彼が恋人たる所以。
「…今度はなんの呼び出しだ?」
俺、九条時雨はげんなりとした顔で彼女…いや、彼に問いかけた。
目の前にいるのは、和風美人を体現したような美少年。
初めて会ったときに背中まであった長い髪が、顎より少し長いくらいになったのはその次の日からだっただろうか。
あの入学式の日から、俺はほぼ毎日のように呼び出されては雑用を押し付けられている。
「用があったから呼んだまで。それ以外に何かあるとでも?」
そういった少年…鷹司雹は俺を見るとくつりと笑った。
その瞳には明らかに俺を面白がっていて、悪戯に光っている。
彼は入学して1週間も経たないうちに有名人となった。
学校至上最高得点を叩き出しての入学、誰もを惹きつけるその美貌、そして…とんでもない噂を引き起こす奇妙な言動によって。
「結論から言おう。君には僕の「彼氏」になってもらう。」
「……ほぇ?」
今までにないすっときょんな要求を聞いてたっぷりと2秒固まった後、アホな声を出した俺を誰が責めることができるだろう。
いや、悪いがたぶん俺は正常だ。
たとえそれがあまりに変な奇声であったことを抜きにしてもだ。意味不明なことを言われて頭が混乱しない人間がどこにいる?
この1ヶ月間、やれ図書館の場所を教えろだの、購買のパンを買ってこいだの、新しくできたケーキ屋に一緒についてこいだの散々なことを言われてきた。
というのも、俺が入学式の日にあの一方的ともいえる取引に応じてしまったのがすべての始まりであったが…
ともあれ、まだそれらはかわいいワガママで片付けられるだろう。
しかし、今回は違う。
なんたって、あの「鷹司雹の彼氏」になれと言われているのだ。
「…ごめん、もう1回言ってくれる?」
「理解できなかったのか?まさか言語処理能力に問題があるとは思わなかった。」
ぽっかーんとしている俺に対して、鷹司雹は呆れたようにため息をついた。
そして、足を組んで座っていた体制から立ち上がると、俺の目の前まで歩いてくる。
俺よりも5センチほど小さいところにある整った顔が俺にずいと近づいた。
「僕の「彼氏」になれと言ったんだ。」
そう言った彼は言葉とは反対にその表情や声からはなんの感情も読み取れない。
「いや、うん…なんで?」
俺は歪な笑顔を作りながら、彼へ問い返す。
だって、そうだろう?
急に彼氏になれって意味がわからなすぎる。
「そのほうが僕に都合がいいからだ。」
「いやいや!だからなんの都合がいいのよ!!」
至極当たり前というようにしれっという彼に俺は食らいつく。
彼はそんな俺の様子にはぁーとため息を吐くとめんどくさそうにこう言った。
「面倒な詮索を避けるためだ。知っているだろう?下世話な輩が僕によくちょっかいをかけてくるのを。」
その言葉に俺はなんとなく状況を察することができた。
…と言っても、なぜそれが「彼氏」という言葉に繋がるかは甚だ疑問だが。
『鷹司雹は性別を持たないらしい。』
そんな奇妙な噂が出回ったのは入学式からまだ3日も経たない頃だった。
というのも、本人が自己紹介でそう言ったらしい。
「鷹司に質問なんだけど…」
「なんでしょう?」
「お前さ、入学式の日女子の格好してただろ?なんで今日男装してるんだ?」
あるひとりの男子生徒の質問に彼女はこう答えたそうだ。
「男装とはちょっと語弊がある。僕は男でも女でもある…が、定まってない。まぁ、言うならば…中性というのが妥当だろう。だから男の格好もするし、女の格好もする。なにか不都合がありますか?」
などと。
…いや、不都合どころかおかしすぎるだろ。
この発言はあっという間に広がった。
そしてそれは、もともとその優秀さと容姿の良さで目立っていた彼の存在を一気に際立たせることとなる。
以来鷹司雹は日ごとに男と女、交互に格好を変えて登校してくる。
まぁ、俺も初めて目の当たりにしたときは驚いた。
驚きのあまりいろいろ質問をぶつけまくったくらいだ。
ただ、その質問もほとんどはまともに返してはもらえなかったが…
鷹司雹が男なのか、女なのか、それは本人や先生に聞いても教えてもらえた試しがない。
「それを知ってどうする?」
という鷹司雹の言葉によって、全ては謎へと葬られるのだ。
だが…人間秘密にされれば暴きたくなるもの。
最近では鷹司雹の性別を暴いたら賞金がもらえるとかいうゲームをしている輩がいるらしく、よくちょっかいを出しては彼に制圧されているとも聞く。
「この間は3人の男が一斉に来たと思ったら、男子トイレで服を脱がそうとしてきてね。ムカついたから、急所を蹴っ飛ばして沈めてやったんだが…」
そんな物騒なことをつらつらと語る彼を横目に、俺はため息を吐く。
そりゃ乱暴する奴も悪いけど、お前がそんな変なことしてなきゃ狙われないだろうが。
そう思いつつも、しゃべり続ける彼へ耳を傾ける。
たぶんそろそろ本題…なぜその結論になったかの説明がされるはずだ。
「そこで思いついたんだ。要は奴らは僕がどっちかの性別であるという判定ができれば問題ないのだと。…ということだ。僕の彼氏になれ。」
「いや、ごめん。意味がわからん。」
…どうやら、この優等生さまは肝心な説明を割愛する傾向にあるらしい。
「なぜわからない?」
「いや、まず…なんで俺と付き合うことであいつらの詮索が止まると思ったんだよ?お前が男か女、どっちかの格好で統一すればいい話だろ?」
そう言った俺に、鷹司雹はムッとした表情をした。
「だから、男と付き合っていたら自然と相手は女だろう?そう向こうが思い込めば詮索してくることはないだろう。」
「いや、男と男のカップルの可能性があるとか思われることだってあるだろ…」
そして、俺はそんな誤解を受けるのは死んでもご免だ。
「……九条時雨はゲイなのか?」
「いや!違うけど!!」
「なら、大丈夫だろ?問題はない。」
「いや、大ありだろ!!てかそんなんなら、本当の性別を教えてやればいいじゃん。なんか隠す必要があるのか?」
その言葉に鷹司雹は渋い顔をした。
どうやら聞かれたくなかったことらしい。
「…そんなに性別は重要なのか?」
「少なくとも付き合えとかいう相手が男か女かは俺にとってはかなり重要だ。」
「そうか…」
彼はそう言うと下を見て俯いた。
…正直言えば、俺はこいつの性別はどうでもいい。
ただ取引したからいうことを聞いている。それだけの関係だし。
でも…
そう思いながらも目の前の美少年?美少女?をこっそり盗み見る。
こんなめんどくさい、目立つ真似をしてまでなぜ性別を隠そうとするのか…そこには少し興味をそそられるのも事実だ。
「よし、わかった。だったら、「彼氏」ではなく、「彼氏役」で妥協しよう。そうすれば何も問題あるまい。」
「いや、そう言う問題じゃないから。」
そんなことを言ったところで俺に拒否権なんてあってないようなもの。
結局、俺がこの変人の「彼氏」役になってしまうのはもう決定事項であった。
本当に…俺が同性愛者と勘違いされたらどうしてくれるのかね?