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吸血姫の思うままに!

作者: 希々

【セピア色のまぼろし】というものを聞いたことがあるだろうか?


それは、この世に生を受けた者なら、必ず目にするであろうもの。

けれどそれは、平凡な人間ならまず【セピア色】なんて喩えはしないだろう。

・・これは、特有の感性による呼び名だといって良いと思う。

少なくとも、俺のまわりの人間には、そんな詩人じみた表現をするヤツはいない。


・・・・・・そう、いない、はずだった。

過去形。

今現在は、いる。

そう、俺の目の前に。


「ハハハ、相変わらず素晴らしいアングルですなー」


冷たいフローリングの床に思いきり打ち付けたせいでズキズキと痛む後頭部をさすりつつ、その絶景を見上げる。

仰向けに寝そべった状態の俺の顔のすぐそばには、スラリと伸びた少女の足が4本。

小鹿のようにほっそりとした足が2本、俺の顔を跨ぐ形で立っていて、そのすぐ隣には、触れると吸いつくのではないかと思えるほど柔らかそうな生足が・・・・


「・・・・・・あ・・あのぅ・・・・」

「おぉ!ジンタではないか!よく来た!今日はどうじゃったか?」

そばに立っていたむちむち太もも(俺の第一印象がこれだ)の持ち主の少女が、俺のそばにしゃがみ込む。

「んー、まぁまぁ。おかげで良いモン見れたし」

そう言い、再度その「良いモン」を見上げる。

「白地にピンクのリボ・・・」

「イヤァァァっ!」

もう一人の、そう、カモシカ足の少女は、俺から飛び退くと彼女の後ろに隠れた。

真っ赤な顔の半泣き状態で、小動物が如く体を震わせている。

「寧々、仁太(ジンタ)はお前をとって喰おうとしているわけではないぞ?お主のスカートの中を覗いただけじゃ」

「そうそう。下心ダダ漏れで申し訳ないっす」

「うぅ・・・ジンタさんスケベ過ぎます・・・」


傍から見れば、古風な口調の少女と、欲望剥き出しなド健全男子と、そんな俺に対して警戒心を露にする少女のトライアングル。

なんの変哲の無い、けれどちょっとエッチなスクールライフ・・ように感じられるだろう。

・・・・どこのエロゲだよ、と突っ込んでみる。


そうここは、とある学校の教室。

しかし教室といっても、他に生徒や教員らしき人物を見かけないため、「学校」として機能しているかどうかは怪しいところなのだが。

少なくとも、ここにいる美少女二人組は、制服姿だ。

紺色のブレザー。

真っ白いブラウス。

襟元には赤いチェックのリボンと、揃いの柄のプリーツタイプのミニスカート。

どこからどう見ても、俺と同い年くらいのごく普通の女子高生なのだが、彼女らには秘密があった。


「お、食事中だったんか。悪い」


俺は痛みのひいた後頭部をさすりながら、ゆっくりと立ち上がる。

そばにあったイスを引き、腰をかけると、机の上にあったパウチに手を伸ばす。

ストローのついたそれの表には、「携帯用保存血液(昼食用)」と明記されていた。

いや、正確には(昼食)の部分に赤いペンで二重線が引かれ、(ランチ)と訂正されている。


「気にしないで下さい。あ・・それ、明日菜さまが、気に入らないって書き直したんですよ」

はにかみながら笑うカモシカ足の少女、寧々(ネネ)をちらりと見、明日菜(アスナ)と呼ばれる少女は、うむむ、と唸った。

「ふさわしくないのじゃ、我らには。ランチ、の方が、ずっと『オシャレ』なのだ!そう思わぬか?ジンタ」

「・・・・・・ネネ、アスナってどっかの姫なのか?俺にはフツーの高飛車な女にしか見えないんだが」

偉そうな物言いに、俺は頬に手を添え、寧々にこっそりと問う。

「ふふふ。明日菜さまは、わたしたち吸血一族を代表する、夕良(ユウラ)家のお嬢さま。ですから、こういった姫君らしい言動は、当然のことなのですよ?」

ニコニコと笑う寧々をよそに、明日菜は俺の態度が気に食わないようで、今にも文字通り噛み付いてきそうだ。


これ以上の説明は不要だろう。

ここにいる二人の少女、明日菜と寧々は、人間ではない。

吸血鬼なのだ。


吸血鬼、すなわちヴァンパイアは、誰もが知っているとおり、想像上の人物だ。

人の生き血を啜り、ニンニクや十字架、聖水を苦手とする。

そして時に黒猫やコウモリに化け、闇夜を彷徨うモンスター。


で、あるはずなのだが、どういうわけかそのモンスターは今、俺の目の前にいる。

それも二人も。


事の発端は、つい2週間前。

俺には、3つ離れた妹の笑里(エミリ)がいる。

またこの妹がくそ生意気なのだが、そのエピソードはまた次の機会に。

・・そのエミリがいつも大事そうに身につけていたネックレスを外した隙を見計らい、なんとなく触ったことが原因だった。


ここで不可思議な体験をすることになる。

得体の知れない力により、見知らぬ教室に投げ出され、気がつくと彼女たちがいたのだ。

今回と同じように頭を強く打ちつけ、鈍くさくうずくまっていると、寧々が心配そうに顔を覗き込んできた。

「あのっ・・大丈夫ですか?・・明日菜さま、見知らぬ人が、あのっ・・あ、血が・・・・」

痛みをこらえて顔を上げると、漆黒の闇に包まれる外を眺めていたアスナが、長く艶やかな黒髪をなびかせ、こちらへ向かってくるのが見えた。


そして開口一番、こう呟いた。


「お主の血、啜らせてもらえまいか」


ここからはもうホラー。

ぶつけた衝撃で切れたんだろう。

頭から滴った血で床が汚れていたが、二人は構わず、そこにしゃがみこんだ。

そして這いつくばるようにして、べろべろとその血を舐め始めたのだ。

寧々は目の色を変え、舌でぴちゃぴちゃとすくい上げていた。

明日菜は明日菜で、興奮した犬のように息を荒くし、口元を俺の体液で真っ赤にしていた。


俺は、それ以降のことを覚えていない。

多分その異様な光景を目の当たりにしたせいで、気絶していたのだろう。

気がつくと、どうやって戻ったのかわからないが、自分の部屋にいた。

今考えると、情けない話である。


それからというもの、俺は妹のネックレスを撫でては、二人に会っていた。

正直何故、「ネックレスを撫でると異世界(と思われる)へトリップし、吸血少女らに会える」のかはわからない。

妹に聞くわけにもいかないし。(部屋にこっそり入っていることがバレる)

けれど俺は、吸血鬼という恐ろしい存在でであっても、何故かこの二人に惹かれ、甲斐甲斐しくこの未知の世界に通い続けていた。


・・・と、ひとつ思い出したことがある。


「そういえば、【セピア色のまぼろし】のことなんだけど。」

パウチを机に置き、明日菜を見る。

別のストローを吸っていた彼女は、長い睫毛を瞬かせた。

口内に収まった液体をゴクリと飲み干し、唇を開く。

「うむ。我らの力では、どうにも見つからんのじゃ。お主、本当はもう、知っているのであろう?」

目をキラキラさせながら詰め寄ってくるが、俺は尋ねておきながらも、敢えて無知なフリをする。

「さぁ?どうだか。」

「うぐぐぐ、話してくれるものだと思っておったのに!」

「明日菜さま、『カルシウム』不足ですか?イライラしておいでですが。」

「えぇい、我らは吸血鬼であろう!そんな人間じみたものは摂らん!」


明日菜と寧々は、【セピア色のまぼろし】を探していた。

この異世界、吸血鬼が住まうここには存在せず、人間界には存在するもの。

・・以前明日菜は、「こちらの世界には、闇しかないのだ」と言っていた。

教室の窓から見る限り、確かに外は真っ暗だった。

墨汁に浸したような黒が、視界を塗り潰す。

いつ来ても、それは変わらなかった。

人間界のように、昼夜という概念は存在しないのかもしれない。


そういうことから俺が推測するに、【セピア色のまぼろし】というのは・・・・・


「ジンタよ」

「ん?」

思考をめぐらせていると、明日菜は神妙顔つきでこちらを見つめていた。

「あの娘はどうしておる」

「あの娘って?」

突拍子もない問いに間の抜けた顔をしていると、二人が視線を通わせる。

寧々が静かに口を開いた。

「エミリアのことです。ジンタさん、ご存知のはずでしょう?」

「えみりあ?誰だよそれ」

「とぼける気か!?」

ガタン!と大きな音をさせ、明日菜がすごい剣幕で立ち上がった。

「そなたを守護しておる、エミリア・リューシカじゃ!守られている分際で、知らぬとは言わせぬぞ!」


何のことだか、俺にはさっぱりわからなかった。

いつもは比較的冷静なはずだが、明日菜の険しい表情と、寧々の真摯な眼差しにうろたえる。

「いや、ほんと一体何のことだか・・・・・詳しく説明してくれよ。一方的にまくし立てられても、わかんねぇって」

そう促すと、隣に座る寧々が、コホンと咳払いをした。

「ならば、私からお話します。明日菜さま、どうか冷静に」

「あ・・・・うむ。すまない」

明日菜は恥ずかしそうに言うと、促されるまま倒れたイスを立て、そこへ座り直した。


寧々が聞かせてくれたのは、俺の最も身近にいる少女が「エミリア・リューシカ」だということだった。

このエミリアという少女は、以前こちらの世界で吸血鬼を狩っていた【ヴァンパイア・キラー】の末裔。

それがどういうわけか人間界に姿をくらまし、俺の傍で息をひそめているというのだ。


「そんな名前の子いたっけなぁ・・・・」

目の前にモンスターが実在する現実がある以上、それを狩る存在があってもおかしくはなかった。

今の俺には、不本意ながら頷ける状況だ。

「名前を変えているかもしれません。そちらの世界で、素性を晒すわけにはいかないでしょうし」

「うーん・・・エミリアかぁ・・・エミリア・・・エミリ・・・・・・・・あ」

いるじゃないか、ひとりだけ。該当しそうな人間が。

「あー・・・・・・・アハハハハ。いやでも」

まさかそんな、だとしたら名前殆どそのままじゃないか。大した捻りもない。

「なんじゃジンタ、やはり心当たりがあるのか?」

「心当たりというか・・・もうドンピシャすぎて何とも・・・・あぁいやいや」

「・・・・?」

寧々が怪訝そうな顔をする。

俺の予想が当たっていれば、エミリアというのは笑里のことだろう。

アイツのネックレスで、説明がつく。

俺のように、好奇心で人間が触れると、こちらの世界へ飛ばされてしまうのだ。

だから笑里以外他人が触ることのないよう、身につけていたのだろう。


となると、「エミリアは俺の妹だ」とは素直に言えなかった。

明日菜らがいうには、そのエミリアはヴァンパイア・キラー。

敵対する存在であることには違いなく、その所在を確信したならば、二人は迷わずアイツの元へ向かうだろう。

・・どういう経緯で「エミリア」が「笑里」になったのかは知らない。

兄である俺は、その存在を守らなければならない。


「人違いだ。そんな人間は、俺の傍にはいねぇよ」

毅然として否定する俺を見、明日菜はすがるように寧々に助けを求める。

「ネネよ、本当にこやつの傍におるのか?我も自信がなくなってきたのだが」

「・・・・・・もう一度身辺を洗い直しましょう。使いの者たちの数も、倍に」

「は!?調べてたのかよ!?どうやって・・」

「ジンタさんがこちらへの扉を開くと同時に、数多の使いを人間に化けさせ、向かわせていたのですよ?その様子だと、ご存知なかったようですね」

クスクスと笑う寧々。

くそぉ、そんなの気づくはずがねぇだろ!

「まぁ良いではないか。今現在、ここには我ら吸血一族を脅かすものは誰一人としていない。我らも、生き血を欲してはおらぬ。波風立てる必要もないであろう」

「さっきブチ切れたのはどこのどいつだよ。それに、この前俺の血啜ったばっかりだろ」

そう言うと、明日菜はフフンと鼻を鳴らし、空のパウチを指差した。

「この前はこの前じゃ。今は携血で済んでおるが、これだと美肌が保てぬ。やはり血液は、若い男の生き血に限る。定期的に摂取せねばな。のぉ、ネネよ」

「はい。おっしゃる通りです。明日菜さま」

何の悪びれもせず、笑う二人の吸血鬼。

こっちの気を知らない物言いに、一瞬本気で笑里を連れてきてやろうかと思ったが、その考えは頭の隅に置いた。


二人とも、少なくとも俺の身近にはまずいないような、特上の美少女なのだ。

吸血行為以外に、何の問題がある?

まさに、両手に花状態。

手放すわけにはいかない。

だから、【セピア色のまぼろし】のタネも、エミリアの正体も明かさないでおく。

そう誓った、4月のある日のことだった。

(この世界に、月日というのものがあるのかさえわからないが)

短編でしたが、読んでくださってありがとうございました!


【セピア色のまぼろし】に関しては、明確な解答は提示していません。

読者の皆さんにもぜひ考えてみて頂けたらと思います^^

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