表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/25

3  妖精国の王子とヤーフェンの船  ⑥

 リッシアの夜は白夜なんだろうかと空を見上げ、蒼い部分はエルクの髪と瞳に似ているなとヤーフェンの船頭を想った。


「ずっと夕焼けのままなんですね」


 留衣がつぶやくと、背後から伯爵の声が流れて来た。


「一両日中に、辺境軍との戦闘が始まる気配がある。聞いておかねばならん。戦う覚悟はあるのか」

「それは……」


 彼女は、言葉につまった。

 正直に言うなら、覚悟なんてまったくない。

 真剣を使ったのも今日が初めてで、うまく扱えるとはおせじにも言えない。

 何よりも、戦争が始まるという実感がない。

 まるで夢の中にいるようで、目がさめると亜門邸の庭園にいるのではないかという気さえする。


「覚悟がないなら、やめておけ。人間界で生き続けられるとはいえ、傷を負う痛みは本物だ。苦しむことになるぞ。それに……」


 留衣の腰のラエンギルに視線を落とし、ジークリートは表情に厳しさを加えた。


「敵にラエンギルを奪われるような事があってはならん」


 ラエンギルをよこせと言った時のグリンを思い出し、誰もがあんな風に王の剣を欲しがるのだろうかと思った。

 戦闘になり、多くの兵士がラエンギル欲しさに殺到したら、ラエンギルを守りきれるだろうか。

 でも、何もせずに逃げ出すのはくやしい。

 留衣は振り返り、背後にすわる伯爵を見上げた。


「チャンスをください。もしかすると……戦えるかも」

「『かも』では困る」


 銀色の髪をふわりとなびかせ、彼は銀の瞳で彼女を見下ろした。


「ラエンギルを使えるのは、おまえだけではない。ティリアンも私も、剣の重みを感じることなくラエンギルを扱うことができる。重臣たちは、私にラエンギルを持たせたい意向だ。私にラエンギルをゆずるつもりはないか」


 ラエンギルをゆずる――――。

 妖精王の剣は妖精が持つべきだという、グリンの声がよみがえる。


(でも――――ティリアンは、わたしに剣をゆだねた。ジークリートではなく)


 自ら剣を取りたいだろうに、その気持ちをおさえて。

 辛くて悲しい気持ちを口にすることなく。

 来てくれてありがとうと言った時の彼の哀しい顔を思い出し、留衣はラエンギルを強く握った。


 わたしは、まだ何一つ彼の期待に応えていない。

 せめて、期待のかけらぐらいは応えたい。


「わたしには決められません。決めるのは、ティリアン王子です」

「わかった」


 王宮に戻り、ガーデンテラスの奥まで進むと、ニレの大木に囲まれた広場に出た。

 背の高いツリガネ草が光を投げかけ、ティリアン王子を中心として、十人ばかりの妖精が椅子を並べ腰かけている。


「リッシアの重臣の方々です。留衣様のごあいさつをお待ちです」


 すみに立っていたエルメリアがにこやかに言い、留衣は口をすぼめた。


(あいさつ――――自己紹介みたいなもの?)


 緊張した顔で、妖精たちの前に立つ。


「亜門留衣です。十二歳、城北小学校6年生です。祖父からリッシアの話は聞いてましたけど、本当にある国だとは思ってなくて、びっくりしています。来ることができて嬉しいです。わたしにできる事は、何でもやりたいと思っています」


 一気に言い切った。

 重臣と呼ばれる妖精たちには静かな落ち着きがあり、見た目は若く美しいけれど、かなりの年月を生きているのだろうと感じさせる。

 どの顔も病的に白いのは、白呪におかされているせいだろうか。


「ジークリートと剣を交えよ。ラエンギルの持ち手を、ラエンギル自身に選ばせよ」


 重臣の一人が言い、留衣はぎょっとした。闘えと言ってるの? 

 ティリアンが憂い顔で留衣にうなずきかけ、勝った方がラエンギルの持ち手になるのだろうと彼女は解釈した。

 仕方がない。

 負けたら、いさぎよく剣をジークリートに渡し、魔術の勉強やオークの治療に専念しよう。

 そう決めて深呼吸し、ラエンギルを正眼に構え、ジークリートと対決した。

 ひゅん。

 風を切る音が聞こえ、彼の剣が情け容赦なく襲いかかって来る。

 彼女は難なく受け止め、驚いた。


(剣が軽い――――!)


 ラエンギルは羽のように軽く、自らの意志でジークリートに切り込んでいく。

 あらけずりな蛮族のグリンとは違い、ジークリートの剣術は鋭くありながら優雅で、決して足げりを使うような事はしない。


 留衣はラエンギルの動きに従い、剣を落とさないことだけを心がけ、激しく彼を攻め立てた。

 わずかなスキを突いてジークリートの剣をはねのけ、鼻先に剣を突きつける。

 ――勝った!!


「一本取ったよ、デイジー」


 剣を突き出したままにっこりすると、ジークリートの目が一瞬だけ細められ、すぐに元の冷然とした表情に戻る。


「いいことを教えてやろう。幸福な明日を迎えたければ、二度と私をデイジーと呼ぶな」

「だってデイジー族でしょ?」

「つべこべ言わず、ジークリート伯爵と呼べ」


「終了だ」


 重臣の声が低く響き、留衣は剣を下ろして一歩下がった。

 ジークリートの視線が針のように留衣に突き刺さり、ティリアンが彼女に歩み寄る。


「ラエンギルを、あなたにゆだねます。この国を頼みます、留衣」


 薄紫の瞳が哀しくまたたいて、留衣の胸を突いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ