あったかい
みやこちゃんのお家を出ていく勇気もないわたしには、十円玉や五円玉を探すことしかできませんでした。
「みゃーこちゃんは、しゃーわせになるの」
何度くりかえしたって、みやこちゃんが幸せになることはありません。
わたしのコトバはコトダマではなくて、ただの口ぐせになってしまいました。
みやこちゃんは、食べ物を買えないくらいびんぼうになってしまったとしても、わたし追い出すことはしないのかもしれない。そう思いはじめていました。
みやこちゃんは少しずつやせてきていて、それでもわたしのためにあめを買ってきてくれます。
自分が情けなくて、しかたありませんでした。
ただでさえ迷惑なびんぼうがみなのに、コトダマすらつかえないなんて。
わたしは神さまでも何でもなくて、めいわくばっかりかけるただの他人なんだ。
このお家から出ていかなきゃいけないのに。
じゃなきゃ、みやこちゃんは幸せになれないのに。
なのに、一人ぼっちになるのが怖くて仕方ありませんでした。
「ね、みかん。みやこちゃんはさ、お金がなくても大丈夫なんだよ?」
遊んでいるわたしの後ろから、みやこちゃんは優しい声でそう言ってきました。
大丈夫じゃない。
みやこちゃんは、大丈夫じゃないのに。
わたしは首をふると、「……みゃーこちゃんは、しゃーわせになるの」と呟きました。みやこちゃんの手も握らずに言ったそれは、ただのヒトリゴトでした。
わたしはみやこちゃんの顔が見れなくて、見るのがこわくて、トイレの中に閉じこもりました。
むねの中に何かがつっかえてるみたいで、けれどそれが何なのかは分かりません。
わたしはひんやりとした床の上に座って、いろんなことを考えました。
わたしがちゃんとコトダマをつかえたら、今頃みやこちゃんはどんな生活をしていたんだろう、とか。
わたしがびんぼうがみじゃなくて、せめて普通の人間だったら、とか。
みやこちゃんとわたしは会わないほうがよかったんじゃないか、とか。
――何度言っても叶わないお願い事みたいに、何度考えても変えられないことばっかりでした。
みやこちゃんと最初にあった日のことを思い出しました。
あの時ふんわりと笑ったみやこちゃんは、いまでもふんわりと笑っていて。
けれど今は、無理して笑っているのかもしれない。
わたしの、ために。
ざあざあふってる雨を見ながら、わたしは外に出ることを考えていました。
それは十円玉をさがしに行くためでは、なくて。
「みかん。今日は雨も降ってるし、外に出ちゃダメだよ」
わたしの考えていたことを知ってか知らずか、みやこちゃんがそんなことを言いました。雨の日は外に出ないように、とはいつも言われているけれど、この日のみやこちゃんはすごくしんけんな顔をしていました。そんな顔を見て、何も言えなくなってしまったわたしは素直にうなずくと、みやこちゃんが買ってくれたおもちゃで遊びはじめました。
みやこちゃんは、わたしの横に棒のついたあめを三つ置いてから、お仕事に行きました。
あめは、イチゴ味と、ブドウ味と、わたしの大すきなオレンジ味でした。
わたしはブロックを組み立てながら、あめをなめながら、どうすればいいんだろうと考えました。
コトダマもつかえないわたしは、本当にただのびんぼうがみです。
どう考えたって、みやこちゃんを幸せにしてあげることはできません。
ブロックを組み立てると、そこにどうぶつの人形を並べて、小さなどうぶつえんを作りはじめました。シマウマ、トラ、ライオン、ゴリラ、イヌ。
――人間じゃなくても、せめてどうぶつに生まれていればなあ、と思いました。
そしたらきっと、もっと。
……神さまが「どうぶつに生まれていれば」なんて考えるのは、おかしいでしょうか。
わたしはゾウとキリンの人形を持つと、それをどこに置こうかと悩みました。入口から一番ちかいばしょに置くか、それとも、シマウマのとなりに置くか。そのときでした。
体が一瞬うしろにひっぱられて、それからあったかくなりました。
「ただいまー!」
みやこちゃんの声が耳元で聞こえて、それでようやく、だきしめられたのだと気付きました。
ねえ。みやこちゃんはどうしていつも、そんなにあったかいの?
むねにつっかえていた何かが口から出そうで、――けれどそれは口からではなくて、目からボロボロとこぼれてきました。わたしはみやこちゃんには気づかれないように、声を出さないように必死になって息を止めました。けれど、
「……みかん?」
心配そうな顔でわたしの顔を覗き込んだみやこちゃんは、わたしの顔を見て驚いてから、さっきよりも強く、わたしの体をだきしめました。