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貧乏神はオレンジ色  作者: うわの空
落ちこぼれ
6/10

いっしょ

「お名前、言える?」


 女の人にそう言われたものの、わたしはこたえることができません。わたしには名前がないし、話すのはどうしてもこわかったからです。

 わたしは女の人にもらったオレンジ味のあめを、落とさないようにしっかりと持ちました。

 

 ただのあめでも、わたしにとってはタカラモノでした。

 

 女の人と歩いていると、とおりすぎていく人たちにじろじろと見られてしまいました。きっとみんな、わたしがびんぼうがみだということを知っているんだと思います。この女の人はまだ知らないみたいだけど、わたしのしょうたいを知ったらきっと、さよならって言われるだろうなと思いました。




 女の人のおうちは、おばけのでそうなマンションでした。神さまが「おばけがでそう」というのは変かも知れませんが、ひびわれているカベや、よごれている階段の手すりは、「おばけがでそう」という言葉がぴったりでした。

 女の人は自分の家のドアをあけると、さっさと中にはいってしまいました。わたしは、どうすればいいのか分からなくて、困りました。わたしがこの人の家にはいっただけで、この人は不幸になるかもしれません。――いいえ、わたしに話しかけてしまったこの人は、もう不幸なのかもしれません。わたしはあめをにぎりしめたまま、げんかんに立ちつくしました。

 女の人がこちらをみて、「……お家に帰りたくなった?」ときいてきました。首をふったものの、どうすればいいのかわかりません。

「お姉ちゃんの家、入るの嫌?」

 わたしは首をよこにふりました。


 ほんとうは、一日だけでもいいからこの人に、そばにいてほしいと思っていました。

 

 一日だけでも、だれかに優しくしてほしかった。


「じゃあ、遠慮なくどうぞー。一緒にお菓子食べよ?」

 女の人はにっこりと笑うと、右手で「おいでおいで」をしました。わたしはオレンジ色のくつをぬぐと、家の中にはいりました。


 だれかの家にいれてもらえるなんて、もう二どとないんだと思っていました。

 



 女の人の家は、きれいに片づいていました。本だなには、本がたくさんならんでいます。ベッドは水玉もようで、うすい青色でした。小さなテレビがへやのすみにポツンと座っていて、四角くて黒い顔がこちらをじっと見ているようでした。


 女の人はわたしをいすに座らせると、スーパーの袋からお菓子をとりだして、お皿にならべました。それから、そのお皿をわたしの前におきました。

 お皿には、チョコレートや、クッキーや、キャラメルがのっていました。

 わたしがお菓子をたべている間、女の人はずっと下を向いていました。きっと、ケイタイでわたしのことをしらべているんだろうなと思いながら、わたしはチョコレートをたべました。


 女の人がすこしだけこわい顔をしたので、もうすぐサヨナラしなきゃいけないんだとわかりました。わたしのしょうたいがバレてしまったんだ、と。

 わたしはチョコレートをたべながら、女の人にもらったあめを見つめました。わたしの好きなオレンジ色で、食べるのがもったいないなと思いました。



 だけどもう、出ていかなくちゃ。

 このオレンジ色のあめを見ているだけで、わたしは泣いてしまいそうなくらいしあわせでした。

 声をかけてくれて、頭をなでてくれた。

 それだけで、十分でした。


 この人をまきこんでしまう前に、はやく出ていった方がいい。


 わたしはせめて、だしてくれたお菓子だけでもたべていこうと、チョコレートを口いっぱいにほおばりました。




 なのに、女の人はふんわりと笑って、こういいました。


私の家ここに一緒に住む?」


 わたしといたら、お姉ちゃんは不幸になるよ。

 それがどうしても言えなくて、黙ってしまった私に、女の人はいいました。


「一緒にいてくれる?」



 だれかといっしょにいたかったのは、わたしの方でした。



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