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4  黒の森とはがねの魔術師  ③

 ジークリートと別れ、中庭に出ると王室蝶部隊が羽を休めていた。

 シェーラは金属で編んだよろいをまとい、エルメリアが羽先に刃を取り付けている。


「おはよう、エルメリア」

「おはよう、留衣。よく眠れた?」

「まあまあ」


 エルメリアは背中に剣と矢筒を背負い、肩に弓をかけ、いぶかしそうに目を細めてゼウスを見やった。


「魔獣ったら、この世界にすっかり慣れたみたいね。魔界に帰りたそうな素振りもないし、変な奴」

「ただの魔獣じゃないもの。アシュタリエンの根に住んでたんだから」

 

「それなのよねえ。アシュタリエンが病気になったのは、ゼウスのせいだとは考えられない? 魔物が巣穴を作ったから、病気になったんじゃないかしら」

「そんなわけないでしょう」


 口ではそう言ったものの、留衣の心臓がどきりとした。

 アシュタリエンの病気は、ゼウスのせい……?


 中庭に、武装した20人ほどの兵士が集まっている。

 みんな表情が硬い。


「……20人がアシュタリエンの守りにつき、20人が黒の森に向かい、40人が王宮に残る。合計80人ちょっと。これって戦力として多いの?」


 留衣が小声で尋ねると、エルメリアは沈んだ表情でささやいた。


「多いわけないじゃない。敵は千人を超えてるっていうのに」

「えっ」


 千の敵に対し、味方は八十――――? 

 経験のない自分でさえ、お話にならないのがわかる。


「これより黒の森に向かう」


 ティリアンが現れ、静かな声をひびかせた。

 銀の鎖を編んだよろいをまとい、銀の額冠サークレットをかぶっている。

 体調が良くないのだろう、顔色が悪い。


「黒の森は、長い間リッシアを守って来た。今度も敵を通さないと信じている。もしもルトガーが魔術を使うならば、僕が応戦する。僕が倒れたら、その時はみなの出番だ。奮闘を期待する」


 千対八十なのに、ティリアンは本気で戦うつもりなんだろうか。

 わたし、死ぬかもしれない――――。

 お腹の底がふるえ、留衣は深呼吸した。


 らなければ、られる。

 千対八十なんだから、確実に殺られる。

 嫌な気持ちだ。気分が悪い。

 エルメリアと一緒にシェーラに乗り、尋ねた。


「ルトガーは、どんな魔術を使うの?」

「黒の森を通れるってことかしら。黒の森は、リッシアに敵対する者を通さないはずなんだけど」

「木を操るってこと?」


「そうみたい。ルトガーは、辺境の各部族の代表者を連れて黒の森を通り抜け、アシュタリエンまで行ったらしいの。蛮族がアシュタリエンに近づくなんて許されるはずないんだけど、許されちゃったのよね。それ以来蛮族はルトガーを崇拝して、救世主と呼んでるんですって」


「ルトガーが魔術を使ったら、ティリアン王子が応戦すると言ってたけど。黒の森は、どっちの味方をすると思う?」

「むずかしい問題よねえ」


 エルメリアは、首をかしげた。


「黒の森は、2番目にリッシア王に忠実なはずよ。ティリアン王子は王の代理をつとめておられるから、森はティリアン王子の命令を聞くはず」

「2番目……?」


「1番は、アシュタリエン。黒の森は、誰よりも何よりもアシュタリエンに従うわ。だからね、もしも黒の森がティリアン王子よりルトガーの命令に従ったら、蛮族たちは舌なめずりして喜ぶでしょうね。連中、アシュタリエンがルトガーを人間界から呼んだと言い張ってるから」


「えっ」


 留衣は、目を見開いた。


「ルトガーって人間なの?」


 エルメリアの灰色の目が、まっすぐ留衣に向けられる。


「そう。ルトガーは人間で、死者らしいわ。『果ての海』に流れついて、魂の漁師からよろいを貰ったんですって。でもね、過去に人間の死者が妖精の指導者になった例はないし、魔術師になった事なんて一度もないの。そこにはアシュタリエンの意志と神秘の力が働いてると、蛮族たちは言うのよ」


「何のためにオークが死者を呼ぶの? 死者の魂は、すぐに消えてしまうんでしょう?」

「オークの意志については、わからないわ。でも蛮族にすれば、絶好の機会よね。ルトガーを新しいリッシア王にして、彼が消えたら蛮族の誰かが王になるんでしょう。それが連中のねらい。いずれは自分たちが、リッシアの支配者になろうと考えてるのよ」


 ふうっと留衣は息を吐き出し、人間がもう一人いるのは何を意味するんだろうと、ぼんやり黒の森を見やった。

 黒々とした森の向こうで、黒い群れがアリのように行列を作っている。


(妖精の大群――――?!)


 荒れた大地の彼方から、妖精が列をなして歩いて来る。


「辺境軍よ。やっぱり千人ぐらい、いそうよね」


 エルメリアが泣きそうになって言い、留衣は落ち着こうと努力した。


「あの妖精たちは、蝶に乗らないの?」

「王室蝶が生息するのは、リッシアを含めた数か国だけなの。花蜜を集める使役蝶すら、連中は持ってないわ。自分の手で花蜜を集め、自分の足で遠い道のりを歩く。そういう暮らしが、野蛮で下品な奴らを生むのよ。乱暴な犯罪者集団に、わたしは切られたり刺されたりするんだわっ」


 エルメリアが、両手で顔をおおう。


「落ち着いて。公爵になるんでしょ? 弱気なこと言ってどうすんの」

「はっ、そうだった。大貴族になるまで死んでたまるものですか」

「シェーラに乗って、どうやって戦うの?」

「上空から石を落とすのよ。シェーラには申しわけないけど、ガンガン働いてもらって、ガンガン落としてやるわ。矢もガンガン射てやる」 


 留衣は、悲壮な決意のエルメリアから黒の森に目を移した。

 うっそうと茂る木の枝々がくねくねと動き、密接にからまり合い、鋭いトゲを持つ野イバラが加わって自然のへいを作り出している。


 まるで辺境軍の不穏な気配を木々が感じ取り、アリ一匹通すまいとしているかのようだ。

 ひときわ巨大な樹木の前に開けた場所があり、王室蝶が順に降りていく。


「無事に生き残って、わたしを公爵にしてね」


 エルメリアはそう言い残し、留衣を降ろすやシェーラと共に舞い上がった。

 王室蝶部隊は、別行動をとるらしい。

 

 黒い樹木の枝と野イバラで出来たへいが、えんえんと続いている。

 触れるとトゲが突き出し、留衣はあわてて手を引っ込めた。

 ――――生きてるみたい。

 

「留衣、こちらへ」


 手まねきされ、ティリアンのそばに歩み寄った。


「しばらく、ここにいてください」

「敵は、この道を通るんですか?」


 留衣が尋ねると、ティリアンは青白い顔を傾け、ほのかに微笑んだ。


「少なくともルトガーは、ここに来ます。黒の森を開くかどうかは、森の王が決めますから」

「この木が、森の王?」


 留衣は黒い巨木を見上げ、その迫力に圧倒された。

 幹は八抱え以上あり、八つに分かれた先でさらに細かく枝分かれし、天空に突き刺さるようにそびえ立っている。


「立派な木ですね」

「リッシア創成の折に植えられた木で、他の木は彼の子孫に当たります」

「この森すべてが子孫?!」


 樹齢はどのくらいなんだろうと再び王木に目をやると、いつの間にか根もとにゼウスがすわっていた。



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