彼女と俺が付き合っている所以
なんか思ってた方向とちょっとズレたかな?
六花ちゃんのぶっ飛んだキャラを発表するのはまだ少し先になりそう…(うずうず
6月の頭。
あの日を境に雨の日がずっと続いている。
テスト期間ということもあり、図書室にはどんよりと漂う静寂と雨が刻むなんとも重々しい音が響いている。
あれから、六花は俺の元を訪れることはない。
『時雨…もうやめよう?前みたいに…ふつうの幼馴染に戻ろ?』
あの日、突然引っ越すと言いだした六花は俺に笑顔でそう告げた。
なんで?遠距離になるから?
やっぱり…あれが原因?
そんな俺の答えにはひとつも答えないで、彼女は笑った。
『またね。時雨、大好きよ。』
軽く触れるだけのキス。
付き合い始めてから2年…
初めて交わした口づけはとても甘く、苦しいものだった。
パシンッ!
頬への痛みとその鋭く鳴り響く音で俺は現実へと引き戻された。
目の前には俺の頬を両手で挟むように叩いた張本人が、睨むようにしてこちらを見ている。
「いい加減集中したらいかがですか?ぼーっと前にいるだけなら目障りです。」
彼、鷹司雹は今まで聞いたことのない低く、感情的な声でそう言った。
そんな彼の態度に俺は驚きのあまり目を見開いた。
「悪い…」
「ええ、そうです。あなたが僕にテストも近いから勉強しないかって言って今ここに来てるんです。…その気がないなら帰りますよ?」
この格好してるときにこんな感情的になるの…初めて見た。
男の格好をしているときの彼は、いつも冷静で、理知的な印象を受け、あまり感情の起伏が激しくない。
それなのに、今、この図書室という状況でさえ怒り出すということは、彼は相当俺に対してイラついているのだろう。
「…もういいです。僕は帰ります。」
「えっ、おい!」
怒りが収まらないのか、雹は乱雑に目の前の荷物を鞄に放り込むと、再び俺をきっと睨みつける。
「ひとつ言っておきます。誰がなんと言おうと、今は僕があなたの『恋人』ですから。お忘れなきよう。」
それだけ言うと、止める間もなくあっという間に図書室から出て行ってしまった。
…怒らせたな。
そう思いながらも、どこか当然かと納得している自分がいる。
あの日以来、俺は目に見えて上の空だ。
というより、気がついたら六花のことを考えてしまうのだ。
そして…雹はそれに気がつきながら今日までなにも言わずに黙っていた。
あのワガママ大魔王がである。
かなり気を遣わせたことだろう。
…でも、よく考えるとおかしな話だ。
雹。『恋人』っていうけど、お前と俺は紛い物なんだよ?
そんなレプリカのためになんで我慢したんだ?
そんなこと言ったところで、俺には雹の気持ちはわからない。
きっと彼も「気分です」とかしれっと言い放つのだろう。
そんなことを考えて言い知れない虚しい気分に囚われた。
「私、京都からこっちに引っ越すことになったの!だから、時雨、雹…またよろしくね?」
そう言った六花は「じゃあね〜」とか言いながら、颯爽と俺らに背を向けた。
「六花!待て!君は本当にそれだけを言いに来たのか?」
その姿を雹が呼び止める。
「ん〜、あとは夏至の日に本家で集まりがある…ってのはもう知ってるでしょ?それに…」
そこで六花は顔だけ振り向くと、ニコリと笑ってこう言った。
「戻ったのかと思ったけど、まだなんでしょ?そういうことってことは…」
そんな曖昧な言葉を残して去っていった彼女。そして、それになにも答えない彼。
俺はそれをただ黙って見ていた傍観者のよう。
あのあと俺はどうやって帰ったのだろうか?
何もかもがあやふやで、不鮮明…
ただ言えるのは、俺はかなり動揺したってことと、今もまだ不安定なこと。
そして…
俺は、酷く傷ついたままだったということ。
「あれ?時雨?珍しいじゃん、1人なんて。鷹司ちゃんは?」
なにもする気が起きず、ノロノロと図書室を出て帰宅している途中、俺はばったり颯と鉢合わせた。
「まぁな…怒らせた。」
「なにやってんだよ?…それって最近お前が幽霊みたいなのとなんか関係ある?」
そう言うと颯は呆れたように笑った。
こういう時、こいつはとてもいい友人だと思う。
女関係を除けば、多分最も頼れる稀有な人間だ。
相手の些細なヘルプを見逃さず、きちんと助けを出してくれるのだ。
しかも、踏み込んでいいところまでのラインとやらをきちんとわきまえている。
…まぁ、女が絡むと途端に残念だが。
「あるっちゃある。…六花に会ったんだ。」
「はぁ!?六花ちゃんって…去年に京都に引っ越したんじゃなかったっけ?」
「そうなんだけど…また戻って来たらしい。」
「ふぅーん…で?」
「…大丈夫だと思ったんだけどな。」
「…動揺したのか?」
「あぁ。」
「そのこと鷹司ちゃんは?」
「知ってる。というか、真横で見てた。」
「…そうか。」
颯はそう言うと俺の顔ををじっと覗き込んだ。
なんとも言えない居心地の悪さに、耐えきれずまた口を開く。
「…なんだよ?」
「いや、あのさ…前から気になってたんだけどさ。時雨、なんで鷹司ちゃんと付き合ったの?」
「…なんだよ急に。」
なにが言いたいのか予想できてしまう分、逃げ出したい衝動に駆られる。
「六花ちゃんのこと吹っ切れたから付き合ったんだと思ったんだけどさ…そうじゃないんだろ?じゃあさ、なんで鷹司ちゃんと付き合おうと思ったの?」
その言葉に俺は息を飲む。
「六花ちゃんを忘れるために誰でもいいから付き合った?それとも…鷹司雹だから付き合った?どっちだ?」
答えられないその問いは、なぜか俺の耳に酷く残った。