図書カード阿修羅篇
接客は、戦いだ。
お休みの日のお話です。
昼間、アパートの部屋で大の字になって爆睡していると、玄関のチャイムの音が鳴りました。
目をこすりながら出てみると、ドアの前には見覚えのあるおばちゃんが立っていました。
寝ぼけて、ぼんやりとした頭で、そのひとが近所の八百屋の店員さんであることを思いだし、挨拶しようとすると、それをさえぎるかのようにしておばちゃんは早口で言いました。
「図書カードちょうだい」
「……は?」
意味がわかりませんでした。ここはボクんちです。図書カードなんて販売しておりません。
話を聞くと、事情はこうでした。
今日、おばちゃんは町内の子供会のイベントでくばる、贈り物用の図書カードを用意し忘れたことを思い出しました。
あわてて用意しなきゃと考えたところ、そういえば近くのアパートに本屋さんの知り合いが住んでたことを思い出し、(以前、八百屋で雑談した際に部屋番号を教えたのです)はるばる訪ねてきたそうです。
「いや、だから、うちには図書カードなんてないんですけど」
「そんなの分かってるわよ。買ってきてほしいの」
「はい?」
「だから、お金あげるから、あなたのお店まで行って、図書カード買ってきて」「ええ!いや、だったらご自分で買いにいけばいいじゃないっすか」
「わたし店番せないかんもん」
なぜか胸をはっておばちゃんは言いはります。
うへー、という悲鳴が喉元までこみあげます。
「なあ、頼むわ。どうしても、今日中に必要なんよ」甘えたしぐさで、おばちゃんが懇願します。全然かわいくありません。
ため息をついて、ぼくは了承しました。
「で、何枚いるんすか?」
「50枚。全部『御祝い、〇〇子供会』ってノシつけて包んでな。内ノシで」
「……何時くらいまでにいるんですか?」
「二時半までにお願い」
現在、一時でした。
走りました。
おばちゃんにもらった金をポケットに突っ込んで、店までの坂道をぼくは全力で走って登りました。
ひいひい言いながら店まで行き、汗だくになって図書カードの支払いをすまし、休憩室でおばちゃんへの呪祖の言葉を吐きながら、50枚全て包装しました。昔のギャグマンガのように、分裂して見えるくらい両手をバタバタさせながらノシを巻きました。その姿、阿修羅の如し(ムリヤリ)。
そしてまた、ひいひい言いながら、坂道を駆け降り、おばちゃんの八百屋まで届けにいきました。
これを読んでる方は、断ればいいじゃんと、お思いでしょうが、自分、おばちゃんにはいろいろとお世話になっていて、頭があがらないのですね、はい。
PS・ その日の夜、わざわざ遠い山のふもとにある自分の店にまで行かなくても、近所の他の書店とかで買えばよかったのでは……と思い立ち、布団の中で「チクショー」と叫びました。