восемь
「あ、あのー……若槻さん?」
はっ。
……気のせいか。
「あのー……」
はっ。
「――……あ、あああっ! はいはい! はい!」
どうやら気のせいじゃなかったらしい。
「す、すいません……若槻さん、あの……もう着きましたよ」
後部座席に俯いた状態で眠っていた俺。同じ態勢を続けていたせいで首が痛い。
窓の外を見ると、丁度目の前にペンションの入り口があった。どうやらわざわざ入り口に俺を降ろしてくれるらしい。
「ありがとうございました!」
俺は元気よくお礼をキメてセダン車のドアを開ける。
「いえいえ……では僕は裏に車を停めてから後からきますので、お先に部屋でお休みになられて下さい」
セダンはペンションの裏手に消え、俺はペンションの形をおおまかに観察。白を基調としたモダンな造りの宿で、外から見たところ食堂には二メートルあるだろうか、かなり大きな窓が設置されていて、高所に位置するこのペンションからは綺麗な雪景色が一望できるような風である。
辺りに民家など人工的なものはこのペンション以外には無く、少しさみしい気もする。
さっさとやること済ませてこのゲームのクリア要素が何なのかつきとめないと、一生この世界で生きていく事になりかねないよな……。
と、そんな未来があるという可能性に恐怖しつつも、とっととクリアにこぎつけたい思いで俺は玄関のドアを開けた。
× × × × ×
玄関から入って真っ直ぐ行った突きあたりに、受付カウンターがあった。
誰もいない。
カウンターの裏には扉があるが、スタッフルームだろうか。とりあえず俺はカウンターに置かれている呼び出し用のベルをチンッ、と叩く。ちなみに俺はこれで人がちゃんと来てくれた事は一度もない。
これは余談だが、レストランなどで会計をする時、店員がカウンターに控えていなければそのまま立ち去っても罪には問われないと聞いた事がある。
「はいはーい、今行きまーす」
二十代半ばだろうか、若い女の人の声が、スタッフルームであろう部屋から聞こえてきた。人生初、呼び出しベルで店員が出てきた瞬間である。
ガチャリ、と丸型のドアノブが回され、茶髪のセミロングの女の人が出てきた。雰囲気は穏やかなイメージで、抱擁力がありそうだ。
「すいませんっ、奥で作業をしていたものでしてっ」
軽くお辞儀をする彼女。
「いやいや! そんな、大丈夫ですよ全然!」
「すいませんほんとにっ……えと、事前に予約されたお客様ですか? ……確かお名前は、高木さん……でいらっしゃいますか?」
「あー……」
高木さんは俺と同じ部屋を予約してくれたのか? それとも別々だろうか。
疑問符を頭に浮かべて俺は続けた。
「……俺は高木さんではないんですけど、その人の予約ってツインルームを指定してたりしますか?」
「いえ、確かシングルでしたよ」
「あー、わかりました。話が変わるんですけど、予約してなくても部屋って……空いてます?」
「空いてますよ、シングルがひとつ」
そりゃよかった。高木さんに期待した分俺がバカだったものの、部屋が空いているのはいささか運が良い。
「じゃあそっちを予――――」
「はいちょっと待ったあああっ!」
俺の右。食堂へと繋がる扉が、どーんっ、という効果音でもつけようか、勢い良く開かれた。
「あっ――お前!」
「やあやあつばさくん。久しぶりじゃないか!」
まぁ第一声から気がついてはいたものの――。
そう、俺の眼前に偉そうに両手を腰にあてがい、仁王立ちをしている彼女こそ、椿だった。
「あの……椿様。ドアはもう少し優しく開けていただけると……」
「あああっ! ごめんなさい」
椿はすばやくペコリと頭を下げ、再び俺に向き直った。
「人気小説家のつばさくん。部屋はもうとってあるわよ、安心しなさい!」
人気小説家? なんだなんだ、俺がいつ人気小説家になったんだよ。
待てよ、さっき高木さんも言ってたな、「作家が~」みたいな。
もしかして俺、つまりこのゲームの主人公は小説家で、この寒い地域に小説の題材を取材しにきたってことか。それなら高木さんとのやりとりなんかも説明がつく。
と、少し焦っていた様子の受付さんが冷静を取り繕って言った。
「で、では、お二方はツインルームでよろしいですね?」
「ええ、オッケーよ」
いくら幼なじみとはいえ二人で同じ部屋は色々問題というかフラグというのがあるだろう。
が、断りきれない俺である。ゲームくらいはピンク色展開も許して欲しいところだ。
「こちら部屋の鍵です、どうぞ」
受付さんは、壁にかかった鍵を俺に手渡してくれた。キーホルダーには部屋番号が書かれていて、俺達二人はどうやら201号室らしい。
「じゃあとりあえず部屋行きましょ」
「え? ああ、そうだな……」
俺はあまりこの状況を飲み込めてないにも関わらず、椿はそうでもないようだ。いつからこいつがペンションに着いたのかも訊いてないので、後で訊き出してみるか。
意気揚々と、二階へ続く階段……へと続く廊下を、大腕を振って歩く椿の背中を追って、俺も後に続いていく。
――と、その途中。まだ一階なのだが、男子トイレから一人、初老の男性が出てきた。
まさにダンディズムといった感じで、手入れされた白髪を後ろに流している。青いポロシャツに少し似合わない感じはあるものの、なんだかかっこいいと思うのは俺だけではないはずだ。
「おっと……こんな時間にお客様ですか。わざわざありがとうございます」
『えっ?』
俺と椿は二人揃って同じ反応を示す。
「……あぁ、申し訳ない。このペンション〈風見鶏〉のオーナーであります。風間満と申します。すいませんね、自己紹介が遅れてしまって」
「いえいえ! そんなことは……」
なんだか自分よりはるか年上の人に敬語を使われるというのは何だかあまり良い気分ではない。客と店主という立場上仕方ないことなんだろうが。
「明日は吹雪になりそうなので、もし外出を予定しているのなら、無理かもしれませんねぇ」
風間さんは廊下の窓から外に降る雪を眺めて言った。屋外はまだ吹雪というほどでもない。
高木さんは雪とだけ言っていたが。
「そうなんですか……わざわざありがとうございます」
「店主ですからこれくらいのことは」
そう言って「ははは」と笑って言うと、風間さんは、
「では、私はこれで失礼致します。今夜の夕食は腕を振るうつもりですので、ご期待下さい」
と言って、俺達とは正反対の食堂のほうへと歩いて行った。
「ふーん……あの人がシェフもやるのね」
「らしいな」
俺の隣で、さっきから黙って俺と風間さんの会話を聞いていた椿が言った。
正直受付の女の人よりは風間シェフのほうが安心して料理を食べられる気がするよな。
再び自室へと向きを変えて階段を上る。階段の隅々に至るまで清潔で、文字通り埃ひとつもないクリーンなペンションだと実感した。
この宿が建って一体何年なのだろうか、少し軋む階段を、俺と椿は横にならんで二階へと上がった。
こんにちは、行方です。
こちらで真面目なあとがきを書くのは初でしょうか。少し緊張します。
RPG編とはうって変わって、「こいつ絶対RPGよりこういうジャンルのほうが書くの上手いだろ!」と思った方は10割を占めると思います。
実際僕自身も書いていて書きやすい、ぶっつけ本番で書くにしては筆がススム君。と思ったのはのヴぇるげーむ編のほうでした。
かなりこののヴぇるげーむ編に関しては自信があったりします。ゲームの設定・ジャンル上RPGとは違って少し長くはなりそうですが、RPG編のように簡単に最初からクライマックスを展開していきたいと思います。
実は、この小説のおおまかな設定は『色々なゲーム世界に入り込んで旅をする』でもあるのですが、本音を言わせていただくと『僕が書きやすい小説ジャンルを模索する』という裏設定があったりなかったりなんですね。不思議ですね。
それとこれは余談ですが、この8話のタイトル。восемьは、もうお察しかとは思いますがロシア語で8という意味です。正直話数のネタ切れといったところですね。
ではまた、次でお会いしましょう。