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ストーカーは神様に愛されている!

『ストーカーに餌をあげないで!』第1部に相当

 私、八咫烏桃香やたがらす・とうかには主に2つの悩みがある。


「お帰りなさいませ、お嬢!」

「……」


 家に帰ると黒いスーツにサングラスの男たちが一斉に頭を下げてくる。

 内心何でこんな糞ガキに礼しないといけないんだとか思ってるくせに死ね社会の汚物が。

 そいつらを無視して私は自分の部屋へ逃げ込む。

 1つ目の悩みと言うのは、私がヤクザの家系に産まれてしまったということだ。

 自分の家だろうがヤクザなんて汚れた仕事について詳しく調べるつもりなんてないが、

 家の表札にでかでかと『八咫烏組本部』と自分の苗字が書いてあるのだから、

 多分由緒正しき名門ヤクザのご令嬢なのだろう、私は。

 そのせいなのか、それとも私自身に問題があるのかは知らないが、基本的に孤独な人生を過ごしてきた。

 まあ、家はお金持ちだし、私自身その恩恵や権力を大いに活用している面もあるのだから、

 この悩みについてはそれほど文句を言ってはいけないのかもしれない。



「あ……っあ」


 鏡の前で口をぱくぱくとさせてみるが、やはり声がまともに出ない。

 2つ目の悩みというのが、私はまともに喋ることができないということだ。

 物理的に喋れないわけではないし、先天性の病気でもない。

 数年前に敵対組織の人間に誘拐されて酷いことをされたトラウマで口が利けなくなってしまったという割とありがちな理由だ。

 私がヤクザの、それもお偉いさんの間に産まれなければそんな悲劇も起こらなかったのにと思うからこそ、

 1つ目の悩みがどうしても大きくなってしまうのかもしれない。

 とにかくこの2つ目の悩みというのがそれなりに大きい。

 コミュニケーションが苦手とかいうレベルではないのだから。

 私自身の性格がまるで漫画に出てくるような大人しいキャラだったり、恥ずかしがりなキャラだとは思っていないのだが、こういう理由から他者とのコミュニケーションをほぼ諦めているので周りからはそんなキャラだと認識されていることだろう。

 もしくは段々とそういうキャラに私はなっているのかもしれない。



「……」

 現在私は高校1年生。

 大体1ヶ月くらい経つだろうか、学校で誰かと喋った記憶がない。

 自己紹介でもやはりまともに喋ることができなかったし、周りからは変な奴と思われていることだろう。

 この日も学業を終え、うつむいてとぼとぼと家に帰る。

 誘拐されてしばらくは、私の安全確保のために黒塗りの外車で学校まで送り迎えというギャグな事をやっていたためどうしても浮いてしまうし家の事についてもある事無い事噂されてしまっていたが、

 それを辞めて徒歩で通学し、学校でも一言も喋らずに生活している今は、むしろ空気のような存在だ。

 どちらがマシなのか? 答えはどちらも辛いということだ。



 ドンッ!

 うつむいてとぼとぼと歩いていたせいで、前を歩く人間にぶつかってしまう。

「てめーなにすんじゃワレ!」

「……」

 ガラの悪い連中が相手とは言えど、基本的に私の前方不注意なので顔をあげて正面の男達に謝ろうとするが、やはり謝罪の言葉が口から出てこない。

 男達を見つめたまま喋らないというその態度が彼等を逆上させてしまったのか、

「おい、ぶつかっておいてガンくれるたあええ度胸やなあ! 女でも容赦せんぞ!」

 たちまち私は彼等に路地裏へと連れ込まれてしまった。

 私のちいさな身体では抵抗することはできないし、助けを呼ぶこともできない。

 カバンに着けている防犯ブザーを鳴らせばよかったと気づくのはカバンを取り上げられてからだ。

「おい嬢ちゃん、ワシらが誰だかわかっとんか?」

「……」

 路地裏で3人のガラの悪そうな男達に囲まれてしまった私は喋るかわりに首をふるふると振る。

 近所で有名な不良なのだろうか? 見た感じ成人してそうだ、いい年なのに情けない。

「ワシらは泣く子も黙る八咫烏組のモンじゃい!」

 身内だった、死にたい。

 最近は極道界にもゆとりの弊害が来ているのだろうか、こういうガラの悪い下っ端がカタギの人間にも平気で迷惑をかけるようになっているそうだ。

 そんなんだから私への風評被害が大きくなる一方なのだ、人材不足だからって雇用する人間は選べ、新人教育はきちんとしろと上の人に文句を言っておこう。

「ビビッて声も出せんようじゃのう!」

 口が利ければ自分が組長の孫娘だと説明して逆に連中を平謝りさせることができるのに。生憎それを証明することのできる学生証もカバンの中だ。

 私はこれからどうなってしまうのだろうか、数年前のように誘拐でもされてしまうのかとトラウマを再発させながら恐怖に打ち震えていると、



「そこで何してるのかなーん?」

 呑気な声と共に一人の制服姿の男がその場に割って入る。

 学生としてはかなり恵まれている体格の、割と爽やかそうな男だ。

 というかどこかで見たことがある……そうだクラスメイトだ。

「何や兄ちゃん、関係ないやつはすっこんどけや」

「いやあクラスメイトですし、流石に見過ごすのは良心が痛むなあって。その子を離してあげてくれませんかね? どうしても離してくれないのだったら、拳で訴えるしかありませんが」

「おうおうおうおうやってみいや!」

「仕方ないねえ」

 男は着ていたブレザーを投げ捨て、下っ端共も挑発に乗ったのか興味を私から男に変更して戦闘態勢に入る。

 正義のヒーロー気取りなのかはしらないが、こういう場面を見たときの正しい対処法はまず通報だ。

 この男が喧嘩に自信があるのかは知らないが、3対1で簡単に勝てるほど喧嘩の世界は甘くない。

 しかも下っ端とはいえ相手はそれなりに本場の戦闘訓練を受けているはずだ。

 せいぜいこの男が3人にボコボコにされている隙に逃げ出して、後から感謝しておこうと事の成り行きを見守っていたのだが……



「大丈夫? 怪我はない?」

 簡単に勝った。3対1で。

 まさに正義のヒーロー、見惚れるような強さ。

「……」

 私は顔を真っ赤にしてペコペコと彼に感謝の意を伝えてその場から逃げ出すしかなかった。

 ついさっきまでボコボコにされている隙に逃げ出そうとか酷い事を考えていた自分が恥ずかしかったのもあるが、無性にドキドキしてその場にいると頭がおかしくなってしまいそうだったのだ。



「……」

 家に帰ってもそのドキドキはしばらく収まることはなかった。

 恋愛経験のない私の頭でも、それが一目惚れしてしまったと気づくのは容易かった。

 俗に言う吊り橋理論というものなのだろうが、この際過程はどうでもいいだろう。



「……」

 その翌日、学校で彼を見かける。

 やはり心臓の鼓動が激しくなっていく。

 クラスメイトだと言うのに今まで名前すら知らなかったが、彼の名前は龍巳狼嵐たつみ・ろうらんと言うそうだ。

 自分の席は彼より後ろの方にあったので、授業中彼の背中を見つめながら、

 さて一目惚れしてしまったは良いがどうするべきかと悩む。

 外見に自信があるわけではない。

 顔自体は可愛い方だとは思ってはいるが、身長は150もないし、胸も全然ない。

 なにより喋れないのだ、告白したとして成功する確率なんてほとんどないだろう。

 けれどこの想いを諦めることも私にはできそうになかった。



 結局私は彼を見つめることしかできず数日間心苦しい思いをしていたのだが、

 ある日恋愛のためになる本でも探そうと向かった図書室で、

『ストーカーのやり方講座』なる本を見つけてしまい、気づけばそれを私は熱心に読んでいた。

 ストーカー。想いを伝えられない、けれど想いを諦める事の出来ない自分にはぴったりだ。

 しかも私はクラスでは目立たない人間。ストーカーの素質はありありだろう。




「……」

 そして気づけば私はとある放課後、学校を出た彼を尾行していた。

 少し距離を置いてこそこそと追う。完璧だ、全くばれる気がしない。

 どんな家なのだろうか、王子様の住んでそうなお城のような家なのだろうか、

 それとも先祖代々続く古武術の道場なのだろうか。

 彼の家について妄想をしていると、彼がはらりと何かを落とす。

 それを拾う。彼のイニシャル入りのハンカチだ。

 確か西洋ではイニシャル入りのハンカチを婚約の証として贈るらしい。

 まさか、彼は私に……!



 そんなわけないだろう。

 危ない所だった、あの本にもストーカーをやっているうち変な妄想に駆られてしまうことがあるので気をつけましょうと書いてあったが、初日から危うく彼が私に婚約したなんて妄想に駆られてしまうところだった。それだけ私にはストーカーの資質があるのかもしれない。

「……♪」

 しかし初日から彼のハンカチを手に入れることができることができるとは僥倖だ。

 私はきっとストーカーの神様に愛されているのだろう。

 ストーカーの神様って誰だろうか、名前的に這い寄る混沌だろうか。

 だとしたら随分ととんでもない神様に愛されたものだ。

 それはさておき、それを拾った私はカバンに仕舞う。



 しばらく彼を尾行していると、やがてアパートに辿り着く。

 どう見ても家族で住むようなアパートではない、彼は一人暮らしをしているのだろう。

 私に尾行されているとも知らずに、彼は部屋のロックを外して中へ入って行く。暗証番号が筒抜けだ。

 彼の隣の部屋を見る。どうやら今誰も住んでいないようだ。




 その晩、私は親に自立の練習として一人暮らしをさせてくれと頼みこむ。

 こんな家から一刻も早く逃げ出したかったのもあるし、彼の隣の部屋に住みたかった。

 駄目元で言ってみたのだが、親はあっさりとそれを了承した。厄介払いがしたかったのだろうか。

 私の世話をしてきた人間は、喋る事もできない私には無理だと言っていたが、私を舐めるな。

 恋の力で、成せばなる!



「……」

 こうして秘密裏に彼の隣の部屋に引っ越した私は、

 彼にばれないように登校中の彼の後姿を眺める。

 不器用な私には、こうすることしかできない。



 この話は、ストーカーな私と気づかない彼の、陰気な青春活劇。



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