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2  蝶使いの少女と少年戦士  ①

「大丈夫? ケガはない?」


 留衣を引き上げて一歩下がり、小柄な少女は珍しい動物を見るような目で留衣を見上げた。


 珍しいのは、留衣も同じだ。

 少女は不思議なうす桃色の長い髪を背中に垂らし、くるぶしまである白い貫頭衣を着て、緑色の皮袋を腰に吊るしている。


「あなた、誰? ……ごめん。先にありがとうって言わなきゃね。聞きたいんだけど、あのチョウチョはリモコン操作?」

「リモコンって何?」


 少女は留衣の周囲をぐるりと回り、ジーンズとTシャツをじろじろ眺め、ふーんとしきりに感心する。


「あなた、人間ね? 今はこういう服がはやってるの? 最後に人間が来たのはわたしが生まれる前だったらしいけど、わたし達妖精と変わらない服装だったと聞いてるわ」

「妖精?!」


 留衣は目を見開き、少女をまじまじと見た。


「ここ、どこ?」

「リッシアよ」

「え……」


 リッシア――――祖父が話してくれた伝説の妖精国だ。

 あ然とする留衣の前で、銀の蝶は少女の手のひらで動きを止めた。

 じっとしている蝶は、ただの銀細工に見える。


「それ、作り物?」


 留衣が蝶に触れると硬く、羽は繊細な透かし彫りがほどこされ、どう見ても置物である。


「わたしが呪文を唱えると、本物の蝶になるけど? だってわたし、蝶使いだから」


 にっこりする少女は丸顔で目が大きく、活発そうだ。


「わたし、エルメリア」

「亜門留衣です」

「あもん? ……アーモン? あなた、アーモンなの? それはそうよね。アーモンでなければ、この世界には来れないもの」


 一人納得するエルメリアを見ながら、留衣は祖父から聞いたアーモン家の伝説を思い出した。


 遠い昔、英国のアーモン邸に植えられたオークから妖精国の王女が現れ、アーモン家の先祖と恋に落ちたという。

 それ以来、妖精の血を引くアーモン家の者が何人かリッシアを訪れたらしい。


「リッシアが本当にあったなんて。お伽話だとばかり思ってた」


 祖父が知ったら、何と言って喜ぶだろう。

 リッシアに行きたがっていたから、墓前に報告したら喜んでくれるだろうか。


「あなた、それ!」


 まるまった長い尻尾から小さな獣が顔を出し、エルメリアの白い顔がさっと青ざめた。


「魔獣じゃないの。そんな物を持ち込むなんて、許されないわよ」

「でもこいつ、化け物たちに襲われてたのよ。地下に戻したら、また襲われると思う。光には慣れたみたい。最初はまぶしそうにしてたけど」


 獣の頭をなでる留衣に、エルメリアは信じられないとばかりに目をむいた。


「追っ払ってやるわ」


 と、しかめっ面を小さな魔獣に近づける。

 金色の澄んだ目ときつい灰色の目が見つめ合い、魔獣は「みいぃ」と鳴いて留衣にしがみついた。


「やめてよ。おびえてるじゃない」

「魔獣は魔界にすむものよ。あっ」


 エルメリアの視線は、留衣の肩から吊り下げられた大剣に移る。


「……ラエンギルだわ」


 目を見開き唇をすぼめ、


「……あなた、妖精王なの?」

「は? 妖精王?」

「妖精界の王のことよ。……なわけないわね。どう見ても威厳がないし。まさか王宮から盗み出したんじゃないでしょうね」

「盗み?! そういうこと言う?! お世話になりました、さようなら」


 エルメリアは、ぷいと背を向けた留衣の腕をつかんだ。


「待ちなさいよ。盗んだのでなければ、何? どうして人間が妖精王の剣を持ってるの?」

「知らないよ。おじいちゃんから妖精国についてあれこれ聞いてるけど、王の剣だのラエンギルだのって初めて聞いたよ」


 留衣は大きく息をつき、オークの木の下で見た夢を話した。


「あなたに剣を渡したのは、ティリアン王子だわ。でもどうして……」

「持ち主は王子? どこにいるの? 会って返すよ」

「たぶん王宮。そうか、妖精国が危機にひんしてるから、王子は助っ人を呼んだのね。でもどうして人間……?」


「たぶん……? さっき、わたしが地下で困ってる時は見えたんじゃないの? あの千里眼で、王子が王宮にいるかどうか見てよ。ついでに道を教えてくれる?」


「何にせよ、いつまでもこんな所でくすぶってるエルメリア様じゃあない。王子に召喚された人間なら、手柄を立てるかもしれないってことよね。そうは見えないけど」

「わたしの話、聞いてる?」


 顔の前でひらひら手を振る留衣に目をとめ、エルメリアはパッと笑顔になった。


「聞いてる。千里眼ね。正体は、これよ」


 急ににこやかになったエルメリアが指し示したのは、いく重にもからまった太い木の根と、その中心に置かれたアメ色の岩である。


 岩は3m四方ほどありそうで、いびつな形で奥行きが浅く、自然が作り出した鏡のようだ。


「アシュタリエンの樹脂が根をつたい、ここに集まってくるの」

「アシュ……?」

「アシュタリエン。リッシアのオークのことよ。岩は、コハク鏡と呼ばれているわ」


 コハクは宝石として扱われているが、樹脂が地中で固まって出来たものだ。

 宝石と言えば母親が持っている首飾りや指輪しか思い浮かばない留衣は、こんなに大きなコハクがあるのかと目を丸めた。


「コハク鏡には、魔界の様子やアシュタリエンの意思が映し出されるの。あなたが魔物におそわれているのが見えたから、蝶を送ったのよ。無事で良かったわ」

「……感謝してます」


 急にあいそ良くなったエルメリアを薄気味悪く思いながら、これはオークの根なのかと、留衣はからみ合う巨大な根を見やった。



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