コトダマ
女の人の名前は、「みやこ」ちゃんというそうです。
みやこちゃんはわたしのことを、「みかん」と呼ぶようになりました。
みやこちゃんは私のために、子供用の服を買ってくれたり、お菓子を買ってくれたりしました。わたしは、オレンジ味の棒付きあめが好きです。
それは、最初にみやこちゃんがくれたお菓子だったからでした。
今はそうやってお菓子を買うよゆうがあっても、そのうちみやこちゃんもびんぼうになってしまうんだろう。私はそんなことを思いながら、けれど何もいえずに、みやこちゃんのお家に住みついていました。お家のカギも、もらいました。カギには、わたしの好きなオレンジ色のヒモがついていました。
みやこちゃんは、あっという間に貧乏になりました。
お仕事をさがして、がんばってはたらいて、なのに生活はちっとも楽になりません。みやこちゃんは節約するために、もやしの料理ばっかり作ってみたり、ねびきシールがはられる時間を見はからってスーパーに行ったり、ベランダで家庭菜園をしてみたりと、あれこれためしていました。だけど、なにをしても結果はいっしょなのです。
わたしが、この家にいるかぎりは。
普通なら、とっくに「出ていけ」と言われているはずです。
なのに、みやこちゃんは何も言いません。
お仕事がおやすみの日は、わたしといっしょに遊んでくれるようになりました。
みやこちゃんはとてもいい人で、だから、幸せになってほしいと思いました。
わたしは、みやこちゃんがお仕事に行っている時にこっそりと外に出て、自動販売機のしたに、お金が落ちていないか探しまわりました。すこしでも、みやこちゃんの生活を楽にしたいと思ったからです。でも、びんぼうがみのわたしがお金を探したって、見つかるはずがありません。見つけられるのはせいぜい十円玉ていどでした。
お金を探す私に、石を投げてくる人もいました。
みやこちゃんに十円をあげたって、なんの役にも立たないことは分かっていました。けれどみやこちゃんは、ありがとうといって、わたしをだきしめてくれました。
みやこちゃんに幸せになってほしい。
こころから、そう思いました。
神さまは、「コトダマ」というチカラを持っています。
自分の言った願いを、本当にするチカラです。
びんぼうがみのわたしも、いちおう神さまなので、「コトダマ」をつかうことができます。
ただ、コトダマをつかうのには、いくつかのじょうけんがあります。
まず、自分自身に対して、コトダマのチカラをつかうことはできません。
つまり、「わたしはびんぼうがみじゃなくなる」と言っても、その願いは叶いません。
コトダマは、自分じゃないだれかのためにつかうチカラなのです。
さらに、コトダマをつかうときは、その「だれか」の体にさわりながら、願い事をいわなければなりません。
びんぼうがみのわたしに、さわってくれる人なんて、……さわらせてくれる人なんて、今までだれもいませんでした。
だからわたしは、コトダマをつかったことがありません。
けれど、みやこちゃんは、わたしの頭をなでてくれました。
だきしめてくれました。
みやこちゃんには、幸せになってほしいと、思いました。
声を出すのは本当に久しぶりで、わたしはきんちょうしていました。わたしはその日拾った十円玉をみやこちゃんに差し出して、それを受け取ろうとするみやこちゃんの手をすばやく握りしめました。
みやこちゃんはやっぱり、いやがりませんでした。
「……ん?」
わたしにむかって笑うみやこちゃんは、とてもきれいでした。
だれかの体にふれて、だれかのためにお願い事をいう。
そうすれば、コトダマは成立する。
お願い事は、決まっていました。
わたしはできるだけはっきりと、その言葉を口にしました。
「みゃーこちゃんは、しゃーわせになるの」
なんども、なんども。
わたしはそのコトバを繰り返しました。
けれど、みやこちゃんの生活は、なんにも変わりません。
お金はどんどんなくなって、それでもみやこちゃんはわたしに「出ていけ」とは言いません。
みやこちゃんは、幸せになりませんでした。
わたしは、コトダマをつかえませんでした。
わたしは、できそこないの神さまでした。