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4  黒の森とはがねの魔術師  ②

 妖精は、眠らない。

 妖精がベッドを使うのは、ケガや病気の時だけである。


 留衣はベッドにもぐり込み、一人眠れぬ夜を過ごしていた。

 夜中だというのに窓辺はほの明るく、何気なく意識を向けるだけでツリガネ草が光をはなつ。


(氷――――どうやって溶かせばいいんだろう)


 やっぱり火かなと、じっと手を見た。

 つむじ風を操るグリンの姿を思い浮かべ、彼をまねて指を立ててみたけれど、火が噴き出す気配はない。

 思いつくままに、呪文をあれこれ唱えてみた。


「あぶらかたぶら、パラリンパラパラ、やんやんやん、燃えよ!」


 何も起こらない。

 エルメリアに言わせると魔法の呪文などというものはなく、言葉は意識を引き出す道しるべのようなものらしい。

 大切なのは、意識。火を操る意識って何だろう。

 炎――――氷を溶かす――――オーク。


 昨夜はあれからアシュタリエンの治療法について重臣たちと話をしたけれど、何の解決法も見いだせなかった。

 どうすればいいんだろう――――。

 何度も自問をくり返し、留衣はゼウスに目を向けた。


「アシュタリエンの根の中は、どうなってるの?」


 ベッドの下にうずくまる魔獣は、翼ある立派な黒ライオンといったふぜいでクルルルンと鳴き、澄んだ金色の眼で彼女を見上げている。


「あなたが住んでいたのは、根の中だったしょう? 穴があいてるってことよね? 根の中も凍ってるの?」


 ゼウスは前足にあごを乗せたままで、留衣はあきらめて天井を見上げた。

 一面に花畑が描かれ、妖精はよほど花が好きなんだなと思う。


 朝になったら、もう一度アシュタリエンまで行ってみよう。

 今日は駄目だったけど、明日になれば、もしかしたら――――。


 奇跡を願っているうちに浅い眠りに落ち、気がつくと開けはなたれた窓から、薔薇風と一緒に花びらが舞い込んでいた。


(朝が近いんだ――――)


 窓の下では、妖精たちが荷物を積み込んだ荷車を押しながら、王宮から出て行こうとしている。

 戦争を避け、安全な場所に避難するのだろう。

 留衣は、急いでラエンギルを身におびた。

 

「行くよ」


 ゼウスに声をかけ、シェーラを借りようとエルメリアを探した。

 1階から地下に降りると兵舎と武器庫があり、むき出しの石壁のそばでジークリートと4人の妖精が立ち話をしている。


 黄緑の髪や金色の目。

 人間とは違う色彩だけれど、妖精は美しく、ヒスイや水晶をつないだよろいを着て武装していた。


「皆に紹介しておこう。アーモンの留衣だ」


 ジークリートが言い、留衣は頭を下げた。


「ここにいる4人は、リッシア軍の兵士だ。彼はヒイラギ。隣にいるのがクスノキ。ブナ、カシ」

「よろしくお願いします。デイジーも」


 留衣が言うなり、その場の空気が凍りつき、4人の兵士がしきりに咳払いする。


「我々は、持ち場に向かいます」

「うむ」


 妖精の兵士たちは足早に去って行き、留衣はぎょっとした。

 こちらを見るジークリートの顔が怖い……。


「貴様、何度言えば分かるのだ。私をデイジーと呼ぶなと言っただろう」

「は……い?」


 他の指揮官は、一族名で呼ばれてるのに? ヒイラギとか、ブナとか。

 一族名が、人間でいう名字なんだろうと思ったんだけど。


 みんな木の名前なのに、ジークリートだけがデイジーなんて可愛らしい花の名前で、ちょっと笑えるけど。

 留衣がクスリと笑うと、彼の顔がますますこわばった。


「その質問形には、意味があるのか」

「デイジーが嫌いなんですか?」

「誰が嫌いだと言った。私のことは伯爵と呼べ」

「デイジー伯爵ですか?」


 沈黙が降り、ジークリートの目がつり上がっていく。


「もしかして、照れてるんですか?」

「照れてなどおらん! 貴様にかかずらっている暇はない。辺境軍がこちらに向かっている。昼前には黒の森に到達するだろう」


 留衣の顔から、笑みが消えた。

 とうとう戦争が始まる――――。

 

 ジークリートに連れられ武器庫に入ると、様々な武器や防具がきちんと整とんされ、きれいに並べられていた。

 刃先が赤黒く変色した、斧や剣。

 血のこびりついた戦いの道具が生々しくて、直視できない。


「妖精郷にわたった兵士たちが、残して行ったものだ。好きな道具を選べ」

「ラエンギルを振り回すことで、精一杯なんです……」


 言葉は尻すぼみになり、ジークリートの銀の瞳がかすかに揺らいで彼女にそそがれる。


「これが最後のチャンスだ。私にラエンギルをゆだね、元の世界に戻れ。傷つく前に」

「あなたは軍の最高指揮官なんでしょう? 蛮族がラエンギル欲しさにあなたに群がったら、指揮ができないんじゃないですか?」

「私のことは私が考える。よけいな気づかいは無用だ」


 ジークリートは壁にもたれ、腕をゆるく組んで彼女を見下ろした。

 前髪を上げた象牙のくしに、天井近くの小窓から差し込む光が落ち、銀の髪のきらめきが星のまたたきのようだ。


 冷たい顔立ちに浮かぶ表情は真剣で、もしかすると彼は、まじめな性格なのかもしれないと留衣は思った。


「もう少し頑張ってみます。ティリアン王子の期待にこたえたいんです」

「意地を張っていると、命を落すことになるぞ」


 ジークリートは溜め息をつき、留衣を大きな箱の前に連れて行った。


「せめて鎖かたびらは着ろ。短剣なら持てるだろう」


 彼が指で示した箱の中には、様々な鎖かたびらが入っている。

 樹皮やつるを煮固めて編んだ物、織物に宝石や貴石の粒をびっしり縫いつけた物。


 留衣は、最も軽そうな鎖かたびらを選んだ。

 チュニックよりやや短い丈で、胸と腹部をおおい、白い水晶をつないで作られている。

 軽い短剣を選び、腰に差した。


 部屋のすみに人が立っているように見え、近づいてみると黒いよろいだった。

 人型に組み立てられ、まるでよろいを着た兵士が立っているようだ。


「重そう……」

「『魂のよろい』だ。大昔は人間の死者が着ていたが、今は使われていない」

「人間の死者……?」


 ぞくりとしてジークリートを見上げると、妖精界は海に囲まれていると彼は語った。


 『果ての海』と呼ばれる海域は波荒く、突端のがけ下にある岩場には、絶えず白波が打ちつける。

 広大な海の彼方から『果ての海』に潮流が流れ込み、妖精界をぐるりと回って、彼方に流れ去る。

 潮流は時折、人間の死者の魂を運び、『果ての海』に置き去りにする。


「放っておけば魂で一杯になるから、定期的に専門の漁師が魂の漁を行い、『果ての海』を浄化する」


 ジークリートは目を伏せ、銀の髪から象牙のくしをはずし、乱れ髪をかき上げた。

 死者の魂は不思議なことに、妖精界の物に触れると消えてしまうのだと言う。


「ところが、ある種の合金を使えば消えないことがわかった。『魂の合金』と呼ばれるよろいに死者の魂を閉じ込め、奴隷として使役するようになり、長い年月がたった後、最初の妖精王がそれをやめさせた」


「奴隷……って何をするんですか? 働くの?」

「土を耕し、花を育て、花蜜を収穫する。いわゆる肉体労働だ。今でこそリッシアは豊かだが、創成の時代には、王でさえ畑仕事をしておられた」


 ジークリートは、遠い目をした。


「戦争に使われた時代もあった。人間の死者を使えば、味方の妖精を失わなくてすむ」

「死者たちは、どのくらいの間奴隷として暮らしたんですか?」

「数年だ。よろいに閉じ込めても、数年しかもたずに消えてしまう。大昔の話だぞ。今では『魂の合金』の精製は禁じられている」


 ジークリートは前髪をかき上げてくしをとめ直し、鋭い目を留衣に向けた。


「むだ話は終わりだ。おまえには、ティリアンや私と一緒に黒の森へ行ってもらう」

「オークの氷を溶かせるかどうか、もう一度試してみたいんです」

「どうやって溶かすのだ?」


 ジークリートに意地悪く尋ねられ、留衣は答えられなかった。



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