俺が戸惑いの中で黙る所以
またしても間隔が…
頑張れ、自分。 笑
とりあえず次で1章ラストです!
「俺はそんな話は聞いてないぞ!!なぜ、勝手に奥へ通したりしたのだ!!」
「旦那様落ち着いてください!」
「落ち着いてなどいられるか!!しかも、六花と一緒だと言うではないか!いったいなんのつもりだ!!」
「旦那様!!」
通された客間で、緊張しながらもお茶を飲んでいると、廊下の方からけたたましい怒鳴り声とともに荒々しい足音が聞こえてきた。
それはどんどんこっちへと近づいてきている。
ガラガラ、バタン!
ものすごい勢いと共にその客間は開かれた。
そこには和服をきた貫禄のある、厳しい顔をした40代くらいであろうの男性…
そして、その表情を見た途端に「ああやはり」という言葉が俺の頭をよぎった。
白髪やシワも増え、あれから明らかに歳はとっているが…
あの日、目覚めた日に俺の元を訪れた男性と全くの同一人物であった。
やっぱり、この人だったのか…
薄々は気がついていた。
あのとき、俺の元を訪れたきり1度も訪れなかったこの人と、あの女の人。
彼らが俺の本当の両親であることに…
「旦那様!落ち着いてください!!どうするか決めるのなんて事情を聞いた後にでも…」
「いいからお前は黙ってろ!!」
その一言に彼の後ろから現れた気弱そうな男性は体をびくりと縮こまらせる。
「李花叔父様、お久しぶり…「今すぐ出て行け!!」
にこやかな六花の挨拶を遮り、その人は俺たちに向かって怒鳴り散らす。
その言葉に六花はびくりと震え、俺たちのそばに座っていた千代さんは「旦那様!」と悲痛な声を上げた。
「なんの要件があってこの家の敷居を跨いだ!なにもかも放り出したお前にそんな資格などないわ!!」
明らかに彼の怒りの矛先は自分、それであるにも関わらず俺は意外と冷静に周りを見ているようだった。
「旦那様!そのような仰有り用はあんまりです!!話を聞かずに追い出そうとなさるなど、言語道断といったものです!!」
「うるさい!千代は黙っていろ!!」
彼はそうやって千代さんを怒鳴りつけると、俺の襟を鷲掴みにして、俺を睨みつける。
「記憶が戻った訳ではないだろう!なのになんでここへのこのことやって来た!」
「叔父様!やめてください!」
「うるさいわ!六花は引っ込んでろ!」
そう言って、男は六花の手を払いのけた。
キャッと小さく悲鳴が上げながら、六花が床へと倒れこむ。
あっ、やばいな。
そんな緊迫した状況でなぜか呑気にそんなことを考えている自分がいる。
「時雨!さっきから黙ってないで何か言ったらどうなんだ!!」
そんな俺にさらに苛立ちを募らせているらしい目の前の父親。
そして、
「てめぇ、だからさっさと時雨を離しやがれって言ってんだよこの腐れオヤジ!!」
バタンッというすごい音と共に立ち上がった、父親へと掴みかかる完全にスイッチの入った六花。
そんな2人と今の緊迫した状況にテンパりまくる周りの人たち…
これぞカオスと呼ばれるものだろうか。
「六花!お前現当主に向かってなんて口を聞いてるのかわかってるのか!!」
「あ"あ"!?そんなのわかっての!記憶のなくなった子供を自分の権力のために平気に切るような親なんかにかける言葉なんてこんなもんで充分だろうが!!」
「なにを言っている!!」
「本当のことだろうが!!」
「2人ともお辞めになってください!!六花様も、旦那様も、それぞれ手をお離しに…」
「だいたいお前は何なんだ時雨!さっきからスカしたように黙りやがって!もう17だろうが!なんとか言いやがれ!!」
そんなカオスの中、仕方なく説明しようと口を開きかけたそのとき…
あるものに気がついた。
そして、途端に口は静かに結ばれる。
「僕が彼をお呼びしたんですよ。」
はっきりと響く澄んだ声に、場が一瞬にして静まり返った。
「…どういうつもりだ。」
「別に、なんの意味もなくお呼びした訳ではありませんよ。」
父親の低い声に、開け放たれたドアの前に立っている雹はさも淡々と、まるでたいして意味もないことのようにあっさりとそう言葉を返す。
目の前の男と同じような、それよりはいくらか小さい男物の着物に身を包んだ彼女は、何も写さない無表情で俺たちをじっと見つめている。
「その方が当主様の『お知り合い』であったとしても、今は僕にとっての『お客様』です。無粋なことは控えて頂けますか?」
とても冷静な彼女の言葉に、落ち着きを取り戻したのか、父親も俺の襟元から手を離した。それに習うように六花も彼へと掴みかかっていた手を離す。
「…説明はちゃんとするんだろうな?」
「えぇ、もちろん。この話は当主様にも悪いお話ではないと思いますよ。」
ものすごい眼光で父親が睨みつけている中、雹はそう言ってすっと目を細めた。
そして、そのまま自らも客間に足を踏み入れると、そのまま当主を上座へと促した。
男も、それに何も言わず黙ってその場所へと座る。
「…雹。」
「六花。気持ちもわかるが、今は黙っててくれないかな?」
文句を言いたげに声を上げた六花に、雹は冷たくそう言い放つ。
「お座りください。」
雹のその言葉に、俺たちは再び元の場所へと腰を下ろした。
「で、何故こんな大切な時期…夏至会の直前に時雨をここに連れてきたのか話してもらおうか。」
さっきの様子はどこへやら、とても落ち着いた声で目の前の男は雹へと問いかけた。
その言葉に、雹は小さくくつりと笑みを作った。
「だからです。時雨様には夏至会に参加して頂こうと思いまして。」
「何をバカなことを!?」
一気にまた混乱へと陥ったのか、目の前の父親は叫ぶように声をあげる。しかし、
「あまり騒がれますとお休みになっている萌黄様のお身体に触りますよ。」
という雹の一言で、彼はぐっと口を閉ざした。
雹のほうがずっと年下であるのに、まるでその雰囲気、風格は雹のほうがずっと上に見える。
「今回の夏至会は来年の次期当主確定の次回までの、最後の機会です。僕と六花、どちらが継ぐのにふさわしいのか星を今一度見極める。その場に同じく旧藤原の血を引く者がもう1人いたところでおかしくはないでしょう?」
「だがしかし、時雨は記憶を失っている。そんな人間がこの家を支えていくことができるわけ…」
「例え記憶がなくても、星が選んだ者は『絶対』です。それにいくら記憶がなくたって、あの優秀な時雨様本人なのですよ?十分に素質はあると思われますが?」
そんな雹の言葉に当主は喉を鳴らした。
その表情からは納得いかないどころか、言いたいことは山ほどあることがわかるが、それ以上なにも言えないのだろう。
…雹の言っていることは、普通に聞いているだけなら本当に正論でしかないのだから。
「だが、そんなこと…他の者たちが納得するかどうか…」
「それが星のお導きなら従うまでかと。…なにを恐れているのかは知りませんが、星がどうなるかなど私たちにはわかりません。今、時雨様が選ばれたことを考えたところでどうにもなりません。時雨様が選ばれたとき、そのときにまた周りへの対処含め考えればいいのですから。」
当主はその言葉に眉間に皺を寄せながらも、なにも言わずに黙っている。
「それに、『正統な方法』で決まった跡取りのほうが、当主様の評価も上がると思いますよ?」
最後にダメ押しと言ったように言われた言葉に、当主はさらに厳しい顔をしながらも、どこか納得したように軽く頷いた。
そんな様子に雹は満足気に小さく笑い、六花は未だ機嫌悪そうにムッとした顔している。
俺はというと、気になることは多々あるが、とにかく口を出さず黙ることへと専念する。
「…このことは雹、お前に一任する。 その意味も含め、わかっているな?」
「はい、それはもちろん。」
「……ならばいい。私はこれで失礼する。」
そう言うと、目の前の男はすっと立ち上がり、一刻も早く立ち去りたいとでも言うように部屋から出て行ってしまう。
出る直前、ちらりと俺に視線を向けながらも…
「…あんまりじゃない!!」
男の足音が遠ざかっていった途端、たまらないと言ったように六花が叫び出す。
「六花。」
「だってそうじゃない!なんで時雨があんなこと言われなきゃなんないのよ!雹も、雹よ!!あんた、あの石頭なオヤジどもを説得したから夏至会に呼ぶって言い出したんじゃねぇーのかよ!だから何もかも教えるって!!」
「…」
そんな怒り狂う六花の姿を、雹はただただ冷静な表情で見つめ返す。
そんな彼女に、六花はさらに苛立ったように盛大に舌打ちを鳴らした。
「…なんとか言えよ。白々しくシカトしてんじゃねぇーぞ。」
「…」
正直、口を挟みたい。
雹には、雹なりの考えがあるんだって…そう言って場を諌めさせられれば。
…でも、それを雹は望んでいない。
『…いいですか?記憶を戻す儀式を行うことは決して他の人には言わないで下さいね?あと、あなたは複雑すぎる立場の人間、本家に入ったら決して下手なことを喋らないよう黙ってて下さい。』
脳内に、あの水族館での最後の言葉がぐるぐると駆け回る。
ダメなのか?
尋ねるように目を向ければ、幾度となく返される無機質な視線。
…あの父親につかみかかられた時も、ただその視線に睨まれただけでその言葉が頭に蘇った。
そして今も。
俺は自分の膝の上にある掌を、ぐっとキツく握り込む。
「…六花。」
黙っていた雹が、静かに口を開いた。
その言葉に六花は鋭すぎる瞳を雹へと向けている。
「…お前の言ってることはもっともだ。今回のことは強引に進めすぎたとも思っている。だが…頼む。少し私に任せてくれないか?絶対に悪いようにしない。」
そう言った雹はひどく真剣な瞳で六花を見つめていた。
表情こそずっと無表情だが、それだけでこの人を信じたいと思わせてしまうほどに…
「…これ以上時雨が屈辱的な扱いをされるのはごめんだからな。」
「わかっている。そこは私が全て配慮する。」
その言葉に六花はまだ納得はしきってはいないようだが、とりあえず黙り込んだ。
そんな様子の彼女を見て、少し安心したように小さく息を吐き出すと、雹は俺の方に向かって今日、初めてきちんと向き合った。
「…すまなかった。私がもっと早く出迎えられたらあんなことにはならなかったのに。」
「いや…まぁ、気にしないでくれ。」
すっと頭を下げる雹に、俺は歯切れ悪くそんなことを答える。
なぁ、雹。
いろんなことをもう教えてもらったはずなのに、まだこんなにも状況が見切れてない俺はどうしたらいいんだ?
そんな言葉にならない問いさえもわかっているかのように、彼女は小さく笑みを作った。
「さて、お部屋にご案内します。」