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5  翼の魔獣と光の呪文  ①

 夜になり、留衣は王宮の屋上に上がった。

 おうとつのある石壁は彼女の胸ぐらいの高さで、そばに立つと国土のはるか彼方まで見わたせる。


 ほの明るく蒼い空の下、果てしなくつづく花園に囲まれて、ぽつんと立つ一本の樹。

 その周囲から歌や笑い声が聞こえ、ちらちらと火が見えた。

 蛮族たちは、ツリガネ草ではなく火を明かりに使うらしい。


 ルトガーは、約五百の兵士をリッシア内で、残りを黒の森の外で野営させている。

 留衣が聞いた話では、彼は魔術を使ってアシュタリエンの氷を溶かそうとし、うまく行かなかったらしい。

 森の王を従わせるルトガーをもってしても、いやせないアシュタリエンの病。


(わたし、何やってるんだろう――――)


 留衣は目を閉じ、低くうめいた。

 ここに来て2度目の夜をむかえるのに、何の役にも立っていない。

 あせりと不安が胸の中でもやもやと渦を巻き、じっとしているのが辛くなって来る。


(何かしなければ――――)


 そればかりを思い、たえず火を意識にのぼらせているが、グリンがつむじ風を起こしたようには起こせない。


「魔界に降りて、アシュタリエンの根に行ってみようか。でも……」


 魔界のあの怖ろしさ。

 自分を取り囲んだ赤い眼を思い出すと、胸のあたりがヒヤリと冷たくなった。

 足もとに横たわるゼウスの隣にしゃがみ、真剣な眼差しを魔獣に注いだ。


「氷を溶かせないんじゃ、行っても意味ないよね。昼間はしゃべったじゃない? あんな感じで何か言って。わたし、どうしたらいい?」


 ゼウスは、クルルルと奇妙なうなり声をあげるばかりである。


「留衣、ここにいたの」


 声がして、振り返るとエルメリアが深刻な表情で立っていた。


「王子様の具合はどう?」


 留衣が尋ねると、エルメリアは首を横に振る。

 ティリアン王子は王宮に戻るなり倒れ、医師団とともに、部屋にこもってしまったのである。


「眠りにつかれたそうよ。『白呪』の覚めない眠りに。もうおしまいだわ」

「そんなこと言わないで」


 涙をぬぐうエルメリアを見ながら、留衣はまぶたをパチパチさせた。

 ティリアンが、覚めない眠りについた――――。

 ベッドに横たわり、眠ったままヤーフェンの大船に乗せられ、もう話もできない。

 ――――二度と会うことも。


「ジークリート伯爵が、兵舎まで来るようにって。辺境軍に奇襲をかけるそうよ」

「ティリアンは、リッシアを渡すと言ってたよ」

「そうらしいわね。でも、兵士たちは納得してないみたい。とにかく来て」


 留衣とゼウスはエルメリアに連れられ、地下の兵舎に向かった。

 倉庫に似た広い部屋で、80人余りの兵士が床に腰をおろし、四すみに置かれたツリガネ草がうす暗い明かりをともしている。


「私は戦うために家族と別れ、リッシアに残った。無傷でかの地に渡るつもりはない」


 一人の兵士が言い、部屋に入って来た留衣に会釈した。


「我々全員がそうだ。戦うために、今ここにいる」

「ティリアン王子は、リッシアをわたすと言いましたよ」


 留衣は思わず口走り、みなの注目を浴びて赤くなった。


「彼は、平和主義者だからな。我々は違う」


 ジークリートが、静かに言う。


「敵も、我々がおとなしくリッシアを引き渡すとは考えていない。攻撃を避けるためにアシュタリエンのそばで野営し、万一に備え自軍の半数を森の外に置いている」

「伯爵の計算通りでしたね。アシュタリエン近くに、わなを仕掛けた甲斐がありました」


 わな――――。

 兵士が運んでいた木の杭と関係があるんだろうかと、留衣は考えた。


「勝算はある。王室蝶部隊は森の外の敵を叩け。地上部隊は、アシュタリエンに向かって進軍する」


 ジークリートが全員を見回して言い、兵士たちが一様にうなずく。

 今度こそ、戦争が始まる――――。

 留衣は、震える声を発した。


「辺境軍は、アシュタリエンの周囲で火を焚いています。攻撃したら、アシュタリエンに火が移りませんか? 木が燃えたり、傷ついたりするんじゃないですか?」

「アシュタリエンは凍っている。忘れたのか」


「だから? 凍ってるから火を使っても大丈夫だとでも? そんなわけないでしょ。アシュタリエンが燃えて枯れてしまったら、妖精界は終わりでしょう? 戦いは、アシュタリエンから離れた場所でやってください。出来れば、戦争なんかやめてください」


「敵は、あの場所から動くまい。我々がアシュタリエン近くを攻撃することはないと考え、油断しているはずだ。そこに、つけ入る隙がある」


「アシュタリエンのことは、考えないんですか?」

「配慮する」

「どんな風に?」


 ジークリートは、冷たい表情を返すばかりである。

 勝つこと優先で、きっとオークは後回しにされる。

 留衣の心に、伝説を聞かせてくれた祖父の声がよみがえる。

 妖精界は原初、オークの世界だった――――。


「オークの世界に、あなた方は移り住んだんでしょう? オークはあなた方を歓迎したのに、あなた方はオークを滅ぼしてしまった。祖父は言ってました。オークが『白呪』にかかったのは、家族をばらばらにされたからだって。新しい国を造るために、森のオークを一本ずつ森から引き離したんでしょう? オークは孤独に弱いんだと祖父は言ってました」


「オークの病は、我々のせいだと言いたいのか」


 ジークリートの美しい眉が、ひそめられる。


「お願いですから、あと少し時間をください。魔界に降りてみます。幹の氷は溶かせなかったけど、根なら……。何か方法があるはずです。だってオークは、わたしを選んでくれたんだもの。何かできるはず」 


「準備が整いしだい、攻撃を開始する。それまでの時間ならば与えよう。各自、持ち場につけ」

「そんな。待って……!」


 ジークリートの言葉を最後に、兵士たちが立ち上がった。

 準備が整うまでって――――。

 どのくらいの時間があるんだろう。

 ほとんど無いんじゃないの?


「エルメリア! 神殿まで、わたしを送って」


 留衣が言うと、エルメリアは泣きそうな顔になった。


「ごめんなさい。シェーラをこれ以上、疲れさせたくないの。だって王室蝶は、石置き場と敵の上空を何往復もして石を落とすのよ。もし力つきて敵の近くに落ちてしまったら……。わたしはいいの、妖精郷に行けるから。でも蝶は、妖精郷には行けないの」


「……どこに行くの?」

「わからないわ。人間界とも妖精郷とも違う、どこかよ。ごめんなさい。あなたは大切な人だけど、命を失っても人間界に戻れるから……でもシェーラは……」


 シェーラを守りたいエルメリアの気持ちは、痛いほどわかる。

 留衣は、無理をして微笑んだ。


「あなたの言う通りよ。気がつかなくてごめん」

「いいのよ。そうだ、これを持って行って」


 エルメリアは皮袋を探り、ぎょっとする留衣を見上げ、にこっと笑った。

 彼女がつかんでいるのは、蝶の置物である。

 彼女が小声でささやくと、銀色の羽が動き出した。


「留衣から離れないで。留衣の命令に従って」 

 

 歌うようなエルメリアの声に乗り、蝶は羽を広げて飛び、留衣の肩に舞い降りた。


「魔界の魔物は光を嫌うから、蝶の光があなたを守ってくれるはずよ」

「ありがとう。あなたを守れなくて、ごめん。急いで戻って来て、わたしも戦うから」


 間に合うかな――――。

 留衣は、地上に向かう階段を大急ぎで駆け上がった。

 神殿まで走らなければならない。

 庭先に出た彼女の前に、ゼウスが飛び出した。

 鳥に似た翼を大きく広げ、彼女の行く手をさえぎっている。


「……乗れと言ってるの?」


 ささやくとゼウスが振り返り、背中を彼女の腹部に押しつけた。


(やっぱり乗れと言ってるんだ――――)


 魔獣の背は広く、自分一人ぐらい乗れそうだ。

 急いでゼウスにまたがり、首の毛をつかんだ。


「痛くない? 重くない?」


 ゼウスは答える代わりに一声吠え、全速力で駆け出した。


「きゃあっ」


 小さく叫んで背中にしがみつく留衣を乗せたまま、大地をけり空中に飛び上がる。

 シェーラのような優雅な乗り心地とはほど遠く、ゼウスは野生馬のように空中を駆けた。


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