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続・怪談男  作者: 怪談男
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トイレの花子さん

 トイレの花子さん。あまりに有名なことから、もっともポピュラーな怪談話として位置づけられている。しかしその高い認知度とは裏腹に、話の内容に一貫性がないのも特徴だ。

 例えばトイレの右から三番目の個室をノックすると、花子さんと呼ばれるおかっぱ頭の赤いスカートを履いた少女が現れる・・・。ここまでの話は誰もが知るところであるが、ではその花子さんが現れた後はどうなる? 大いに意見が割れることだろう。

 そもそもノックの仕方、花子さんの呼び出し方でさえ地方によって異なる。ノックの回数も3回だったり5回だったり、掛け声も「花子さん、花子さん」と2回唱えたり、花子さんと名を呼んだ後に「遊びましょ」と言ってみたり、また花子さんではなくて良子さんなどと別の名称を使う土地もある。


 俺が通っていた当時の小学校で主に定着していた呼び出し方は、ちょっと変わっていた。三回ノックをして「花子さん、遊びましょう」と大声で唱える。ここまではまで普通だが、その後に、水の入ったバケツを個室の上からぶちまけてやるのだ。

 大人になった今に思うと、水を掛けるなど、花子さんの立場として考えた場合、まるでいじめられっ子に対する仕打ちのようで何とも気の毒である。しかし小学生というのは中々に残酷な生き物で、虫だろうがなんだろうが自分とは違う存在に情を寄せることができないのだ。

 水をぶっ掛ける、そんな奇抜な呼び出し方が定着したのには一つの理由がある。校舎2階男子トイレ、右から三番目のトイレは、俗に言う開かずの扉だった。

 開かずの間。花子さんの怪談話には定番とも言える設定だが、閉ざされている以上、ただ呼びかけるだけで伝わるわけがないと当時の小学生は考えた。

 その思考の結果として水掛が生み出されたのはおかしくも微笑ましい話であるが、現実問題として何度も水を浴びせられた個室の中は凄まじい惨状になっているに違いない――いいや、なっていたのだ。  

 そこはもうトイレとしての機能が失われた異質な空間に成り果てていた。かつて俺は一度だけ、不本意にも中を覗いてみたことがあった。

 花子さんの怪談がいくら有名であろうと、実践する生徒はそう多くはない。噂にある通りに手順を踏んだとしても、実際に花子さんに出会ったという話もついぞ聞いたことがなかった。

 口にしなくとも、子供ながらに花子さんがいないことは分かりきっていたのだ。ただそれでも、肝試しと称して行う生徒は少数ながらいた。俺の所属する友人グループがそうだった。ある日の放課後、どういった経緯があったか思い出せないが、そのグループで花子さんをやることになったのだ。

 当然のことながら、こちらの呼びかけに応えることはなかった。初めこそ盛り上がっていたものの、こうなる結果に落ち着くのは皆分かりきっていた。

 しかし、ただ一人納得しない生徒がいた。ガキ大将的立場の男子生徒だった。その生徒があろうことか俺に向かって言ったのだ。

「上から覗いてみ」

 当時身体も小さくて仲間内で一際立場の弱かった俺は否定できるはずもなかった。しぶしぶ水で濡れた戸に手を掛けて身体を持ち上げた。

 薄暗い中を覗き見て――固まった。

「……」

 おじさんがいた。断じておかっぱ頭の少女ではない。びしょ濡れになったおじさんが、虚ろな目でこちらを見上げていたのだ。

 ねずみ色のジャージを着た、髪の毛の薄い小太りのおじさん。椅子代わりの洋式便器の周囲にはカップメンや酒のビン、コミック雑誌などのゴミが散乱していた。何よりも悲惨だったのが、生活臭と体臭が入り混じった独特な臭いが個室内を満たしていたことだった。

 いかにも薄幸そうなおじさんの存在と相まって、さながらそこは哀愁漂う中年の部屋だった。

 俺は戸から降りるなり、ただ黙って戸の上を指し示した。

直後にガキ大将が短い悲鳴を上げて戸から滑り落ちた。

 その後、おじさんは駆けつけた先生によって職員室に連れて行かれた。職員室でどのような会話がされ、どのような沙汰が降りたのか、それは俺たちに知るところではなかった。

 それからしばらくして、件の個室は解放され、いつしか開かずの間という名称は完全に消滅していた。

 しかし、新たなる疑問が浮上することになった。

 先生の話によると、おじさんが個室に住み着き始めたのは、だいたい2週間ほど前だったという。しかしその説明に、俺を含め何人かの生徒は首を傾げざるをえなかった。

 先生の話通り、あのおじさんの存在によって開かずの間にさせていたとすると、じゃあそれ以前の開かず間とは一体誰によるものだったのか。

 

 そもそもの話、そんな開かずの間におじさんはどうやって入り込んだのだろうか?









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