彼を気に入っている所以
この小説…変人だらけになる予感。笑
そして雹さん小悪魔なです。(てが悪魔?)
「時雨先輩、あのぉ…好きです!付き合ってくれませんか?」
「えぇ!?あー、えーっとぉ…」
昼休み、1組の男女が私のいる屋上へとやってきた。
晴天、爽やかな空の下でとても初々しい展開が巻き起こっている。
女の子の方はネクタイが赤だし、何回か見たことがある顔だからたぶん1年だろうか。
肩より少し長い、茶色っぽい髪を緩く巻いて可愛らしい印象だ。
対して男の方は面識がある。
九条時雨。高校2年生。
中性的で優しげな雰囲気をもつ青年だ。まぁ、顔はそこそこ良い方か?
ちなみに、あんな顔してこの学校の副会長であり、成績もまぁ、悪くはないらしい。私には及ばないけど。
容姿に対して言動はあっさりしてて、クール。
誰とでも分け隔てなく仲良くなれるため、意外と人望が厚いとかなんとか。
まぁ、これだけ聞けばなんも面白みもない男だ。
しかし、これが私の「彼氏」でもある。
正確には「彼氏役」であるが。
「ごめんね、気持ちは嬉しいんだけど…」
「やっぱり…鷹司さんと付き合ってるって本当なんですか?」
その女の子の言葉に九条時雨は曖昧に笑うだけ。
すると、彼女は落ち込んだように俯いた。
「そうですか…」
「ごめん。」
「いえ…」
「でも…伝えてくれてありがとう。」
ここで良い奴と思った方、騙されてはいけません。
よーく考えてみてください。
九条時雨ははっきりとした答えを1度も口にしてませんよ?
つまり、「私と付き合ってる」とも、「君とも付き合えない」とも言ってないのだ。
全ては向こうに勝手に勘違いさせて、都合の良い方に持っていっているだけのこと。
まぁ、彼はそういう人間だ。
自分の内を見せることなく、周りの人を上手く動かすのがうまいのだ。
ふらっと現れたと思ったら、いとも簡単に人の懐に入って信頼を得る。
だから、彼が自分の本心を人に話すことはほとんどない。
女の子との会話が終わったらしい九条時雨はふぅと小さくため息を吐いた。
まぁ、相手をフるという行為に若干の罪悪感があるのだろう。
「随分とおモテになるんですね?時雨先輩?」
油断してるであろうところに、上から声をかけてみる。
と言っても、顔は無表情な時点で面白がってると相手にはモロわかりだろう。
「…見てたのか?」
「はい。初めから最後まで、ばっちりと。」
私の声に驚いた様子もなく、九条時雨は少し高くなったところに座っている私を見上げる。
「随分と酷いことするんですね?はっきり突き放してあげた方が彼女のためなのに。」
「そっちは勝手に人の告白を盗み聞きするのは酷くないのか?」
私はその言葉に面白そうに口角を上げる。
私は九条時雨のこういうところが好きだったりする。
滅多に自分の意見を口にしない彼だが、ある一定の人物の前では取り繕うことなく率直に話し出す。
『慣れてしまった人間』。
たぶん彼自身自覚はないのだろうが、人と馴染みやすい分恐ろしいほどに観察能力に優れているのだ。
そしてそれは、常に近くにいる人物に対しては仇となる。
理解し過ぎてしまって、無意識な情ができるのだ。そして、燻るような好奇心も…
誰に対しても無関心な反面。彼は関心のあるものに対してはとても探究心が強い。
見え過ぎるからこそ、疑問に思い、知りたいと思う。
まぁ、ある種人間誰しももつ感情だが、彼はそれが極端に偏っている。
そしてそんな相手にだけ見せる九条時雨という人物は他のどんな人間よりも面白く、魅力的だ。
今だってこっちの非を明確に指摘しながらも、私のことを推し量っている。
案外かわいいなと思うのは、隠してるつもりの感情はわりかし目を見れば筒抜けだということだ。
「後からやってきたのは先輩ですよ?それに私が出てったら色々とめんどくさいことになりそうでしたし。」
「いや、もうこの状況がすでにめんどくさいから。」
彼はそう言うと呆れたように笑った。でも、実際その目には面白がっているような、無邪気な好奇心も見え隠れしている。
そう…彼は口では文句を言いながらも結構楽しんでいるのだ。この状況を。
全く、とんだひねくれ者だ。
「あのさぁ…俺はいつまで君の「彼氏役」を続けるの?」
少し色素の薄い綺麗な瞳が私を捉える。
「私があなたに関わらなくなったら…ですかね。」
「ふぅーん…」
今のは明らかに関心がなかったようだ。
「九条時雨、私はあなたに名前で呼ぶようにと言ったはずですが?」
「そうだったっけ?」
「はい。」
「ていうかさ、この「彼氏役」ってどこまでやればいいの?」
はぐらかされた…
「どこまでとは?」
「いや、だから…一緒に登下校、手をつなぐとかどこまで手伝えばいいんだよ。」
その言葉に私はくつりと笑った。
面白いこと聞くんですね?
なら、今考えている最終手段まで教えてあげましょう。
私はひらりと下へと飛び降りると、そのまま九条時雨の前まで歩く。
「まぁ、とりあえず…」
私はそう言うとグッと彼のシャツの襟を掴んで自分に引き寄せ、そのままキスをする。しばらく感触を味わったのち、チュッというリップ音と共にゆっくりと唇を離す。
「ここまでです。」
私はそう言うとひらりと背を向け、後手で九条時雨に手を振った。
「じゃあ、また放課後に。」
一瞬見えた狼狽えた表情を思い出しながら、私は上機嫌に階段を降りていくのだった。