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5  翼の魔獣と光の呪文  ②

 風をさけようとゼウスの首に顔をうずめ、気がつくと神殿の上空まで来ていた。

 咲き誇る薔薇に包まれて建つ円形の白い神殿は、五つの白い建物に囲まれ、五枚の花びらを持つ花のようだ。


 庭先でゼウスから飛び降り、神殿の中に駆け込んだ。神官たちは妖精郷に渡ってしまい、誰もいないはずなのに奥から声が聞こえる。

 そっと足を忍ばせて進み、柱の陰から最奥の部屋をのぞき見た。

 壁面から木のコブが突き出し、その下にある穴の前で、2人の蛮族が退屈そうに立っている。


「ぐるるるる……」


 うなり声を上げて飛び出したゼウスが、2人に襲いかかった。


「うわあっ」

「何だ、こいつ!」


 床に倒れ込んだ蛮族の横を、留衣は全速力で駆け抜けた。

 下へと続く階段を下りきると、広々とした地下空間が現れ、両側の壁に埋められた色とりどりの宝石が、まぶしい光を放っている。


「おまえ、どこに行く気だ!」


 蛮族の一人が、階段の最上部でどなった。

 からまり合うアシュタリエンの根。地下に降りようと足をのせた留衣の横に、ゼウスがすべり込む。


「乗せてくれるの?」


 ゼウスの背に抱きつくや、魔獣は魔界に向かって飛翔した。

 耳元で風がうなり、降下するにつれ肌を刺す冷気がおし寄せてくる。

 前を見ても横を見ても、暗闇があるばかり。

 その中をゼウスは何もかも見えているかのように、目的地までの道筋を知っているかのように駆けた。


 どのぐらい走っただろう。

 遠くに薄ぼんやりと光が見え、ゼウスは速度をゆるめた。

 留衣の肩にとまっていた銀の蝶が、光を放ちながら飛び立つ。

 おぼろな光の中にアシュタリエンの凍りついた根が浮かび、そばに立つ者がいた。


 首にかけた円形の金属板が神々しく輝き、銀の蝶と同じ働きをするようで、闇にひそむ魔物たちが遠巻きに囲んでいる。

 首飾りの上にある顔を見て、留衣はあっと息を呑んだ。


「グリン!」

「よう! ここで会うとはな」


 赤い髪の少年はにやりと笑い、片手を上げた。

 長い三つ編みを背に払うしぐさは優雅だが、風貌が盗賊のようで、留衣は思わずラエンギルに手を置き、アシュタリエンの根に目を走らせた。


 よかった――――。傷つけられてはいないようだ。

 グリンは、ここまで歩いて来たの? たった一人で?


「おっと、剣を抜くなよ。こんな所で切り合ったら共倒れだ。ひとまず休戦しよう」

「さっさと退散しなさいよ。見逃してあげるから」

「見逃す? へえ、優しいところもあるんだな」


 笑っている彼の顔に腹を立て、留衣はこぶしを握りしめた。


「あんたと喋ってる暇はないの。早く氷を溶かさないと」

「できるのか?」


 グリンの顔が、真剣なものに変わる。


「もしかして、氷を溶かそうとしてたの?」

「リッシアを手に入れても、アシュタリエンが枯れたんじゃ意味ねえからな。ルトガーによると、病をなおすには心の魔術がいるらしい。心をこめて風を起こし、氷を吹き飛ばそうとしてたんだ。駄目だったけどな」


 グリンはそう言い、肩をすくめた。

 心――――その言葉にひびくように、留衣は庭仕事にせいを出す祖父の姿を思い出した。

 心の魔術――――。


 幼い頃、枯れた枝を緑に変え、しおれた花を元気に咲かせる祖父を、魔術師だと信じていた。

 どうしたら魔術師になれるのと尋ねる彼女に、祖父は笑いながら胸に手を置いた。

 ここに――――魔術がある。


(魔術の力は、心にある――――)


 留衣は目を閉じ、オークにこびりついた氷の膜に触れた。

 心に浮かぶのは激しく攻撃的な炎ではなく、ほんわかと安らぎある祖父母の家の暖炉だ。


 冬休み。あかあかと燃える暖炉の火が、暖かく迎えてくれた。

 あの温もり。

 かじかんだ手のこわばりを、見る見る溶かしていく魔法の火。


 暖炉の上に置かれた鍋をかき回す祖母。

 絵本を読んでくれた祖父。

 いつだってにっこり笑い、心にしみ通るような声音で言ってくれた。

 ――――留衣、I LOVE YOU.


(おじいちゃん――――)


 優しい手つきで土をいじり、花や木に話しかけていた祖父。

 I LOVE YOU.――――。

 それが、魔法の呪文。花や木を元気にする魔術。


「I LOVE YOU……」


 小声でつぶやき、留衣はありありと思い浮かべた。

 けぶるような暖炉の火を。

 ゆっくりと愛おしむように氷を溶かす、暖かい火を。


 目を閉じたまま額を氷につけると、自分のものではない意識が伝わって来る。

 開かれた彼女の心に、アシュタリエンの悲しみが流れ込んだ。


 若い木を次々と持ち去る妖精たち。

 子供を奪われ、親子兄弟が離れ離れになったオークの、声にならない声があふれ出す。

 この悲しみを妖精たちに伝えたい――――言葉が欲しい――――声が欲しい――――。


 オークの意識と留衣の心が重なった時、両手が光を放った。

 柔らかな光が、少しずつ愛おしむように氷を溶かしていく。


「留衣……!」


 グリンの声に、留衣ははっと顔を上げた。

 いつの間にか、涙が頬を伝っている。

 手の甲で目をぬぐい、目の前の光景に驚いた。

 氷の膜が溶け落ち、彼女の身長ほどの穴があいている。

 ゼウスが長い尻尾を振りながら中に駆け入り、姿が見えなくなった。


「ゼウス、待って」


 恐る恐る中をのぞくと真っ暗で、隣に立ったグリンが先に足をふみ入れた。

 彼女の肩に降りた蝶とグリンの首飾りに照らされ、ぼんやり映し出された根の中は、直径十メートルくらいのいびつな円形である。


 壁にも地面にもびっしりと氷の膜が張りつき、光を乱反射してダイヤモンドのようにきらめいている。

 凍りつきそうなほど寒く、留衣は体をふるわせながらゼウスを探した。

 魔獣は空洞のすみで、氷の塊を懸命になめている。


「ゼウス、それ……」


 氷には、大量のどんぐりが閉じ込められていた。



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