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 みかんは声も出さずに、涙を流し続けた。それは、声をあげて泣く子供よりも、はるかに痛々しく見えた。


 私は彼女の小さな体を後ろから抱きしめたまま、私が仕事に出ている間に何があったのだろうかと考えた。――いや、きっと、それよりもずっと前から。彼女の中で色んなことが溜っていて、それが今あふれ出しているんだ。

 みかんの前に置かれているブロックと動物の人形は、動物園のように見えた。シマウマとライオンが向かい合っている。きっと彼女は動物園に行ったことがないんだろうなと、ぼんやり思った。



「――……みゃーこちゃん」

「ん?」

「みゃーこちゃん、しゃーわせに、なれないの。 ……わたしと、いたら」

 泣きやまないみかんがやっと口にしたのは、その一言だけだった。



 幸せしゃーわせ



 彼女がずっと気にしていたそれは。

 ずっと言い続けたそれは。



「……ねえみかん、知ってる? お金持ちでもね、幸せだとは限らないんだよ」



 はっきりとした形も定義もない、曖昧なものだった。





 一人で生きていこうとした今までが、幸せだったとは思えない。一匹狼を貫こうとする自分に酔っていたのかもしれないし、寂しさに気付かないように目を閉じ耳をふさいでいたのかもしれない。どちらにせよ、『寒かった』ことだけは確かだ。

「――みやこちゃんね。子供のころ、いじめられてたんだ」

 同級生以外、誰も知らない話。親にすら言えなかった話。私はそれを、震えているみかんの顔も見ずに言った。



 暗いから。

 うまく話せないから。

 一緒にいても楽しくないから。



 いろんなことを言われた。言われるたびに余計に暗くなって、話せなくなって。俯いたままで一日を過ごすようになった。猫背で、震えて。


 そう、初めて出会ったあの日のみかんは、過去の私によく似ていた。



「……人と話すのが怖くなって、もうずっと一人でいいって思ってた。誰とも話さなくていいし、誰とも触れなくていい。ずっとずっと一人で生きていけば傷つくことはないんだって、――幸せになれるって、思ってた」

 幸せという言葉に反応して、みかんの体の震えが一瞬だけ止まった。私は彼女の右手を握る。相変わらず熱くてしっとりとしていて、そして小さかった。


「――本当はね、寂しかったんだ。一人ぼっちが、怖かった」


 その言葉を口にするのも初めてで、声にした途端に私の中の何かが崩れた。崩れたものは涙に変わって、頬を伝う。しばらく何も言えなくなってしまい、私はみかんの小さな肩に額を当てて、自分の震えが止まるのを待った。



 二人でご飯食べたり、遊んだり。

 手をつないだり。

 笑ったり。


 それはとても温かくて、だから私は、



「……今、幸せだよ。すごく」

 確かにお金はないけれど、それでも。誰かがそばにいてくれて。――違う、誰でもいいわけじゃないんだ。

「みかんが側にいてくれて、それだけで幸せなの。お金とかじゃないんだ。例えばすごくお天気がいい日に、『今日は青空がきれいだね』って二人で笑えたら、それだけで」

 震えているのはみかんなのか、私なのか、それとも二人共なのか。

 こちらを見ていない彼女に、私の笑顔が見えているかどうかは分からない。

 けれど私は笑って、みかんにもちゃんと聞こえるように、出来るだけはっきりと言った。



「私は今、幸せだよ。みかん」




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