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あなたは美しいが冷淡だ  作者: モモンガもどき
9/18

俺が思い出に浸る所以

最初に目にしたものは真っ白な天井。

ピッ、ピッという規則的な機械音。

目だけを動かせばあまりにシンプルすぎる白い室内。

病院…

なんとなしに思いついたその場所。

しかし、それ以外はなにもわからない。

なぜ自分がここにいて、自分が誰なのかも…


しばらくして、ガラッという扉の開く音とともに1人の女性が入ってきた。

彼女は目を見開くとそのまま慌ててまた出て行ってしまう。

どうしたのだろう。

そんなことをぼんやりと考えていると、今度は慌ただしく無数の足音が響いてきた。


「時雨!?」


最初に飛び込んできたのはさっきとは違う女の人だった。

涙を浮かべながら、俺の胸に抱きついてくる。


「くるしい…」


弱々しく声を出せば、彼女ははっとしたように俺の体を離してくれた。


「ごめんなさいね。」


そう言うと、弱々しく俺に笑いかける。


「時雨くん。どこか変なとこはないかい?頭が痛いとか、どこか動かしづらいとか。」


気がつくいたら俺の近くに立っていた白衣の男性が俺に優しく話しかける。


「…いえ、特には。」


「そう。なら良かった。」


俺の言葉に彼は淡々と、そして他の人たちは安心したように息を吐く。


「あのぉ…」


俺は恐る恐る口を開いた。


「ん?なんだい?」


白衣の…たぶん医者だと思われる人は優しく微笑み返してくる。


「…説明してもらえますか?僕が誰なのか。」


その言葉によって、場の空気が一瞬にして凍っていくのを感じた。








あの最初の日から、俺の元を訪れる者はいなかった。

あの言葉をいった直後、目の前の女性は驚愕の表情で目に涙を浮かべながらわなわなと震えていた。

右側にいた医者も戸惑ったように視線を彷徨わせていた。

そして…


「…話にならない。」


部屋に入ってきてからずっと黙って見守っていた男性は、そう呟くと女の人の手をとって病室から出て行った。

意味がわからないが、『失望された』という事実だけはなんとなく伝わってきた。

そのあと俺は先生に幾つかの質問をされ、とりあえず安静にしているようにと言われて放って置かれている。

ここに来るのは検診や俺の世話にくるナースの人だけ。

混乱はしているが、特にどうすることもできなかった俺はただぼーっと窓の景色を眺めて過ごすことをしていた。




「…やぁ、こんにちわ。」


3日目にして、知らない人が俺を訪ねてきた。

20代くらいの若い男性。


「どうも。」


彼は僕のことを知っているのだろうか?

とても優しげな笑みを浮かべながら、彼は僕へと語りかける。


「俺は九条楓。時雨を引き取りに来たよ。」


「…なぜ?」


「俺と君は家族だからね。」


「…家族?」


「そう、君は今日から九条時雨だよ。」


そう言うと彼は俺の頭を優しく撫でた。

以前どういう関係だったのかは知らない。

恐らく年齢からして彼が親ということはないだろう。

血が繋がっているかだってわからない。だけど…

その頭を撫でる手が心地よく、この人なら信じても良い。

そんな気がしたのだ。


「よろしくお願いします。」


俺はそう言うと、彼に向かってぺこりと頭を下げた。








楓の家は東京にあった。

家といってもそれなりに大きなマンションの一室。

彼はその近くの会社に勤めているらしい。

彼の口から過去の自分のことが語られることはなかった。

そして、俺も幼心に聞いてはいけない。

そんな気がしていた。

だから…

楓が俺に会いたがっている幼馴染がいると言われた時は普通に驚いた。


「どうかな?もしかしたら、記憶を取り戻すきっかけになるかもしれないし。」


優しく問いかけてくる彼の言葉に俺は黙って頷いた。

ただ会ってみたいと思ったのだ。

俺に会いたいといってくれる人に。


「時雨!?」


その少女は俺の姿を見つけると俺の胸に飛び込んできた。

色素の薄い、お人形みたいな顔立ちをした女の子。

長く少し癖のある髪をツインテールにしている。


「時雨!ほんとのほんとに六花のこと忘れちゃったの?ねぇ?」


その少女は瞳を潤ませながら俺に迫ってくる。

俺は困って、助けを求めるように楓へと視線を送れば、楓は困ったように笑いながら口を開いた。


「その子は近衛六花。君の大事な…幼馴染の1人だよ。」


「大事な…幼馴染…」


俺はそう呟くと、もう1度彼女へと目を戻した。

途端に、頭の奥がズキリと激しい痛みに切り裂かれる。


「つぅっ…」


「時雨!?」


でも、それは一瞬で。

その一瞬とともにある映像がパッと浮かんで消えていく。

雲の切れ間から覗く光。

雨上がりなのか草木が濡れ、周りにはたくさんの紫陽花が見える。

そして…

1人の少女が振り向きながら俺に微笑んでいる。


「…僕と昔、庭で遊んだことがある?」


俺の言葉に六花も楓も目を見開いた。


「時雨!?」


「…思い出したのか?」


「まだ…ただ少し、映像?みたいのが見えただけ。」


俺の言葉に六花は嬉しそうにまた飛びついた。

楓もどこか少し安心したように俺に微笑みかける。


「大丈夫!そのうち戻るよ!きっと!」


そう無邪気に笑う六花に、俺は初めて笑みを返した。








とまぁ、回想に浸るのは良いだろう。

ここが教室の、テストの最中だということを考えなければの話だが。

なんで俺がテストの最中にこんなことを思い出して、さらには悶々とした気分を味わっているかというと…

全てはこの約1週間前へと遡る。



「だから、教えてくれないか。そのお前が知っている『秘密』とやらを。」


グランド端にある大きな木の下。

そう言った俺に対して綻ぶような笑顔を見せた雹は、そのままなんの戸惑いもなく俺の上に落ちてきた。


「うわぁ!おい!」


焦ったものの、俺はなんとか雹を受け止めるとその勢いのまま軽く尻餅をつく。


「ナイスキャッチです。」


そう言うと雹はとても嬉しそうにくすりと笑った。

そして、するりと俺の腕から抜け出すとそのまま走ってどこかに行こうとする。


「あっ、おい!」


「ん?なんでしょう?」


咄嗟に彼女の腕を掴んで引き止めた俺に、彼女は軽く首を傾げた。


「だから、俺の話聞いてたか?」


「はい、もちろん。」


そう言うと彼女は俺にくるりと向き直った。

さわさわと心地よい風が彼女のスカートを揺らしている。


「だから、時雨先輩は私のこと、そして『秘密』のことを知りたいのですよね?」


「あぁ。」


極あっさりと告げられる言葉に俺は少し戸惑いを感じる。

本当にわかってるのか?

それとも…教える気はないってことか?

疑心を深める俺をよそに、彼女は少し微笑みながらまたあっさりと言い切った。


「いいですよ。」


「えっ!?」


「ただし、中間試験が終わったら…ですけどね。」


そう言うと彼女は楽しそうにニンマリと笑った。


「ついでにいうなら試験が終わって、且つその成績が優秀だったら、その条件に見合った分だけの情報を教えてあげます。そしたら…頑張り甲斐がありますよね?先輩?」


そう言うと、彼女はまた軽くスキップするような調子で再び歩き出す。

このあと、予鈴が鳴り響いたことで俺が大慌てしたのはまた別の話としておこう。




つまり、俺は一大決心を軽く受け取られ、さらにテストが終わるまでお預けを食らった状態なのである。

テスト勉強のイライラと、待たされているというムカムカをいっぺんに味わった俺が、幼い頃のピュアな思い出で癒されようとしたところで誰が文句を言えるだろう?

確かにテストは大事だとは思うが、それよりも俺の過去や秘密が劣っているとは到底思えない…

というか、むしろこっちの方が大事だと思う。

そんな不機嫌になっていく俺とは反対に、雹はあの日以来ご機嫌な日が続いている。

それもまた俺を苛立たせる原因のひとつだ。


まぁ、いい。

今日で、今日の放課後には何かしらのことがわかる。

『放課後、校門前で。』

手短に送られてきたメッセージ。

でも、そこには確かに何かを意図したようなものが含まれている気がした。


ずっと過去のことはどうでもいいと思っていた。

知る必要もなければ、思い出す必要もない。

俺は「九条時雨」で今ある自分がその人生を生きているんだから。

だけど…

六花と別れ、雹と出会い、俺の記憶へと繋がる糸口を見つけては、しょうもなく疼く感情がある。

知りたい。と…


降り続く雨を睨んでから、俺は前の黒板へと目を戻す。

残りのテストはこれを入れて2教科。

それが俺に残されたリミットだ。


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