表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/25

1  女子小学生、妖精国へ行く  ②

 無意識のうちに剣をかばい、背中から落ちて悲鳴をあげた。


「痛ッ! ……くない?」


 背中が硬い地面にぶつかったと思ったが、痛みはなかった。

 うすぼんやりと光る剣のさやを左手で押さえて立ち上がり、用心深く周囲を見回す。


 うす紫のかすみは消え、真っ暗闇がただ広がって、何も見えない。

 足裏からしんしんと冷たさがのぼって来て、寒さと恐怖に体をふるわせた。

 あたりは不気味に静まり返り、聞こえるのは自分の荒い呼吸音と、かすかに耳をかすめる唸り声。


(何か出たら、ぶった切る! 幽霊だろうが妖怪だろうが、ぶった切る! それしかない)


 勇気をふりしぼって剣を抜き、あ然とした。


「持ち上がらないよー」


 剣は鉛でできているかのように重く、両手を使ってようやく腰の高さまで持ち上げ、力つきて切っ先を地面に落とした。

 重すぎて使えない……。


 顔から、血の気が引いていくのがわかる。

 あざわらうかのように一対の赤い眼が現れ、彼女は身がまえた。

 敵意に満ちた無数の赤い眼が、彼女を取りかこむ。


 剣のさやが放つ光にぼんやりと照らし出された眼の持ち主は、動物とも人間とも言えない奇怪な姿をして、じりじりと近づいて来る。


 一匹が大きく口を開け、黒ずんだ牙を見せて彼女に飛びかかった。

 夢中で剣を横ざまに振ると、化け物は胴体を真っ二つに切り裂かれて消えた。


(使える――――!)


 振り上げることは出来ないし、横に振るのが精一杯だけど。

 小学1年生から3年間、剣道教室に通った彼女は竹刀と剣の違いはあっても、柄を握ることに抵抗はない。


 剣の重さにふらつきながら、懸命に正眼の構えをとった。

 ふいにまぶしい光が現れ、目がくらんだ。

 銀色の蝶が光を放ちながら頭上から降りて来て、ひらひらと飛びながら去ろうとしては止まり、止まっては動き出す。


(ついて来いと言ってるの?)


 一瞬だけ迷い、留衣は重い剣を抱えてそろそろと歩き出した。

 化け物たちは光を怖れるかのように闇の中で息をひそめ、なりゆきを見守っている。

 蝶の光に照らされ、化け物の背後にそびえ立つ大きな白い樹木が映し出された。


 根らしきものが枝分かれし、闇のかなたに消えて行く。

 中央にあいた穴から一匹の小さな獣が現れたとたん、化け物たちの赤い眼は留衣からそれ、獣に向けられた。


 小さな獣は小猫に似ているが、背中に羽がはえている。

 化け物たちが、小さな獣におそいかかった。

 かみつかれ爪で引き裂かれた悲痛な鳴き声が、闇の中にひびき渡る。


「やめなさいよ!」


 夢中で剣を振り上げ、留衣は駆け寄った。


「ここ、弱肉強食なの?」


 剣を振り回し、化け物を追い払う。

 蝶が舞い戻って来て照らすなり、化け物たちは素早く闇の中に逃げ込んだ。


「今のうちよ。早くお帰り」


 小さな獣に「しっし」と声をかけたけれど、ケガをしているせいか動こうともせず、金色の澄んだ目で彼女を見上げている。

 何となく放っておけなくて、片手で獣をつかみ、巣穴まで運んだ。


 銀の蝶に照らし出された穴は、中も外も白い固形状のものにびっしりとおおわれている。

 祖父が苦労して取り除いたオークの白カビに似ているなと思いながら、おそるおそる触れてみた。


 冷たい――――。


 木に寄生するカビではなく、真っ白な氷らしい。

 小さな獣を巣穴の前におろそうとしたが、手にしがみついて離れない。

 引きはがそうとしても、離れまいと必死な様子だ。


「そっか。もう少し安全な場所で暮らしたいんだね。気持ちは分かるよ」


 巣穴の周囲では、無数のよどんだ赤い眼が光っている。


「住みやすそうな所でおろしてあげる」


 留衣はそう言って小さな獣を肩に乗せ、歩き出した。

 振り返ると蝶の放つ光が円を作り、周囲に赤い眼がびっしり張りついている。


(化け物が、ついて来てる――――)


 背筋がぞっとして、さやに収めた剣の柄を握りしめた。

 おそって来たら、返り討ちにしてやる。

 女の子だからって、なめないでよ。

 やる時はやるんだから!


 木の根に沿って飛ぶ蝶について行き、どのくらい歩いただろう。

 細い根が複雑にからみ合っている場所で、銀の蝶は上昇を始めた。

 上方に光が見え、風が吹き下ろして来る。


「木登りか。おまえはどうする? 光が苦手なら、ここでお別れよ」


 剣のひもをしっかりと肩に掛け直し、肩にしがみつく小さな獣を優しくなでた。

 全身が真っ黒な獣はなめらかな手触りで、猫に似た金色の目をまたたかせている。


 長い尻尾が風に吹かれてふさふさとなびき、背中の羽は小さく丸まって、この羽じゃ飛べないだろうなと思う。

 獣がTシャツに爪を立てたままなので、留衣はため息をついた。


「つらくなったら言ってよ。途中でおろしてあげるから」


 木の根はデコボコが多くて登りやすく、あっと言う間に蝶に追いついた彼女は、まぶしさに目を閉じた。

 何度かまたたきして視線を上げると白い手が伸びていて、手の持ち主が上からのぞき込んでいる。

 うす桃色の髪と灰色の瞳を持つ、留衣と同い年くらいの少女がいた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ