触れられなかったキスの味を、僕は生涯忘れられない
僕たちは姉弟みたいに本当に仲がよくて、引っ込み思案な僕の手をいつも君が引いてくれた。
あまりにも仲が良いもんだから、一緒にお風呂も入ったりしたね。それに一緒のベットに寝たね。
でも、それもしなくなった。君は何でだ何でだって文句いって泣いたけど、しょうがないよ。
今でもよく覚えてる。小学三年生の夏、君が新しく赤い大人の自転車(僕らはママチャリのことをそう呼んでいた)を買って貰ったことを僕に自慢して。いっつもそれぞれの自転車に乗ってバカな話をして走った駄菓子屋への道を、君を後ろに乗せて、僕がせっせと漕いで走った。
その日はすごく暑くて、次の日聞いたけど、熱中症でクラスの三分の一が倒れたんだっけ?まぁ、一クラス10人くらいだったけど。僕はもう滝のように汗かいててさ。君も、結構汗かいてたよね。
君の触れる僕の背中や腹に、君の汗の湿り気が伝わって、なんかどきどきしちゃって。
駄菓子屋ついて、さぁーなに買うかーって言ってたら、君と僕は同じアイス選んじゃって、真似すんなーって怒られて、ラムネ押し付けられてさ、半ば強引にラムネ買わされたんだよ。覚えてない?もう本気であれは腹立ったー…嘘だけど。
僕は不満さで、頬を膨らました。ビー玉を落として、満足そうにアイスを食べる君を横目に、ラムネを一気に半分飲んだ。
そしたら君は、一口よこせーってワーワー喚いて僕からラムネを取り上げたんだ。
桃色の薄い唇が、飲み口に吸い込まれて、ちゅっちゅと音を立てながら細かい気泡を出す。ラムネを唇の隙間から取り込んで、きゅっぽんと、間抜けな音をを出して飲み口から離した。
僕はその一部始終から目を離せなくて。その唇から目を離せなくて。
汗で張り付いたワンピースが、吸われる唇が色っぽくて。
はじめて君を性としてみた。
ラムネを持つ君の左手の中でビー玉がきらりと光った。
それを期に僕は君とお風呂を入るのをやめたし、君と一緒の布団で寝るのも止めたんだ。
君を姉としてもう見れなかったから。
君は女で、僕は男だったから。
それでも4年生まで、君は僕に姉として接した。僕は鬱陶しくてしょうがなくて、(内容は忘れちゃったけど)酷いこと言って、君を傷つけて、大好きな君との間に、亀裂を入れてしまった。その亀裂は修復されないまま、5年生になったとき初めてクラスが離れて。それからはもうどんどんどんどん、僕らは離れていって。
で、高校に進学して、君はシルバー、僕は黒の大人自転車を買って貰って、僕ら互いに僕でも君でもない恋人が出来て、別々の自転車で別の人と一緒に並んで駄菓子屋への道を走ったね。そんで、ちょっと大人になってさ。また幼馴染みらしい関係になったけど、結局、昔には戻れなかったよね。
君も男を知ったから。
大学も、就職先も違ったけど、それでも年末年始には必ず会ってたし、たまに朝まで飲み明かしたし、僕らは順調に幼馴染みとしてやってきたね。
アスファルトがじりじりと焼かれて、セミがけたたましく鳴く、朝から熱中症で死んだ人が一人だの二人だの注意を促すニュースが流れる、雲一つ無い晴天、八月の今日。
僕と君はまたあの日みたいに、君のシルバーの大人の自転車に、君を乗せて駄菓子屋へ走る。
君はアイスを買って、僕はラムネを買う。
彼女は僕にアイスを渡して、僕からラムネを奪う。
ラムネの口が薄い桃色の唇を吸い込んで、彼女は音をたててラムネを飲む。
きゅぽんっとアホみたいな音をならして、唇を離した。
僕は唇から目を離せなくて、湿った唇に首に張り付く長い髪に胸を高鳴らせる。
ラムネ瓶を持つ左手の薬指がきらりと光る。
君が何を言うのか。僕は最初から知っていた。
「私、来月結婚する」
嗚呼、僕が生涯その唇に触れることは叶わないのだ。
触れられなかったキスの味を、僕は生涯忘れられない
お題配布元「確かに恋だった」