戦いの殆どは小隊同士のぶつかり合いであり、指揮官は直接戦うよりも小隊の動きをコントロールすることが役目となる。

 しかしながら、時として指揮官自身が直接戦うこともある。それは、互いの指揮官同士が宣言をして一対一で戦う、一騎打ちだ。

 一度一騎打ちの宣言が行われれば、兵達は戦闘を止めて囲みを作り一騎打ちの舞台を作り上げるのが戦場の倣い。

 一騎打ちを行っているところに横合いから攻撃を仕掛けるのは卑怯な行為であり、もしもそれを行ってしまえば名誉を逸したとして貴族位の剥奪すらあり得る。


 一騎打ちで勝利を挙げることが出来ればそれは大変な名誉であり、戦果としてこれ以上ないものとなる。特に、相手が重要な人物であったり高名な騎士などであれば尚更だ。

 そのため、指揮官と言うのは隊の動きをコントロールする要であると同時に、敵から見れば的になり易いとも言える。


 なお、申し込まれた一騎打ちを必ず受けなければならないという決まりは存在しない。

 相手が同じ程度の地位を持つ者であれば、明確な理由もなしに申し込まれた一騎打ちを逃れれば臆病者の誹りを免れないが、互いの地位に隔絶した差がある場合は上位の者は下位の者が申し込んだ一騎打ちを受けずとも体面は保たれる。公爵や侯爵といった大貴族が、男爵家の次男や三男から申し込まれる一騎打ちを逐一受けていたらキリが無いからだ。

 もしも、それらの高位にある者達が一騎打ちを行うとすれば、相手も相応の格を有していることが普通である。


「……だが、噂に聞く公子の性格ならば、一騎打ちを受け入れられる可能性はある」


 勿論、下位の者からの一騎打ちの申し入れは「受けなくても良い」だけなので、上位の者が受ければ成立する。その可能性に賭けて、ジュリウスは自身の率いる小隊ごと本隊に居場所を移していた。

 本来であれば、別働隊に所属していたジュリウスはエヴリヤック侯爵が率いる右翼に配置される筈だったのだが、直訴を行い配置変更を願い出たのだ。

 目的は、ラクシュルス大公国の軍勢を率いるヘトヴィヒ公子に一騎打ちを挑むことにある。敵軍の総指揮官に一騎打ちで勝利すればまず間違いなく最高の戦果となり得るため、戦果を求めるジュリウスにとっては賭けるだけの価値があった。

 無論、相手は公子であり伯爵家のジュリウスからすれば上位の相手となるのだが、ヘトヴィヒ公子は武を貴ぶと噂されているため、腕の立つ者からの一騎打ちであれば下位の相手であっても応じるかも知れないと踏んでのことだ。


 通常であればこのような直訴など撥ね退けられて終わりなのだが、今回は総指揮を務める公爵家の指揮官の意向により受け入れられた。指揮官は自身の武勇という点においてそこまでの自信を持たなかったし、ジュリウスの剣技については王太子であるデュドリックが何度も挑んでいることもあって国内に知れ渡っていたため、頼りにされたのだろう。実際、万が一ヘトヴィヒ公子から彼に一騎打ちを申し込まれた場合、受ければ敗北必至、受けなければ臆病者という最悪の二択を迫られることになるのだから、その危機感は正しい。


 ラクシュルス大公国は全軍を中央に固めており、オルレーヌ王国の本陣を一気に攻める狙いと見られている。一方のオルレーヌ王国の軍勢は左右に展開した布陣となっており、ラクシュルス大公国の軍勢を三方から囲い込む形で攻める構えだ。

 ラクシュルス大公国の軍勢を本陣が止められれば包囲網を敷いたオルレーヌ王国が圧倒的有利となるが、万が一本陣が喰い破られれば総崩れになる恐れもある。

 兵数においてはオルレーヌ王国側が千人程勝っているが、決定的と言える程の差はない。互いの戦法は対照的だが、どちらに勝利が転がり込んでもおかしくない状況だ。




「──────ッ!」

「──────ッ!」


 睨み合う両陣営の間で緊張感が高まってゆく。

 そして、それが頂点に達した瞬間……互いの陣営で高らかにラッパが吹き鳴らされ、戦旗が大きく音を立てて振られた。

 開戦の合図だ。


「前進!」


 開戦の合図を受けてそれぞれの小隊が前進の指示を出す中、ジュリウスもまた手に持った剣を前に突き出しながら命を下した。

 両軍は互いに前進し、やがて衝突した。

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