表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/25

3  妖精国の王子とヤーフェンの船  ③

 留衣は召使いの青年に案内され、王宮の廊下を歩いた。

 魔獣が寄り添い、腰にはラエンギルがある。


「王子様は大丈夫でしょうか」


 ティリアンは急に体調が悪くなり、居室に引き上げてしまったのである。


「疲れやすいのは、『白呪』の初期症状よ。少し横になれば、良くなると思うわ」


 青年に尋ねたつもりだったのに、答えたのはいつの間にか後ろを歩いていたエルメリアだった。


「着替えのお手伝いをしますわ。あ、ここでいいですわよ」


 にっこりして召使いを追い払い、エルメリアは部屋に入るなり両手で頬を叩いた。


「笑顔になり過ぎて、顔がつって来たわ」

「だろうね。愛想が良くて、別人みたいだったよ」

「聞かなかったことにしてあげる。そうそう、例の蛮族ね。逃げ帰ったそうよ。どこから侵入したのかしら。黒の森に、秘密の地下通路でもあるのかしら」


 エルメリアは、そう言いながら部屋に置かれた大きな箱に歩み寄った。

 ふたを開くと、中には衣裳がぎっしり詰め込まれている。


 柔らかい日ざしの差し込む部屋は、白い漆喰を塗った壁に囲まれ、四すみに照明代わりのツリガネ草が置かれている。

 木のテーブル。草で編んだ椅子。

 壁に飾られたタペストリーと床に敷かれた絨毯には、花や葉が織り込まれている。


 今や大型犬ほどの大きさに成長した魔獣は、日当たりのいい窓の下を選んでごろりと横たわった。


「名前を決めないとね。ゼウスはどう? 神様の名前よ。強そうでいいと思うんだけど。ゼウス?」


 留衣が膝をついて頭を撫でると、黒い魔獣はきゅううんと鳴いた。


 白ゆりの花びらで織られたという白いタイツをはき、紅薔薇で織られた暗紅色のひざまであるチュニックを着て、留衣は鏡の前に立った。

 花の妖精になった気分だ。


 編み上げサンダルは柔らかいつるで出来ていて、足裏が当たる部分にはスミレの花びらが縫いつけられ、軽くて履き心地がいい。

 どれも肌ざわりが柔らかくなめらかで、それでいて耐久性がありそうだ。

 花びらや草でどうやってこんなに丈夫な物を作るんだろうと、首をかしげた。


「人間界の花は、もろいそうね。こちらの花はしなやかで、簡単には破れないのよ」


 エルメリアが、誇らしげに答える。


「昔は人間がやって来ると、それはもう華やかな舞踏会が開かれたんですって。今では舞踏会どころじゃないけど。貴族の方々が、そろって病気なんだもの」


 話しながら、留衣のチュニックの上に袖のない皮よろいを着せた。

 ニレの樹皮で織られた布地を何層にも重ねた薄茶色の皮よろいは、軽くて硬い。


「『白呪』のこと?」


「ええ。やっかいな病気よ。サフォイラス様が妖精郷に渡る時、病にかかった者たちを連れて行かれたんだけど、今でも病人があとを絶たなくて。とうとうティリアン様まで倒れてしまわれて、この先どうなるかと思っていたら――――」


 妖精の少女は、目をきらきらさせて両こぶしを握った。


「わたし達、頑張りましょうね! この国では、手柄を立てると貴族になれるのよ」

「誰が貴族になるの?」

「もちろん、わたし達よ」

「わたし、家に帰らないと。両親やおばあちゃんが心配してると思う」

「今すぐ帰りたい?」

「そうじゃないけど……」


 ティリアン王子のかなしそうな顔を思い出すと、今すぐ帰りますなんて言えない。

 自分にできることをすべてやりとげてからでないと、気になって帰れない。


「帰る前に、わたしを大貴族にしてね。公爵とか」

「公爵って偉いの?」

「もちろん。貴族の中で一番上よ」

「タンポポは何爵?」

「爵位なんてないわよ。平民です」

「平民……」


 ということは一番下? 

 それで、いきなり一番上に? 

 向上心と呼ぶべきか、厚かましいと言うべきか。


「爵位については後回しにして、まずは何をどうやって頑張るかを考えましょう」


 大貴族になる気まんまんのエルメリアを、留衣はしげしげと見つめた。

 何をどうやっての前に、「誰が」じゃないの?

 わたしだけにやらせる気じゃないよね?

 グリンをやっつけろと言われたことを思い出すと、嫌な予感がするんだけど。 


「聞きたいことが色々あるんだけど。わたしは死んだらどうなるの? 人間だから、妖精みたいに妖精郷には行けないよね?」

 

「この世界で重傷を負ったら、あなたは消えてしまうの。それを食い止めるには、人間界に戻るしかないわ。妖精が、妖精郷に移住するしかないように。そして二度とこちらの世界には来れなくなるの」


「人間界では生きられるってこと?」

「そういうこと。こちらの世界で大ケガをして、人間界で残りの寿命をまっとうしたアーモンが過去にいるわ」

「そうなんだ」


 とりあえず人間界では生きられると分かり、留衣は胸を撫で下ろした。


「できるだけケガをしないよう、気をつけます。リッシアに長くいたいから」

「あなたに頑張ってもらえるよう、わたしも気をつけるわ」

「エルメリアにも、頑張ってもらわないとね」


「もちろんよ。わたしは付き人なんだから」

「わたしの隣で戦ってくれるよね?」

「謙虚に一歩下がって戦うわ。付き人だもの」


 えっ……。

 腰のベルトにラエンギルを吊るしながら、留衣はエルメリアをにらんだ。

 安全な場所で見ている気だな。


「さて。着替えも終わったし、わたし、そろそろ神官長のお見送りに行かないと。素晴らしい方だったんだけど、『白呪』にかかられて、眠りについてしまわれたの。ご家族と一緒に妖精郷に渡られるのよ。よかったら、一緒に行かない?」


 留衣はため息をつき、一緒に出かけることにした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ