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続・怪談男  作者: 怪談男
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割れ鏡

 第一準備室で鏡を割ると、その破片によって必ず切り傷を負う。

 俺の通っていた高校にはそんな怪談とも迷信ともつかないオカルト話があった。しかしただのオカルトだと言って軽んじることはできなかった。

 なぜならば、第一準備室におけるこのオカルト話が、真実であったからだ。そして真実としての確信がある以上、もはやオカルトと呼ぶのは些か奇妙な気もしないでもないが、当時の俺たちはすでに一つの現象として認識していた。

 当然、実際に鏡を割って確かめようとする生徒も少なからずいた。俺の友人もそうで、その友人Pは仲間内でも非常にずる賢い男として悪評があった。かくいう俺も何百円掠め取られたことか。

 この鏡の儀式、当時の生徒たちの間では割れ鏡と呼ばれていた。やり方は簡単だ。適当な手鏡を第一準備室に持っていき、それをどんな方法でもいいから割るのだ。すると、身体の一部、手や腕に覚えのない切り傷ができる。

 試すにあたって身体を清めたり、塩を盛ったりなど、そのような事前準備や注意事項も特にないため、誰に対しても敷居の低い儀式だった。いや、これではもはや到底儀式とは言えないだろう。

 しかしことPに至っては、そんな皆がやるような一片通りの方法で終わらせようとする気はなかった。

 割れ鏡についてPが目聡くも不審に思ったのは、傷のでき方についてだった。一度経験したことがあったPは、そのことが気になって仕方がなかったらしい。

 傷の形や大きさを見て、それが割れた破片によるものだとPは結論付けた。つまり裂傷ができるのは、鏡の破片に摩訶不思議な力が働いたせいだと言うのだ。

 だったら鏡の破片が万が一にも届かない遠く離れた場所から、遠隔操作で鏡を割ったのならどうなるか、それをPは試そうとした。

 Pは遠隔操作などと格好つけた言い方をしていたが、実際には手鏡の端に糸を括りつけただけである。Pはそれを準備室の机の上に置き、糸を垂らしながら俺たち数人の待っている室外へと出て行った。準備万端とばかりに俺たちとPは、扉に嵌め込まれたガラスを通して中の様子を窺う。

 3,2,1とカウントダウンを終えたPがゆっくりと糸を引いた。直後、準備室に割れ音が短く響いた。俺たちは床に散らばった銀色を見て、次にPを見た。けれどもPの身体に傷ついた様子は見られない。

 それまでの緊張した空気が僅かに緩み、期待はずれだったとPが一息ついた。

 次の瞬間、眼前のガラスが弾けた。

 その鋭い破裂音におののき、無様に廊下に転げ回る俺たちをよそに――誰かが叫んだ。「P逃げろ!」。

 弾かれるようにPが絶叫を上げながら廊下を駆けていった。

 「……」

 俺に至っては突然ガラスが割れたことも、Pが逃げ出したことも、状況の何もかもが理解できないでいた。ただ呆然と遠ざかるPを見送ることしかできなかった。

 それでもPが曲がり角に差し掛かった瞬間、彼が絶叫を轟かせて逃げ出した理由を一瞬で察してしまったのだった。

 真っ白な鬼婆が、包丁を持ってPを追い掛け回していた。

 白髪を振り乱しながら、小柄で骸骨のように痩せた体躯をめちゃくちゃに動かしながら走るその人型の姿に、俺は固まった。とてもじゃないがPを追いかける余裕などなかった。それは、その異形の姿を目にしながらその場から一歩も動けずに固まっていた友人達にしても同じことだった。

 結論から言うと、Pによって引き起こされた今回の儀式は、彼が救急車で運ばれる事態にまで発展した。血まみれになって倒れていたところを通り掛った先生に発見されたらしいのだ。

 その一件は瞬く間に生徒たちの知るところとなり、いつしか実習室で鏡を持ち歩く生徒はいなくなっていた。その誰もが思ってもみなかっただろう、こんなしょうもない儀式の裏に、まさか本物の鬼婆がいたことなどと。

 同時に、Pによる儀式は新たな疑問を生み出した。あの鬼婆とは一体何だったのか?

 鏡の精霊か、あるいはただPが気に食わなかったから現れただけなのか。仲間内でも幾度となく議論が交わされたものの、皆が納得できる答えが出ることはとうとうなかった。

 答えを知りたい欲求は当然ながらあったが、鬼婆に切り刻まれ救急車に運ばれていくPの惨状を目の当たりにした俺たちとしては、もう一度試そうとする度胸はなかった。

 余談だが、Pに大きな変化があった。退院したPが鏡恐怖症になっていたことが判明したのだ。

 しかし、鬼婆に八つ裂きにされた刃物こそではなく、原因となった鏡に恐怖を覚えたことを、当時の俺は意外に思っていた。

 鏡に恐怖を覚える。退院してちょっと卑屈になった当の本人もやたら不思議がっていた。
















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